第19話 土木系ダンジョンマスター
配信が始まると、迷宮ミモリは大きなスコップを肩へ担いで現れた。短いマントに古鍵。門型の冠。そして土のついた園芸用の刃先。
〈装備が増えた〉
〈武器それなの?〉
〈昨日の壁を壊す気か〉
「これは開拓の道具だ」
三森は柄を床へ突き、胸を張った。
「本日より、我が迷宮の造成を開始する。まずは第一層主通路を、奥へ延ばすぞ!」
〈土木配信だった〉
〈ダンジョンって手で作るんだ〉
〈新作ゲームじゃなくて作業配信かもしれない〉
「ダンジョンは、何もせず生えてくるものではない」
前世では、眷属へ指示を出せば通路が延びた。だが主が最初の一打を入れるのも悪くない。昨日つけた線へ、スコップの先端を当てる。
「見ておれ」
勢いよく突き込む。がつん、と鈍い音が響いた。刃先は壁の表面を少し削っただけで止まった。両腕へ重い衝撃が返ってくる。
〈硬そう〉
〈園芸用で石壁は無理では〉
「最初は、このようなものだ」
握り直し、二度三度と打ち込む。柔らかい土を崩し、混じった石を柄でこじる。拳ほどの石が一つ外れた時には、コメント欄から拍手が流れた。
「ふっ。道が開いたな」
〈石一個分な〉
〈大迷宮への偉大な一歩〉
〈先が長すぎる〉
三森は無視して、作業を続けた。十分後。足元に土が積もり、壁には浅いくぼみができた。
二十分を過ぎると、肩が上がらなくなった。額の汗を拭うたび、画面の迷宮ミモリも苦しそうに目を細める。
〈土木系VTuber〉
〈新人研修を見守る枠〉
〈休んでいいぞ〉
「我は、まだ疲れておらぬ」
息を整えて言っても、説得力はなかった。
入口の外では、ノーラが管理画面と通路の映像を交互に見ている。
「マスター、腰から持ち上げないでください。それ明日動けなくなるやつっす」
「腰は関係ない」
「関係あるんですって」
三十分を越えた頃には、スコップを振り下ろすたびに声が漏れた。
「ぬっ……!」
〈さっき腰やめろって言われてた〉
〈水飲んで〉
〈見てる方が不安になる土木配信〉
デミタスが入口の外から、水の入ったコップを差し出した。
「マスター。こちらを」
「うむ」
三森はスコップへ寄りかかり、受け取った水を飲み干した。
「どの程度進んだ」
『作業時間、三十七分十四秒。入口側の基準線から、最大四十一センチメートル』
ラプラスもどきが壁のくぼみへ測定線を表示する。
〈一時間で一メートルいかない〉
〈五層完成まで何年かかるんだ〉
〈完成を見届けたら古参どころか長老になれる〉
「速度は、慣れれば上がる」
『現身体の疲労蓄積を含めると、低下する可能性が高い』
「余計な予測をするでない」
三森が再びスコップを構える。それを見たデミタスが、静かな声で尋ねた。
「ところでマスター。土や石へ働きかける術式は、お使いにならないので?」
三森の動きが止まった。
スコップを振り上げた姿勢のまま、数秒動かない。
〈術式?〉
〈設定上は魔法使いなのか〉
〈なんで固まった〉
「……あ」
ゆっくりとスコップが下りた。
「そういえば、魔法を使えばよいのではないか?」
コメント欄が一気に流れた。
〈今までの苦労は〉
〈三十七分返して〉
〈ダンジョンマスターが魔法忘れるな〉
「忘れていたわけではない!」
三森は壁へ向き直った。
「この領域が前世の術式を受け入れるか確かめるため、まず手作業で構造を調べておったのだ」
『土質と壁面強度の試料は、最初の一打で取得済みだ。以降の手作業に観測上の必要性はない』
〈助手が逃げ道を埋めた〉
〈一打目以外は本当に無駄だった〉
「もどきのくせに、主を追い詰めるでない!」
『我は本物のラプラス種だ!』
「あ、今の三十七分、一分の切り抜きにまとめときますね。タイトルは『魔法を忘れた迷宮主』で」
「やめよ」
「もう素材の切り出し終わってまーす」
三森は咳払いし、両手を壁へ向けた。空中に淡い魔法陣が広がる。土を緩めて石を砕き、指定した方向へ押し分ける。前世では造成用の眷属を補助する基本の術式だった。
「開け」
低い音とともに、行き止まりの壁が奥へ動いた。土が左右へ分かれる。大きな石は細かく砕けて足元を滑った。数秒後、壁だった場所に数メートルの通路が伸びている。
コメントが止まる。
三森は肩で息をしたまま、満足げに顎を上げた。
「見たか。これがダンジョンマスターの造成である」
〈今の何〉
〈リアルタイムで壁消えた?〉
〈合成にしても切れ目どこだよ〉
〈土の落ち方まで作り込むな〉
〈今までの苦労は何だったのか〉
「手作業にも意味はあったと言っておろう!」
『必要だったのは一打目だけだ』
「おぬしは黙れ!」
三森はスコップを入口近くの壁へ立てかけた。
「これは開拓の始まりを示す記念品とする。決して無駄になったわけではない」
〈もう引退した〉
〈稼働時間三十七分〉
〈初期装備として飾っとこう〉
三森は新しい通路へ一歩入った。壁も床も、押し広げたままの粗い形をしている。表面から砂が流れ、頭上で小さな音がした。
こつん。
小石が一つ、足元へ落ちる。続いて、もう一つ。
〈崩れてない?〉
三森は頭上を見上げた。新しい天井から、細かな土がぱらぱらと降り始めていた。
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迷宮運営記録
- 配信回:第3回(前半)
- 次回配信:2026年1月22日(木)20:00
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