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第21話 モンスターを置かない理由

「モンスターか」


 小部屋の中央で、三森は同じ問いが三度流れるのを見ていた。言い回しは違う。聞きたいことは一つだ。


〈いないよね? 一匹も〉


〈ダンジョンって名乗ってるのに〉


「よい質問だ」


 三森は背筋を伸ばし、床へ配置図を描いた。入口から続く短い通路。扉も照明もない小部屋。動いているのは、三森とラプラスもどきだけだった。


「モンスターは、ただ通路へ置けばよいというものではない。まず侵入者の数と質を見極める。相手が人間か、獣か、魔術師かでも、必要な守りは変わる」


〈お、解説始まった〉


〈置かない理由あるんだ〉


 図の入口側へ指の腹を当て、小さな四角を一つ重ねた。


「ここへ強敵を置けば、内部へ誘い込めぬ」


 そのまま指を奥へ滑らせ、通路の終端まで線を引いた。


「逆に、最深部まで弱敵しかおらねば守りにならぬ。斥候、足止め、追跡、攻撃。それぞれの役目を分ける必要がある」


〈ちゃんとダンジョン運営の話だ〉


〈スコップ振ってた人と同じ?〉


「同じに決まっておろう」


〈入口にスライム一匹置くくらいなら平気じゃない?〉


「一匹だけ置いて、何をさせる」


〈見張り〉


「侵入者を見つけた後は」


〈戦う〉


「勝てぬ相手ならば」


〈逃げる?〉


「どこへ逃げ、誰へ報告する。後退路も連絡手段もない見張りは、最初に倒されるだけだ」


 監視地点と退避路を書き足すうちに、床の空きが減っていく。見張りを置けば報告を受け取る者が要る。戦わせるなら援護の位置にもう一体が要る。


「弱い者ほど、配置する側が考えねばならぬ。強者を一体置いて終わりなら、ダンジョンマスターなど必要ない」


〈思ったより真面目だ〉


〈昨日は魔法忘れてたのに〉


〈さっきの配置図、それっぽいけど今考えたやつでは?〉


「それとこれとは関係ない!」


〈つまり、今の廊下と小部屋じゃ狭い?〉


「そうだ」


〈じゃあ、まだ置かない?〉


 三森の返事がわずかに遅れた。


「配置しないのではない。今はまだ、その時ではない」


〈言い方でごまかした〉


〈本当の理由ほかにない?〉


「今説明したであろう!」


『追加情報を表示する』


「待て」


 ラプラスもどきの目から光が伸びた。管理板へ、半透明の小さなスライムが浮かぶ。横に、生成費三百二十DPと出ている。


『モンスター生成機能を検出した。最小構成は、見張り用の下級スライム一体』


「待てと言っておる」


『肉体の生成に四十。周辺の知覚に五十。自律判断に九十。命令系統との接続に八十。初回の復活枠が六十だ』


「内訳を読み上げるな!」


〈本体より中身の方が高い〉


〈動いて考えるならそりゃ高いか〉


〈UIだけならいくらでも作れるからな〉


『配信中の維持と、復活枠の再設定には別途DPを消費する』


「生きて働く者を、最初の召喚だけで永遠に使えると思うな。維持に資源が必要なのは当然だ」


〈今の残高は?〉


「表示せずともよい」


『現在残高、三DP』


 コメントが止まった。


 三森が無言でつかみかかる。小さな目玉はするりと上へ抜けた。


〈三〉


〈スライムの百分の一もない〉


〈置かないんじゃなくて買えない〉


〈長い運営論、全部正しいけど残高三〉


〈見た目だけのスライムなら安い?〉


『外見のみの非自律模型は五DPから生成可能』


〈それも買えない〉


〈残高が徹底的に足りない〉


「買うのではない。召喚と生成に必要な領地資源を支払うのだ」


〈そこはどっちでもいい〉


「よくない。モンスターは商品ではないぞ」


 管理画面ごしに、ノーラが口を挟んだ。


「今の残高で出せるの、そのへんの石ころ一個くらいっすよ」


「石は自前で用意できる」


「じゃあ何も出せないってことっす」


 管理板の中で、半透明のスライムがゆっくり上下している。三森が指を伸ばすと、指先は像を通り抜けた。下から掬うように動かしても、同じだった。


 前世では、朝に一体、夕に一体と増やしていった。数を惜しんだ覚えはない。増やしすぎて通路が詰まり、デミタスに配置を整理させたこともある。


 回廊の角で眠る個体を跨ぎ、餌の匂いに文句も言った。それでも毎朝、新しい札を切っていた。


 その札が、今は三枚もない。三百二十のうちの三である。


「三DPで無理に呼び、維持もできず消す方が、よほど主として恥ずべきことだ」


〈それはそう〉


〈飼えないなら飼わない、大事〉


〈じゃあ今いるスタッフを守備につけたら?〉


 三森は左手の指を折った。眷属の名を一人ずつ数えていく。


「デミタスには家と予定の管理がある。ミラは食事、ノーラは家事と配信、シルカは作画。ラプラスは観測だ」


 最後の指を折る。三森は視聴者の側へ向き直った。


「役目を与えた者を、金がないからという理由で通路へ立たせる気はない」


『我を下級モンスターの代替案へ含めた入力者には、分類の訂正を要求する』


〈目玉、戦わないの?〉


『我は高位観測種だ!』


 配信画面の外から、皿を洗う音が入ってくる。ミラの声も混じった。


「そのスライム、食えるのかい」


「食用ではない!」


〈厨房が一番強い〉


「ゆえに、まず領民を増やし、この迷宮を整える。モンスターを迎えるのは、住処と役目を用意してからだ」


『残高不足という結論は変わらない』


「おぬしは一言多い!」


 配置図の入口近くへ、小さな丸を一つ加えた。丸から入口までの退避路。報告先になる位置。三森はもう一度ゆっくりなぞった。


「ここを最初の見張り所とする。退避路と報告先を整えた後、最初のモンスターを迎える場所だ」


〈スライム予定地〉


〈まだ丸一個だけど予約された〉


〈三百二十DP貯まる方が先か、部屋ができる方が先か〉


「丸ではない。将来の防衛拠点である」


〈完成するまで覚えとく〉


 流れていく表示名を、三森は見比べた。昨日のスコップ配信にもいた名が、いくつか混じっている。


「よかろう。完成まで見届ける権利を与える」


〈普通にありがとうって言え〉


「我は礼を述べておる!」


〈じゃあ、この部屋しばらく空室?〉


〈せめてダンジョンマスターらしい物ほしい〉


 薄暗い小部屋には、現実から運ぶ机も棚もまだ届いていない。それでも、誰の迷宮かを示すものは要る。


「聞き入れよう」


 三森はマントを払い、何もない部屋の奥を指した。


「次は、ダンジョンマスターの支配を示す椅子を置く。見る者がひと目で我が格を理解する、立派な玉座をな!」


〈残高三で?〉


 三森は配信を終えた。


---


迷宮運営記録


- 配信回:第3回(後半)

- 次回配信:2026年1月22日(木)20:00

- チャンネル登録者:67人(+15人)

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