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第17話 十二人が見ている

 足の裏へ、固い石の感触が返ってきた。


 残った足も内側へ移し、振り返る。四角く開いた門の向こうに、現実の配信部屋が見えた。


「行き来はできるな」


 声も届いている。門の外からデミタスが、すぐ戻れる距離を保てと念を押した。


 片手を上げて応え、通路へ向き直る。灯りの届く先から奥は、まだ黒いままだった。


 狭い。二人並べば肩が触れそうな幅しかない。天井も、前世のダンジョンより低い。壁は土と石がむき出しで、埋め込まれた灯りは数歩おきに一つだけだった。


「初期領域ゆえ、この程度か」


 壁を押してみる。崩れはしないが、表面から細かな砂が落ちた。


「活動拠点と呼ぶには、手を入れる必要があるのう」


 無人の試験場を検分するつもりで、奥へ歩き始める。


 その頃、門の外。ノーラがモニターの赤い表示を見て固まっていた。


「え、待って。これもう配信始まってんじゃん」


 迷宮ミモリのチャンネルに、石造りの通路を歩く少女が映っている。現実の三森の姿ではない。灰色がかった黒髪、苔色の毛先、金と緑の瞳、短いマント。シルカたちが作ったガワが、三森の全身へずれなく重なっていた。


 画面の端へ、最初のコメントが流れ始める。ノーラが慌ててコメント欄を広げた。


〈始まった?〉


〈通知来たけど配信予定なかったよな〉


〈事前登録サイトのチャンネルだ〉


「マスター! 戻ってきて! てか、こっち見て!」


 ノーラが門へ向かって叫ぶ。声は石の通路へ入り、少し遅れて反響を返した。


「聞こえておる。今、壁の強度を見ているところだ」


「そうじゃなくて、配信! もう始まってるっす!」


 足が止まった。


「何?」


 その声も、配信へきれいに乗った。


〈本人も知らなかったのかよ〉


〈事故配信で草〉


〈これ背景じゃなくて中を歩いてる?〉


〈ガワの全身追跡どうなってんの〉


 ラプラスもどきが後を追って門を抜けてくる。配信画面では、デフォルメされた大きな目玉が肩の横に浮かんでいた。


『入域とライブ開始が同期している。現在の同時接続数、十二』


「十二人も侵入したのか!」


 通路の奥を見る。人影はない。壁にも天井にも、隠し扉が開いた形跡はなかった。


『物理侵入ではない。全員、外部から映像と音声を観測している』


「姿なき斥候か」


〈視聴者です〉


〈侵入者扱いされてる〉


〈設定ガチ勢だな〉


 誰もいない空間へ目を細める。灯りの届かない奥にも、気配はなかった。


「十二人の領民が、今の我を見ておるのか」


『正確には、外部視聴者八、動作確認用アカウント四だ。ノーラ、デミタス、ミラ、シルカ用に開いた監視画面が同時接続へ含まれている』


 コメントが一瞬止まった。


〈四人スタッフいるの?〉


〈登録者一桁で身内四窓は強い〉


〈これが噂の企業企画か〉


〈同接の三分の一が運営で草〉


「水増しじゃないんで! ガチで確認用つけっぱだっただけっす!」


 門の外からノーラが反論した。手は勝手にコメント欄をつかみ、下へ引っ張っている。


〈運営の人いた〉


〈言い訳が早い〉


〈個人勢なのかスタッフ勢なのか、どっちなんだ〉


「ラプラス。あれらを同時接続から除け」


『表示値は配信サイト側の集計だ。こちらから変更できない。DP集計では内部試験アカウントを除外する』


「今はポイントの話してないっす!」


 外から見ている人間は八人だ。前世で謁見の間へ通した数より、はるかに少ない。玉座から見下ろした列は、もっと長かったはずだ。


 それでも、喉の奥が細くなった。現代へ来てから、声を向けた相手は眷属しかいない。宅配の受け取りでさえ、扉を開けずに済ませてきた。


 しかも、初配信である。


「マスター、なんかしゃべって。放送事故になるから」


「……うむ」


 返事の続きが出てこなかった。コメントは流れ続けている。読もうとしても、読み終える前に次の行が押し上げていく。


 目を上げれば壁がある。下げれば自分の足があった。


「あー。ラプラス、声は届いておるのか」


『届いている。音量は基準値の六割だ』


「六割?」


『壁を叩いていた時の、半分以下になっている。上げろ』


「出しておるわ」


〈声ちっさ〉


〈さっきと別人〉


〈これも演出?〉


 短いマントの裾を、指が握り込んでいた。画面の中の迷宮ミモリも、同じ場所を同じ強さで握っている。


「……か、開門せ、」


 最初の一音が高く裏返る。三森は口を閉じ、咳払いでごまかした。


〈噛んだ〉


〈急にどうした〉


〈やっぱ新人じゃん〉


 用意していた口上には、まだ続きがある。何度も声に出して、間の取り方まで決めてあった。その順番が、頭の中で一枚もめくれない。


「ラプラス。おぬしの橋とやらが、我の声を歪めておるのではないか」


『経路は正常だ。歪みは検出されない。入力側の振幅が小さいだけである』


「入力側とは何だ」


『三森だ』


「言い方を選べ」


〈今スタッフに当たった〉


〈目玉のせいにされてて草〉


〈目玉かわいい〉


『最後の入力へ訂正を要求する。我は高位知性体であり、装飾用マスコットではない』


「おぬしまで勝手に応答するでない」


 門の外で、配信部屋の戸が開いた。廊下の光と一緒に、出汁の匂いが流れ込んでくる。


「三森様ー、汁物あっためましたよー」


 ミラの声が、通路の入口まで転がり込んだ。


〈今の誰〉


〈生活音まで入ってる〉


〈五人目いた〉


「ミラさん、今それどころじゃないんで!」


 ノーラが戸を閉め、門へ顔を戻した。閉める前に、廊下へ小さく手を合わせている。


「マスター。コメント見なくていいっす。壁でも見てて」


「マスター。こちらで記録しております。どうぞ、そのまま中をご覧ください」


 デミタスの声は、前世の巡回報告と同じ調子だった。言われた通り、三森は壁へ掌を当てる。


 粗い面が、掌の下で応えた。どこが薄く、どこが硬いか。どちらへ道を伸ばせるか。返ってくるのは九割が未造成の報告だ。それでも、返ってくること自体は前世と変わらない。


 顔の高さで、コメントが流れていく。速さは同じはずなのに、今度は最後まで読めた。


〈壁の質感やば〉


〈砂落ちてるのリアルタイムなの?〉


〈どうやって撮ってんのこれ〉


〈CGにしては地味すぎて逆に怖い〉


 見られていたのは、自分の顔ではなかった。


「……なるほど。諸君が見ておるのは、我ではなく我が領地か」


〈どっちも見てるが〉


「よかろう。どちらも我のものだ」


 ノーラの端末が短く鳴った。画面を確かめ、門の内側へ読み上げる。


「シルカから。『ガワ、ズレてないし、あとはお任せで?』だって」


「あの者は、我の何を見ておるのだ」


「ガワっす」


 息を吸い、吐き、もう一度吸う。三森は壁から手を離した。


「ラプラス。視点はどこだ」


『我を見ろ。観測位置を配信映像の正面へ同期する』


 大きな目玉が、顔の高さで静止する。


「開門せよ、領民ども!」


 石の通路へ声が響いた。画面の中で、迷宮ミモリの短いマントが大きく広がる。


「我が迷宮へようこそ。我こそは万魔迷宮統括大公ミモリア・グラン・アビス――活動名、迷宮ミモリである!」


〈急に始まった〉


〈名前なげえ〉


〈迷宮ミモリだけ覚えた〉


〈さっきまで死にかけてたやつと同じ人?〉


 名乗りの間だけ、コメントの流れが遅くなった。


〈事故から口上への切り替えだけは強い〉


〈よろしくー〉


 最後の一件で、三森の目が止まる。相手の姿はない。それでも、挨拶を返されていることは分かった。


「うむ。よろしく頼む」


 先ほどまでより、少しだけ声が低くなった。


「本日は、我が新たな領地を検分していた。予定外ではあるが、諸君は最初の立会人となったわけだ」


〈サプライズ初配信ってこと?〉


「そのようなものだ」


「押し切ったし」


 門の外でノーラが笑い、両手で丸を作ってみせた。


 それから数分だけコメントへ答え、三森は配信を終えることにした。


「では、本日の検分はここまでとする。ラプラス、閉門せよ」


『終了操作を実行。応答なし』


「もう一度だ」


『応答なし。配信側の終了入力が、ダンジョン側から上書きされている』


 ノーラが現実側の管理画面から終了ボタンを押した。赤い表示は一度消え、すぐに点灯する。


〈終わった?〉


〈終わってない〉


〈配信の切り方わからない新人、久しぶりに見た〉


「我は新人ゆえ、知らぬことがあって当然であろう」


「開き直らないで、いったん戻ってきて!」


 ラプラスを連れ、入口へ引き返す。歩いた距離は、思っていたよりずっと短かった。


 片足を現実の床へ下ろしても、配信は続いていた。全身が門を抜けた瞬間、モニター右上の赤い表示が消える。


 今度は戻らない。


 静かになった画面へ、配信終了の表示が出た。


『入域が開始条件、完全退出が終了条件と推定する』


 ラプラスの周囲に、英語の入力欄が開いた。


「今度は何してんの?」


『公開リファレンスをv0.2へ更新する』


 ENTER_BOUNDARY -> LIVE_START

 EXIT_BOUNDARY -> LIVE_END


 Manual stop requests must not override an active boundary session.

 Provider implementation remains out of scope.


「今わかった事故仕様を、もう外に出すんすか?」


『観測済みの入出力を隠す理由がない。迷宮状態の生成法は含めていない』


 英文の細部までは読めない。入る、配信開始。出る、配信終了。矢印の対応だけは分かった。


「我が出入りを、勝手に仕様へするでない」


『既に仕様として動作している』


「鍵ではなく、我が出入りそのものが開閉になったか」


「次から入る前に告知っすね。あと、四窓も閉じときまーす」


 閉じた配信画面の横には、石の扉だけが残っている。


「次は事故ではない。我が領地として、あの八人へ中を案内してやろう」


「その前に、告知の文章あーしに見せてくださいね」


「我の領民への布告だぞ」


「だからっす」


---


迷宮運営記録


- 配信回:第1回(後半)

- 次回配信:2026年1月20日(火)20:00

- チャンネル登録者:13人(+5人)

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