第25話 寝落ち領主と警告メール
「五分で戻る」
平日の午前だった。三森はそう言ってチャンネルダンジョンへ入る。
予定表には載せず、告知もしていない。帰還位置を示す仮標識が内部から見えるか。試すのはそれだけだった。
境界を越えた瞬間、迷宮ミモリの姿が全身へ重なる。画面の右上に、いつもどおり赤い文字が点いた。
――LIVE。
「分かっておる。今日は事故ではない」
〈通知来た〉
〈予定なかったよな〉
〈五分で終わるって本当?〉
「五分で済むとラプラスが言った。我はそれを確認しに来たのだ」
ラプラスは現実の配信部屋に残り、外側から標識の位置ログを集めている。三森の視界の端で、緑色の小さな光が入口の方角を示し続けていた。
「見えておるぞ」
『距離と方位は』
「方位は合っておる。距離は――」
最初の小部屋まで歩き、パイプ玉座の横で立ち止まる。緑の光は入口側の壁へ半分埋まっていた。小刻みに揺れている。
「距離表示が安定せぬ。壁の向こうへ回り込めと言ったり、まっすぐ戻れと言ったりしておる」
『座標の更新間隔を変える。その場で待て』
「うむ」
三森はパイプ玉座に座った。金属の脚がぎしりと鳴る。
〈王の着席〉
〈ネジの音大丈夫?〉
「補修は不要だ。それより、昨夜は収益化の条件と規約を読んでおったら、少し寝るのが遅くなってな」
あくびが出た。一度だけのつもりが、二度続く。
「帰還表示が直るまでだ。目を閉じるわけではない」
〈フラグ〉
〈今日の配信終了〉
「終わっておらぬ」
背もたれに体重を預ける。仮標識はまだ揺れている。
ラプラスから完了の声も来ない。早く帰るための試験だ。立って待つより座っている方がよい。
そんな理屈を考えていたところまでは、三森も覚えていた。
〈寝た?〉
〈寝たな〉
〈五分経ったぞ〉
頭がわずかに右へ傾いた。マントの裾が石の床へ垂れている。
仮標識が明滅する。閉じた瞼の縁と、握ったままの右手の指が緑に光った。聞こえるのは呼吸と、時々鳴るパイプ椅子の音だけだった。
〈起きてー〉
〈ラプラスどこ行った〉
〈これ本当にリアルタイム? ループ映像って線は〉
〈いや今、肩が動いた〉
〈ランタンの影も伸びてる。時間は進んでるぞ〉
昼、ミラが配信部屋へ皿を運んできた。画面の中で主が寝ている。皿を机の端へ置き、布巾をかけて台所へ戻った。
「起きてから食べるだろ」
正午を過ぎても、三森は起きなかった。最初から見ていた領民が昼食へ行く。通知に気づいた別の者が入ってくる。
「まだ寝ている」と書き置いて仕事へ戻る者。音量を下げ、作業用の画面にする者。
同時接続数は、増えも減りもしない。
〈交代で見守られてるの草〉
〈寝てるだけでDP増えてない?〉
〈これ放置稼ぎって思われるやつでは〉
〈スタッフ誰も見てないの?〉
午後、傾いていた頭が反対側へ落ちた。パイプ玉座が長く軋む。三森の指が一度だけ動き、また止まった。
右上の経過時間だけが進んでいく。
五時間半を越えた。外の配信部屋で、一括処理の完了通知が鳴る。座標ログの解析へ潜っていたラプラスが、そこで初めて経過時間を見た。
『三森。試験は終わった』
門から内部へ音声を届ける。反応はない。
『三森。起きろ』
〈目玉きた〉
〈声で起きないのすごい〉
〈家の人呼んで〉
「なぜ、すぐにお知らせくださらなかったのです」
呼ばれて来たデミタスが、画面と時計を交互に見た。
『帰還標識の処理は正常だった。三森の睡眠は処理対象外だ』
「配信がきちんと終わるところまで、見届けております」
デミタスがダンジョンへ入る。不可視化したまま、三森の肩を揺らした。
「マスター。お目覚めください」
「……あと、一層」
「現在は小部屋でございます」
三森の目が開いた。
まずコメントが目に入る。次に右上の赤いLIVE表示。
そして、五時間四十七分を示す経過時間。
「……五分ではないのか」
〈おはよう〉
〈起きた〉
〈ちゃんと寝て〉
〈五分配信は幻だった〉
「ご、五時間?」
『正確には五時間四十七分だ』
「なぜ五分の作業に、五時間かかっておる!」
『標識の修正は二十二分で終わっていた。残りはおぬしが寝ていた時間だ』
「ならば起こせ!」
〈ごもっとも〉
〈それはマジでそう〉
管理板では、配信滞在時間によるDPが寝る前より増えていた。
「領民ども、ずいぶん長く労役に励んだようだな」
〈喜ぶところじゃない〉
〈本当に放置稼ぎに見えるから〉
三森は口を開きかけ、そのまま閉じた。マントの襟を直し、緑の光を追って出口へ歩き出す。
問題のメールは、その翌日に届いた。
件名は、「ライブ配信の運用状況に関するご確認」。デミタスが要点を一つずつ読み上げた。
予定も内容説明もないライブ配信を開始したこと。睡眠を含む長時間の無操作区間があったこと。配信内容と登録カテゴリの関係が不明確だったこと。同様の運用が繰り返された場合、ライブ配信機能を制限する可能性があること。
「五時間、領地で寝ただけであろう」
「問題は睡眠時間の長さだけではございません」
「領主が自分の領地で休むことまで、外部の組織に許しを求めねばならぬのか」
「お休みになった場所は領地内でございます。しかし、その姿を流していた配信サイトは、先方が管理する場所でございます」
三森は反論しかけて、メールを見直した。
ライブ配信機能の制限。
一時的に配信できなくなるだけではない。チャンネルダンジョンへ入れなくなる。造成も、管理も、領民と話すこともできなくなる。
「……これは、迷宮入口の封鎖予告か」
『規約上は、配信機能の制限予告だ』
「我にとっては同じだ」
三森は背筋を伸ばした。端末をデミタスへ押しやる。
「返信は、そなたが整えよ。我が確認し、笹塚三森の名で送る」
「かしこまりました」
デミタスが返信を書いた。文面は短い。
偶発的に配信が継続したこと。終了確認の担当が不明確だったこと。再発防止を行うこと。
三森は「従って寝たことは迷宮運営の一環であり」と加えようとした。デミタスに消された。
最後は三森自身が文面を確認し、送信ボタンを押した。
ラプラスは、既に新しい作業画面を開いている。
『配信経過時間の強制表示、一定時間ごとの音声警告、帰還位置までの出口誘導、配信開始前の予定確認。優先順位を決めろ』
「上からすべてだ」
『並列で作業する』
ノーラが配信予定表の空白を端末に出した。
「とりま、次から配信する日と時間、先に書くっすよ。あとタイトル。『五分で戻る』は配信タイトルじゃないんで」
「予定表まで必要か」
「必要っす。思いつきで入ったらすぐ配信になるんだから、なおさら必要っす」
三森が空欄の並びを睨む。端末が短く震えた。
差出人は、笹塚力也。
家の書類を確認しろという数行だけだ。配信のことは一言も書かれていない。
「兄上は、我が何をしておるか知らぬのだな」
「まだ、でございましょう」
三森は返信を後回しにした。火曜日の欄へ、最初の一行を書き込む。
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