第26話 千人までの地味な戦争
警告メールへの返信を送った翌日、配信部屋の壁へ予定表が貼られた。火曜と木曜は午後八時、土曜は午後七時。ノーラの太い字が、画鋲で留まっている。
「我が自分の領地へ入る日を、なぜ紙に命じられねばならぬ」
「マスターが日付も時刻も決めないからっす」
ノーラは予定表の横で、今夜のサムネイルを端末に出した。シルカが描いた迷宮ミモリの横顔に、大きな文字が重なっている。
――帰れなくなったので、出口を改修する。
「帰れなくなってはおらぬ」
「ふぅん。五時間四十七分、帰らなかったけど」
壁際のシルカが、眠そうに訂正した。
「寝ておったのだ。帰還できなかったわけではない」
「あー、そっちの方がサムネ強いっすね。『寝てたので出口直す』にします?」
「元に戻せ!」
文字は戻った。ただしサムネイルの端に、パイプ玉座で寝るミモリの絵が残された。
改善はそれだけではない。デミタスは配信前に題名と時刻と飲み物を確認する。ラプラスは画面の端へ経過時間を固定し、三十分ごとに音を鳴らす。
ミラは夜食の持ち込みを禁じた。代わりに、開始前へ食事を押し込む。
「腹を減らしたまま穴を掘る奴があるかい」
最初の火曜日、三森は予定どおりの時刻にダンジョンへ入った。
「待たせたな、領民ども!」
ラプラスがその声を検知し、自動で入力音量を下げる。
〈今日は音割れてない〉
〈時間どおりに始まった〉
「当たり前のことで驚くでない」
〈その当たり前ができてなかった〉
三十分後、画面の端で警告音が鳴った。
「分かっておる。まだ終了時刻ではない」
『経過時間の認識は正常だ』
〈警告に返事する配信者〉
一時間後、再び鳴る。二時間後の音には反論せず、出口の矢印を追った。
配信は予定どおり二時間で終わった。その日の成果は、通路の延長二メートル。
二日後の木曜日は、扉の設置だけで一時間かかった。土曜日は、開始三分前に入ろうとしてデミタスに止められる。
前世なら、魔力と命令で済んだ。今はマイクの音量と、二行の題名と、終了時刻を決める。毎回、それで数分が消えた。
それでも、予定の時刻になると見覚えのある表示名が現れる。
〈土木見習い:今日は何メートル?〉
〈ゴリ子:こんばんは〉
〈アーカイブ守衛:今日は間に合った〉
「土木見習い。本日は掘削ではなく、壁の固定だ。ゴリ子、今日も来たか。アーカイブ守衛、遅れても記録は残るぞ」
〈登録者百人の記憶力〉
「全員を覚えておるわけではない。よく来る者は、壁の傷と同じで目に入るだけだ」
〈例え方はアレだけど嬉しい〉
三度目の壁固め配信の途中で、その土木見習いが客を連れてきた。
〈土木見習い:知り合いの検証班連れてきた〉
〈灰色映像検証:失礼します。過去回を全部見ましたが、継ぎ目が見つかりません〉
「継ぎ目とは何だ」
〈灰色映像検証:入口から最下層まで、カメラを止めずに一度歩いてもらえますか〉
ノーラが端末から顔を上げた。
「マスター、それ絵面が終わってるっす。二十分歩くだけの画とか、誰が見るんすか」
「疑う者へは、見せるのが最も早い」
答えを待たず、三森は歩き出していた。
第一層の門から、掘りかけの通路を抜ける。寝落ちの現場となったパイプ玉座の横を過ぎた。
ラプラスの視点は一度も切れない。壁の継ぎ目も、石へ触れた指の影も、そのまま流れていく。
〈解説なしで歩くだけの配信〉
〈灰色映像検証:フレーム落ちなし。継続中〉
「第三層の岩盤は硬い。ここは一度、掘る向きを変えてな」
言いながら右の横穴へ入り、三歩で止まる。突き当たりは土のままの壁だった。
「……ここではない」
〈迷宮主が迷宮で迷ってる〉
「迷ってはおらぬ! 工事中の枝道を確認したのだ!」
〈灰色映像検証:今の切り返しも継ぎ目なし〉
最下層の壁へ届くまで、二十二分かかった。
〈灰色映像検証:ありがとうございました。解析します〉
「持ち帰るな。それは我の領地だ」
三日後の朝、ノーラが端末を持ってきた。
「マスター、あの地味なやつが一番伸びてるっす」
灰色映像検証の解析報告から、一本の切り抜きが出ていた。題名は「自分のダンジョンで道を間違える迷宮主・無編集二十二分」。
継ぎ目なしという結論より、行き止まりで固まる三秒の方が広く貼られた。
「なぜそちらだ」
「そっちの方が面白いからっす」
継ぎ目を探しに来た者が登録する。笑いに来た者が別の場所へ貼る。貼られた先から、また誰かが来た。
壁を固めるだけの配信で、視聴者がその週だけ倍になる。
「ノーラよ。誰が見るのかと申したな」
「言いましたね」
「……もう一度やってよいか」
「二回目はウケないっすよ」
一か月が経つ頃には、別の切り抜きも広がっていた。スコップから土木魔術へ切り替える瞬間。パイプ玉座で寝落ちした映像。
登録者は二百人を越え、三百人を越えた。それでも配信にいるのは、二十人から三十人ほどである。
二か月目の終わりで、登録者五百十二人。公開視聴時間は千四百時間余り。三か月目の途中には七百四十人、二千五百時間余りになった。
数字は増える。ただ、一度の配信では大きく動かない。
配信のない水曜の午前。デミタスが郵便物と一緒に、一通の連絡を端末へ出した。
「マスター。お兄様からでございます」
件名は、家屋の火災保険の更新について。本文は三行。契約者の名義、期限、書類の送り先だけが並ぶ。
その下に一行空けて、続きがあった。
――ところで、何か配信のようなことを始めたのか。うちの下の子が名前を出していた。
「保険の件のみ、そなたが返せ」
「下の一行は、いかがいたしましょう」
「見ておらぬ」
デミタスが返信の下書きを開く横で、三森はすでに管理板へ向き直っていた。毎週月曜日にDPを確認する。配信の終わりには、収益化までの数字も開いた。
「迷宮の建設より、この棒グラフを伸ばす方が時間がかかるではないか」
〈それでも伸びてる〉
〈来週もまた来るわ〉
「……うむ。来週も門を開けておく」
〈これ本当に個人でやってるの?〉
〈魔法の素材どこから持ってきた〉
〈公式HPが本体のステマでしょ〉
予定表を整えたことさえ、企業運営の証拠として数えられた。
「信用されるために時刻を守っておるのに、守れば更に疑われるのはなぜだ」
『技術が疑われている。時間厳守との直接の関係はない』
「ならば余計に分からぬ」
ラプラスは、疑惑の種類を問題にしなかった。数字は増えている。
数か月後、登録者数が九百九十九から千へ変わった。同時接続数は、四十八。
「聞け、千人の領民ども! 我が領地は、ついに十五層まで拡張可能となった!」
管理板の階層式に、領民千人分の十層が加わっていた。基礎領域の五層と合わせて、最大階層は十五層になる。
〈千人おめでとう〉
〈ここにいるの四十八人だけど〉
〈十五層目より第二層まだ?〉
「水を差すでない!」
三森はすぐに献上窓口の管理画面を開いた。登録者条件は達成。公開視聴時間は三千八百六十二時間。
「千人になったではないか」
『あと百三十八時間必要だ』
「一つ終われば、もう一つ残るのか」
〈両方必要って最初から言われてた〉
「分かっておる。念のため確認しただけだ」
それからも配信は予定どおり続いた。千人の記念でも長時間配信はしない。二時間で帰り、次の予定を告知する。
十日後、公開視聴時間も四千に届いた。本人確認と振込先の登録に入る。デミタスが項目を説明し、三森が入力した。
顔写真の撮影だけは四度かかった。端末へ近づきすぎるたび、「枠の中へ顔を収めてください」と出る。
「この板は、なぜ我へ距離を命じるのだ」
「あと半歩、後ろへお下がりください」
最後の確定は、笹塚三森の名義で三森自身が押した。審査中、管理画面は一日に何度も開かれた。
――配信支援機能を利用できます。
その表示が出た日の夜、三森は「献上窓口開設」という題名で配信を始めた。
〈やっぱりカツアゲっぽい〉
〈献上は義務ですか〉
「自由意志だ! 投げずとも、見ている時間で既に領地を支えておる!」
その時、コメント欄の一部が鮮やかな色に染まった。
〈土木見習い ¥200 パイプ玉座の補修費〉
「本当にネジ以外を考えなかったのか」
〈約束なので〉
『初回のスーパーチャットを検知。決済結果を表示する』
支援額二百円から、プラットフォーム手数料が六十円引かれる。現金収益見込みは百四十円。追加DMポイントは百四十DPと出た。
三森の目が細くなった。
「待て。なぜ二百DPではない」
『手数料控除後の決済額が、現金収益とDPの両方へ変換される』
「消えた六十DPは、どこへ行った」
『どこへも行っていない。最初から生成されていない』
「生まれる前に消されたのか。より悪いではないか! なぜ我が迷宮の魔力まで、外部の者に取られるのだ!」
〈DPまで手数料の波が来てる〉
〈異空間にも届く三割〉
三森は問い合わせ画面を開いた。
「『貴社は我が領地に対し、正当なる根拠なく魔力の三割を――』」
「お待ちください」
デミタスが、送信ボタンの前へ手を出した。
「規約について学んだばかりでございます」
「学んだからこそ、異議申し立てを行うのだ!」
運営への進軍は、デミタスの防衛で未遂に終わった。
代わりに数分後、一本の切り抜きがPoppiへ流れた。題名は「DPまで手数料を取られる謎の個人勢」。
その反応を拾い、スレッドが一つ立った。
――【総合】迷宮ミモリは合成か企業企画か。
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迷宮運営記録
- 配信回:第7〜55回
- 次回配信:2026年5月26日(火)20:00
- チャンネル登録者:1,000人(+857人)
- スーパーチャットDP:+140DP




