第22話 パイプ玉座
最初の小部屋には、眷属たちが集まっていた。デミタスは入口脇。ミラは腕を組み、ノーラは管理画面を開いている。シルカは壁際へ寄りかかり、ラプラスもどきが肩の横を飛んでいた。
前日まで何もなかった部屋に、家から運んだ細い机と棚が並んでいる。照明は充電式のランタン。床には、ミラが余り布で作った敷物が一枚。どれもDPを使わない仮設備で、見た目は揃っていない。
それでも机へ管理板を広げ、棚へ記録を置けるようになった。
「古城の管理室というより、物置ではないか」
「使えるし、よくないです?」
「ふぅん。地味だけど、空よりはいいんじゃない?」
「飯を置く場所もできたしね」
「すべて仮だ。財政が整い次第、我が威厳に合わせて入れ替える」
〈仮設備のまま長く使うやつだ〉
〈この部屋ちょっと落ち着く〉
〈手作り拠点感あって好き〉
〈というか背景セット組んでるだけでは〉
視聴者に見えているのは、声のよい執事と料理担当と裏方のギャル。眠そうな絵師と、目玉のマスコット。
『条件達成を確認した』
ラプラスが空中へ何かを表示した。初心者到達特典である。
入口の確保。主通路の延長と固定。最初の部屋の作成。三つへ順に印がつき、最後に大きな文字が浮かんだ。
――報酬、マスターの椅子。
「見よ、領民ども!」
何もない部屋の奥へ、三森は手を向けた。
「これより我が支配の象徴、マスターの椅子を顕現させる!」
〈残高三でも出せるんだ〉
〈初心者報酬なら無料か〉
〈ついに玉座〉
「我が威厳へふさわしい物に決まっておろう」
「初心者特典っすけどね」
ノーラの一言を、三森は聞き流した。
「石造りか、黒鉄か。背には我が紋章を刻み、左右へ魔力灯を――」
「期待しすぎじゃない? たぶん違うし」
壁際に寄りかかったまま、シルカが口を挟む。
「椅子は座れりゃいいだろ。運びやすい方が助かるよ」
ミラは指で椅子の高さを測る仕草まで始めた。
「マスター。報酬の説明には、玉座とは記載されておりません」
「ダンジョンマスターの椅子だぞ。玉座以外に何がある」
デミタスは答えず、ラプラスの方へ視線を送った。
〈みんなは何が出ると思う?〉
「あーし、木の丸椅子」
「石。座ると痛いやつでよくない?」
「大きな厨房用の椅子なら丈夫でいいねえ」
「説明どおり、マスターがお座りになれる椅子かと」
『形状予測に有効な情報が不足している。受取処理を進めろ』
「誰一人として、玉座を予想せぬのか」
返事はなかった。
三森が受取を命じると、小部屋の中央へ古金色の光が集まった。床に大きな召喚陣が広がる。光は三森の背丈を越え、室内を白く染めた。
〈演出すごい〉
〈これは豪華なの来る〉
〈残高三とは思えない光〉
光の柱の前で、三森は両腕を広げた。
「顕現せよ。我が玉座よ!」
光が弾ける。
金属の脚が、石の床へ触れた。
四本の細い脚。黒い座面と背もたれ。横から見れば、薄く折り畳める。
パイプ椅子だった。
誰も声を出さない。コメントも止まった。
〈さっきの召喚エフェクト、素材配布サイトで見た気がする〉
〈光ってる間に手で置いただけだろ〉
〈いや影の落ち方は合ってる。合成ならかなり手が込んでる〉
三森は椅子の周りをゆっくり一周した。正面から見て、背面へ回る。座面を押し、脚の接合部まで確かめた。
隠された紋章はない。魔石もない。背もたれが巨大化する仕掛けも、権威を与える術式も見つからなかった。
背もたれの裏に、小さな白い文字がある。
――MASTER。
「……ほう」
ノーラが口元を押さえ、背もたれの裏を指した。
「マスターって書いてある。合ってるじゃん」
「ふぅん。専用じゃん」
シルカが無表情で追い打ちをかけた。ミラは椅子を持ち上げ、片手で軽く上下させる。
「軽いねえ。掃除の時も楽だ」
「床を傷つけぬ脚栓もついております。実用品としては、悪くありません」
デミタスまで値踏みを始めていた。
『折り畳み機構は正常。重量、三・八キログラム。片手で移動可能』
「ほら、めっちゃ機能的じゃん。配信位置も秒で変えられるし」
「黒いし、衣装には合うんじゃない? 見た目、最悪ではない」
「なぜ最低評価から加点しておるのだ」
〈パイプ椅子だ〉
〈光の無駄遣い〉
〈背中にMASTERで耐えられない〉
〈初心者用マスター装備〉
三森はミラから椅子を受け取り、部屋の奥へ置いた。
「華美な装飾は、時に主の動きを妨げる」
〈お?〉
「これは軽量で、移動が容易だ」
片手で持ち上げ、視聴者の側へ向けてみせる。
「敵の侵入時には即座に畳み、指揮位置を変えられる。金属製でありながら無駄がない」
畳んで開いて、もう一度部屋の中央へ置き直す。
「機能美を追求した戦略的玉座といえよう」
『一般流通品と同型。耐荷重、百キログラム。特殊機能なし』
「我が説明中に仕様を挟むな!」
〈戦略的パイプ椅子〉
〈パイプ玉座〉
〈パイプ玉座で決まり〉
「決めるでない。これはマスターの椅子だ」
三森はマントを払い、パイプ椅子へ腰を下ろした。
ぎしっ、と乾いた音が小部屋へ響いた。
〈鳴いた〉
〈威厳の音〉
〈パイプ玉座、着席確認〉
「石床との相性が悪いだけだ」
ミラが布巾を出した。三森を座らせたまま、背もたれと脚を拭く。石の粉が薄く落ちた。
「うちの厨房のより丈夫だよ。十年は保つね」
「十年も使う前提で語るな」
机を正面へ寄せ、ランタンを左へ置く。ラプラスが観測位置を下げた。三森と机と棚、壁際のスコップまでが一つの画面へ収まる。
〈ちゃんと配信部屋になった〉
〈パイプ玉座が中央にあるだけで完成した感ある〉
〈初期拠点セットだ〉
「玉座以外が仮設備なのだ。順序を間違えるな」
三森は管理板を広げ、次に掘る通路の位置を説明した。立ち話の時より、話が落ち着いて進む。配信を続けるうち、小部屋は少しだけ拠点らしくなった。
通路の入口にスコップ。部屋の奥にパイプ椅子。豪華ではない。三森が座って話せる場所はできた。
視聴者も、いつしか普通に「パイプ玉座」と呼んでいる。
「いずれ、本物の玉座を用意する。その時、この椅子は――」
〈捨てないで〉
〈これは残して〉
〈最古参の椅子だから保存〉
背もたれの白い文字へ、三森はそっと指を置いた。
「使える物を捨てる理由はない。倉庫へ置けばよかろう」
〈よし〉
〈言質取った〉
「なぜ我の椅子の処遇を、諸君が決めておるのだ」
「倉庫じゃなくて、この部屋に置いとけばよくないです?」
「新しい玉座が来た後に、二つも並べてどうする」
「配信用と観賞用」
「椅子を観賞するな」
「古い方が画面映えたらぁ、そっち使えばよくない?」
「立派な玉座より、これを選ぶ可能性を今から残すでない!」
言いながら立ち上がる。パイプ椅子が半分折り畳まれ、三森の膝裏へ追いすがった。
「ぬわっ!」
金属音と、笑うコメントが重なる。直後、管理画面から高い通知音が鳴った。
『チャンネル登録者数、百を突破』
三森は傾いたパイプ玉座を抱えたまま、顔を上げた。
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