第20話 掘るだけでは部屋にならない
「マスター、上! 支えて!」
入口の外から、ノーラの声が飛んだ。三森が片手を上げると、淡い光が新しい天井を覆った。割れかけた土と石が、その場で止まった。動いた拍子に、肩の砂が胸元へ滑り落ちる。
〈危なっ〉
〈ヘルメット必要だった〉
〈さっき完成って言ってなかった?〉
「掘削は完了しておる。少し形が馴染んでおらぬだけだ」
『崩落進行中。完成判定は不可能』
「言い方というものがあろう!」
ラプラスもどきは返事をしない。周囲へ細い観測線を走らせた。
試しに魔力を緩めると、天井からまた砂が落ちた。支えている間は保つが、手を離せば元へ戻ろうとする。三森は指先へ意識を集め直し、もう一度押し上げた。
「土木魔術が効いておらぬわけではない」
『掘削結果は残っている。ただし、ここは正式なダンジョン区画として登録されていない』
空中の管理板へ、赤い文字が一行浮かんだ。
――未固定通路。崩落の可能性あり。
「掘った場所が、勝手に通路にならぬのか」
『土と石を動かしただけだ。形状維持、照明、環境制御、地図への登録は別処理になる』
「前世では、掘れば我が領域となったぞ」
『前世のダンジョンには、蓄積済みの管理資源と設備があったはずだ。ここにはない』
入口の外で管理画面を見ていたノーラが声を上げた。
「あ、固定ってボタン出てます。押すのにDPいるっぽい」
「DPとは何だ」
『ダンジョンポイント。チャンネル内の領域を維持、拡張するための処理資源だ。現在は視聴者の滞在によって少量が生成されている』
〈ゲームの建築ポイントみたいなやつ?〉
〈見てるだけで貯まるのか〉
〈急にシステムがゲームっぽくなった〉
「我が領地を維持する力ならば、支配力と呼べばよい」
『画面表記はDPだ』
「融通が利かぬ」
管理板の右上へ、細い数字が並んだ。ダンジョンマスターと眷属にしか見えない表示である。
保有DP 七四
『生成速度は毎分〇・四DP。現在の同時接続数に依存する』
「……我が領地の財政は、見物人の腰の重さで決まるのか」
「見てる人数でDPの貯まり方が変わるの、けっこう大事なんで覚えといてください」
〈今なんか数字読んでた?〉
〈管理板こっちに映してくれ〉
〈視聴者だけ蚊帳の外〉
三森は天井を支えたまま、管理板へ目を向けた。新しく掘った部分が赤い線で囲まれている。その横に必要額が出ていた。
固定費用 二六DP
「払えば、この通路は崩れぬのだな」
『少なくとも、現在の形状は維持される』
「ならば使え」
ラプラスもどきが固定を実行した。土と石の隙間へ、苔色の光が走る。光は壁と天井と床を格子状に巡り、数秒で見えなくなった。
支えていた魔法を解く。砂は落ちてこない。掌で叩くと、壁は低く締まった音を返した。
保有DP 四八
「なるほど。魔法で掘り、DPで我が領域として縛るのか」
『そうなる。掘削と区画固定は別系統だ』
〈魔法だけで完成じゃないんだ〉
〈ちゃんと制限あるのか〉
〈土木魔法の後に登記が必要な感じ〉
「誰に断って登記するというのだ。我が領地だぞ」
数字から目を離し、三森は奥の壁へ掌を向けた。土が緩み、石が砕ける。通路がさらに数メートル伸びた。
「見よ。掘るだけならば、いくらでもできる」
伸びた先が赤い線で囲まれ、管理板の表示が書き換わった。
未固定通路 追加固定費用 三一DP
「……増えるのは、こちらか」
『掘削に費用は発生しない。維持に発生する』
「掘れる。だが、残らぬ」
伸ばしたばかりの通路を、三森は睨んだ。前世では、掘った先がそのまま自分の腹の中になった。壁を押し広げれば領域が広がる。
広がった分だけ眷属が住み着き、罠を仕込む余地が生まれた。ここでは、掘った端から手をどけると崩れていく。
〈金がないと土に戻るのか〉
〈土地はあるのに金がない〉
〈やってることが完全に不動産〉
「戻せ。今のは、なかったことにする」
『未固定領域は放置すれば自然に崩落する。DPは戻らないが、消費もされない』
「……放っておけ」
伸ばした通路の先で、ぱらぱらと土が落ち始めた。数秒前まで押し広げた空間が埋まっていく。
三森は、その音が止むまで背を向けなかった。
「掘るのは、造ることではないのだな」
『別工程だ』
「言うな。今、我が言った」
三森は固定済みの通路の途中へ立ち、右側の壁を指した。
「次は、ここを部屋にする」
〈もう掘るの?〉
〈今度は最初から魔法使って偉い〉
「我は学習するダンジョンマスターだからな」
土木魔術で壁を横へ押し広げる。奥行きが伸びるほど、管理板の必要額も動いた。
固定費用 八八DP……一四二DP……二一〇DP
「待て。なぜ増える」
『空間が広くなったからだ』
「まだ広間の半分にも届いておらぬぞ」
『残高は、想定された広間の四分の一にも足りない』
〈予算不足〉
〈大広間、終了〉
〈最初は小さく始めよう〉
広げかけた空間を、三森は端から端まで見渡した。押し戻し、六人で窮屈になる程度まで縮める。数字がようやく四五まで下がった。
前世なら倉庫にも使わない広さだ。
「……当面の管理室とする」
「今、広さに合わせて使い道まで変えました?」
「最初から、この広さを想定しておった」
『当初指定は大広間だ』
「ログを読み上げるな!」
固定が走り、壁の赤い表示が消えた。何もなかった地図に、通路から横へ張り出す四角が一つ加わる。
保有DP 〇三
表示を見た三森は、口を開きかけて閉じた。
〈今の間、なに〉
〈黙ったぞ〉
薄暗い部屋の中は、床も壁も石のままだった。照明は通路から差し込む分だけ。奥は影になっている。扉も家具もない。
「ラプラス。灯りと扉を付けよ」
『照明、一二DP。扉、三〇DP』
「では、管理室としての機能を与える」
『用途設定、一五DP』
「机と棚は」
『品質別に八DPから』
「何をするにも取るではないか!」
『現在の残高で購入可能な項目は存在しない』
〈建物だけ買って内装費がないやつ〉
〈家具なし物件〉
〈領主の初部屋、真っ暗〉
〈金額言わないの、逆に不安〉
三森はマントの裾を払い、影になった奥へ歩いた。壁を留めて灯りを吊り、机を置く。そこでようやく人の使う場所になる。
前世では、この工程を誰かがやっていた。掘って渡せば、翌日には住処と持ち場ができていた。
「……我は、掘っておっただけか」
「マスター、それ普通に建築の話っすよ」
現実側の画面で薄暗い小部屋を眺め、ノーラが続けた。
「ってか、家具は家から持ってくればよくないっすか? 余ってる棚とか机あるし。照明も安いの買えば、DP使わなくて済むじゃん」
「我が迷宮へ、現代の安物を並べるのか」
「最初から全部豪華にしたら、秒で詰みますよ。ってか、もう詰んでるんで」
『現実物品の持ち込みにDP消費は確認されない。ノーラ案が最適だ』
〈百円ショップ迷宮〉
〈ホームセンター攻略が始まる〉
〈DIYダンジョン〉
入口の外から、デミタスが穏やかな声を寄越した。
「マスター。物置の棚でしたら、磨いてお持ちいたします」
「……磨くな。そのまま運べ」
三森は空の小部屋を見回した。見栄えは悪い。
それでも、入口から続く道と最初の部屋は残る。魔力を使い続けなくても、もう崩れない。
「よかろう。財政が整うまでの仮設備だ。机と棚を運び込め」
「りょーかいでーす。安くて使えるやつ、選んどきます」
「安物とは言っておらぬぞ」
「安くて使えるやつでーす」
反論しようとした三森の前を、新しいコメントが横切った。
〈ところで、ダンジョンなのにモンスターはいないの?〉
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- 配信回:第3回(中盤)
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