第14話 事前登録という名の領民登録
開いたばかりの画面には、石造りの門が描かれていた。中央の紋章は、迷路と鍵穴を組み合わせた意匠である。重い扉が左右へ割れる。苔色と古金色の階層図が、奥まで伸びていく。
その下では、防衛側と攻略側が向かい合っていた。最下部で、小さな迷宮ミモリが腕を組んでいる。
――迷宮ミモリ、事前領民登録開始。
「我が領地が、すでに外から見えるではないか」
三森は椅子を引き、画面へ顔を寄せた。まだ存在しない階層図の下に、更新履歴が並んでいる。ガワの追跡試験から、通常配信機能の準備完了まで。日付つきで書き込まれていた。
「よくできておる」
『当然だ。情報階層、画面遷移、端末ごとの表示差、すべて検証済み。離脱率を下げるため、入口から登録完了まで三操作へ圧縮した』
「待って。これ、いつ作ったんすか?」
ノーラが画面を下まで送り、更新履歴の日付を指で追った。
『モデル制御の待機時間だ。処理資源を遊ばせる理由はない』
「五日で、これ?」
『基礎実装に五日は長い』
「技術オタク、マジで怖」
三森は二人のやり取りを聞き流し、中央の大きなボタンを押した。
事前登録。
現れたのは二段階の手順だった。一、迷宮ミモリのチャンネルを登録する。
二、公式ページへ戻る。登録済みだと確認して、領民になる。
「待て」
指が止まった。
「これは、領民登録ではなかったのか」
『領民登録だ。ただし、配信プラットフォーム外のサイトが、利用者のチャンネル登録を代行する権限はない。押すのは本人だ』
「そこは現実仕様なんだ。でも、領民になりたい人を絶対チャンネル経由にするの、やっぱガチでせこ」
『未登録ならアバター作成を解放しない。設定した条件はそれだけだ』
「ゲームの事前登録だけできるように見えると、普通に誤解する人いるっすよ」
『有効な手順で得た登録者一人は、どの経路を通っても一人だ。数値に差はない』
「うわ、マジで数字しか見てない」
腕を組んだまま、三森は門の絵を見下ろした。
「我が領民となるならば、何へ登録するか理解した上で印を刻ませよ」
『表示要件の追加と判断する。反映しよう』
「落ちてもいいっす。あと解除方法も同じページ。登録だけ秒でできて、抜け方わかんないのはナシなんで」
ボタンの下へ、三行が足された。領民になるには、迷宮ミモリのチャンネル登録が必要であること。登録は配信プラットフォーム上で、本人が行うこと。やめたくなった時の手順。
『修正完了。予測登録率は十四パーセント低下する。次の試験へ進む』
「はいはい。数字は数字ね」
ノーラが確認用のアカウントで通しを試した。公式ページからチャンネルへ移り、自分の指で登録を押して戻る。アカウント名と登録状態の確認だけを求める画面が挟まった。許可した瞬間、モンスター側か冒険者側を選ぶ入口が開く。
「領民が自ら姿を選び、我が迷宮の守備または攻略へ参加するのか」
『そうだ。現時点では外見情報を保存するだけだが、迷宮側の実装後はアカウントと領民代理体を同期できる』
「反逆者となる道まで用意したか」
「攻める側いないと、守る側だけで何すんすかって話じゃないです?」
「……よかろう。侵入者がおらねば、罠も試せぬ」
ノーラの指が、ページの最下部で止まった。
「Developer Reference……これ、何のリンク?」
『我の技術記録Boundary Observerだ。迷宮状態を配信へ渡す橋渡し層を、英語の参照仕様として公開した』
「なんで英語なんすか」
『検証者の母語を一つに限定する理由がない』
「我が迷宮の秘密まで記してはおらぬだろうな」
『橋の構造だけだ。迷宮を生成する入力源は公開範囲外である』
三森は英文の並ぶ先を一度だけ開き、三行目で閉じた。
「ならばよい。侵入路の作り方と、領地の作り方は別物だ。試験を続けよ」
『すでに案内を送信済みだ』
部屋が静かになった。
「誰に」
『この端末のアドレス帳で、家族に分類されていた連絡先だ。外部名簿への照会は行っていない。試験対象として近く、重複も少ない』
「いや、勝手に送ったんすか?」
『試験を続けよ、と命令された』
「送った後で言われたんで、順番バグってますよね?」
取り消しを命じる前に、送信済みの行が並んだ。茶を運んできたデミタスが、その一覧を横から覗く。
「マスター。ご親族へのご連絡でしたら、事前に私へ一言いただきたく存じます」
「我も、今知ったところだ」
三森はアドレス帳を開いた。日本で暮らしていた自分が、最低限の連絡のために残した名前である。ほとんど使われていない。古い通知だけが履歴に残っていた。
「……外部から奪った情報ではないのだな」
『ローカルに保存された既存情報だけだ。権限外の取得はしていない』
「次から、送る前に我へ見せよ」
『承認工程を追加する。送信速度は落ちるが、要求仕様として記録した』
「メール送るのに、毎回速さを優先しなくてよくない?」
同じ日の夕方。
一人の女が、見慣れない差出人からのメールを開いた。件名には迷宮ミモリとある。配信活動を始めるので、身内に動作確認をしてほしい。本文はその短い依頼だった。
「ミモリ……?」
女はリンクをすぐには押さなかった。送信元。接続先。要求される権限。解除の手順。一つずつ確かめていく。
説明の三行は、つい先ほど追加されたばかりのものだった。不審な外部サイトではないと判断してから、石造りの門を開く。
配信活動。あの子が。
女は椅子の背から身体を起こし、もう一度、件名の日付を見た。こちらから送った近況伺いに、返事はなかった。向こうから何かが届くのは、数年ぶりである。
「……始めたんだ、何か」
湯呑みを脇へどけ、女は手順どおりに配信プラットフォームへ移った。迷宮ミモリのチャンネルには、公開動画も配信予定もない。それでも登録ボタンを押し、公式ページへ戻って確認を許可する。
アバター作成画面が開いた。陣営選択では、迷わずモンスター側を押す。
ゴブリン。狼。スライム。骸骨。候補を順に送っていく。
最後に、大柄なゴリラ型で指が止まった。性別を女性にし、体格の目盛りは端まで引く。色は濃い茶色に変えた。初期装備では飾りの多い籠手を候補から外し、最も分厚い腕当てを指定する。
表示名の欄で、少しだけ手が止まる。本名は使えない。家の中で呼ばれている名も残せない。
ゴリ子。
「これでいいか」
配信画面への表示を許可し、登録を完了する。
領民番号、〇〇〇一。モンスター側――ゴリ子。
女はしばらくその番号を眺めた。それから画面を、仕事の資料の隣へ小さく畳む。閉じる前に、チャンネルの通知だけは有効にしておいた。
同じ案内は、笹塚力也の受信箱にも届いていた。
「また妙なものを始めたのか」
件名は新作ゲームの宣伝にしか見えない。妹が何をしていようと、田舎で静かにしているうちは構わない。力也はリンクを開かず、メールを削除した。
その夜、ノーラが公式ページの接続記録を確認した。親族へ送った案内とは別の経路から、一件の訪問が記録されている。
「え、誰これ。家族リンクじゃないんだけど」
『公開ページなのだから、外部から到達する可能性はある。検索機構への登録も正常だ』
「検索に出るようにしたんすか?」
『公式ホームページだからな』
見知らぬ訪問者が、石造りの門を開いた。ページの隅々まで見て回った後、アドレスをコピーする。
「……これ、どこの会社の新作だ?」
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迷宮運営記録
- 配信回:非配信回(初配信前)
- 次回配信:未定
- チャンネル登録者:1人(+1人)




