第18話 五層、ただし一本道
翌日の夜。三森は石の入口の前で、短いマントの襟を整えた。
前日の事故とは違い、開始時刻は告知してある。配信の中身も、ノーラの確認を通した文章で知らせた。
――新領地の検分を、領民へ特別に許可する。
ノーラには「初見向けに言い換えた意味ある?」と聞かれた。だが、告知は告知である。
「では、行ってまいる」
「本日は配信であることを、お忘れなきよう」
デミタスが念を押した。
「二度も同じ失敗はせぬ」
三森が入口をまたぐと、モニターの赤いランプが点灯した。石の通路へ、迷宮ミモリの姿が現れる。
〈始まった〉
〈今日は本人も知ってる配信〉
〈例のゲームサイトから来ました〉
〈昨日より人増えてない?〉
流れ出したコメントを一度だけ目で追う。三森は正面を向き、胸元へ手を当てた。
「開門せよ、領民ども。我が迷宮へようこそ。迷宮ミモリである!」
〈口上がちゃんと最初に来た〉
〈成長が早い〉
「初めからできておったわ。昨日は順番が違っただけだ」
ラプラスもどきが肩の横へ浮かんだ。目から光が伸び、空中へ半透明の板を描き出す。
『チャンネルダンジョン管理情報を取得した。初期領域、五層』
「五層!」
声が通路の奥まで響いた。前世の最盛期には遠いが、生まれたばかりの領地としては悪くない。
「聞いたか。すでに我が迷宮は五層を有する!」
〈いきなり広い〉
〈個人勢の初期拠点じゃない〉
〈五層全部歩けるの?〉
〈マップ見たい〉
「よかろう。まずは第一層より案内する」
三森は威風堂々と歩き始めた。一歩、二歩。足音が狭い通路に反響し、六歩目で奥の壁が近づく。九歩目で、足が止まった。
目の前には、土と石の壁がある。
「……ラプラス」
『何だ』
「道はどこだ」
『今歩いた部分が、現時点で造成済みの第一層主通路だ』
振り返ると、入口はすぐそこに見えた。
〈終点?〉
〈九歩で一層終わった〉
〈一本道どころか廊下〉
「これは入口部分であろう。第一層の残りを表示せよ」
ラプラスもどきが管理板を拡大した。入口を示す四角と、そこから真っすぐ伸びる短い線。線の先には未開通とある。
『残りは未造成領域だ』
「では、第二層へ下りる階段は」
『未生成』
「第三層は」
『未生成』
「第四、第五もか」
『同様だ』
第二層から第五層までは、すべて暗い色で閉じられていた。階段も部屋も通路も、線が一本も入っていない。
「では、この五層という数字は何だ」
『造成可能な基礎領域の上限だ。五層分の建設枠が存在する、という意味になる』
「領地はあるが、何も建っておらぬのか」
『その理解で正しい』
〈五層建て予定地〉
〈完成済みとは言ってない〉
〈土地だけ渡された新人領主〉
〈ここから作るゲームだったのか〉
「ゲームではない。我が本物のダンジョンである」
〈はいはい本物本物〉
〈五層って言っといて廊下九歩は釣りだろ〉
〈でもゼロから迷宮作る配信なら面白そう〉
〈古参になれば最初の廊下を知ってるって言えるな〉
三森は短い一本道を見た。入口と壁しかない場所を見せて、何が面白いのか。それでもコメントは、昨日より速く流れていく。
「……なぜ、去らぬ」
「何がっすか?」
入口の外から、ノーラの声が飛んできた。
「領民だ。見せるものが何もないと言うておるのに、むしろ増えておる」
「そりゃ、何もないからっすよ」
「意味が分からぬ」
「完成したもの見せられても、こっちは見るだけじゃないですか。でも、ここまだ何もないんで、明日来たら昨日と違うんすよ。その途中を待つのが楽しいんです」
「……変わっていく様を、わざわざ待つのか」
「あと、失敗するところも見れますし」
「失敗はせぬ」
〈作ってるところも見たい〉
〈部屋の用途を一緒に決めたい〉
〈罠置こう〉
〈休憩所ほしい〉
「侵入者の休憩所を、なぜ我が用意せねばならぬ」
罠の案は悪くない。だが、その前に罠を置く場所がなかった。
三森は行き止まりの壁へ掌を当てた。ダンジョンマスターの感覚を通すと、石の向こうへ細い道筋が伸びる。前世で新しい迷宮を起こした時と、同じ手順でよい。
「まず、この道を奥へ延ばす」
掌の縁で壁へ一本の線を引く。薄い光が、掘るべき向きだけを残して消えた。
「その途中を左右へ広げ、部屋とする。広間、厨房、工房、監視室、そして我が玉座の間だ」
〈順番が急に具体的〉
〈厨房いるんだ〉
〈玉座だけ最後なの偉い〉
「玉座を最優先にせぬのは、領主として当然であろう」
本音では、今すぐ立派な玉座を置きたい。だが入口から九歩の行き止まりに玉座だけ置けば、領主ではなく門番である。
「この一本道から、五層すべてへ至る大迷宮を築く。諸君には、その最初から立ち会う栄誉を与えよう!」
〈普通に楽しみ〉
〈どこまで伸びるか見届けるわ〉
〈まず一部屋頑張れ〉
「一部屋くらい、明日には作るわ」
言い切ってから配信を切ると、赤いランプが消えた。
「デミタス。土と石を掘る道具はあるか」
「庭仕事用のものが、物置にございますが」
「見せよ」
物置には鍬と移植ごて、枝切りばさみが並んでいた。奥に土のついたスコップが見える。三森は何本かを持ち比べ、最も大きな一本を選んだ。
「これならば、よく掘れそうだ」
「マスターご自身で、お使いになるので?」
「我が迷宮の最初の道だ。まずは我が手で切り開く」
スコップを肩へ担ぎ、配信部屋へ戻る。石の入口の横へ、園芸用スコップを立てかけた。明日の出番である。
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迷宮運営記録
- 配信回:第2回
- 次回配信:2026年1月21日(水)20:00
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