7.新居へ
生誕の儀を終えた僕はセージュを連れて新居である屋敷へと移動した。
郊外に建てられたそれは王子が住むのだから当然と言えばそうなのだけどかなり大きい。
なにせ正門から母屋の玄関まで馬車で移動する程なのだから。
そして玄関扉が開けばそこには屋敷の使用人が勢ぞろいしていた。
「「お帰りなさいませ。ラート様」」
「ただいま。みんな今日からよろしくね」
並んだ顔を見渡せば城内で会ったことのある人ばかり。
これなら建物が変わっただけで今までと変わらない暮らしが出来そうでちょっと安心した。
「さて、早々で悪いんだけど全員揃っているし伝えておくことがあります」
「「!!」」
僕の宣言に全員がビシッと背筋を伸ばして真剣なまなざしになった。
大丈夫だとは思ってたけど、この中に僕が子供だからと侮ってる人は居ないみたいだ。
本当に良かった。
「まずみんながこの屋敷に来てくれて本当に嬉しいです。
僕もみんなが自慢できるような主になると誓います。
そしてここから連絡事項ですが、今日の生誕の儀の最中、聖女が誕生しました」
(おぉ!)
「それに関連して僕が教会とひと悶着起こしてしまいました」
(えっ!?)
話を聞いた何人かの表情がちょこちょこ変化する。
執事のゼスは流石の不動だ。
「なので近い未来、教会からの嫌がらせがあるかもしれません」
「嫌がらせ……具体的には?」
「僕も教会には詳しくないけど、教会からの通達が遅れるとか、教会と懇意にしている商会が疎遠になったり値を釣り上げてきたりとかかな。
さすがに刺客を送ってきたり直接攻撃してきたりはしないと思う」
教会としては面子を潰された形だけど、お父様、国王陛下は笑っていたしそこまで大事にはならないと思う。
「で、問題は聖女の方。いや聖女自身が問題じゃなく聖女が誕生したという事は魔王も遠くない未来に現れます」
「あの、魔王って物語のあれですよね。勇者が倒してくれるんじゃないんですか?」
「最終的にはそうかもしれない。
でもそれまでに多くの被害が出ます。
この屋敷や王都も破壊されるかもしれない。
そしてその時、僕はこの屋敷で皆を守ってあげることはきっとできないから」
それは能力がと言う話ではなく、王子である僕は国を護るために奔走している筈だからこの場に居られない。
僕の立場では身近な人達だけを守ることは出来ないだろう。
「だから皆には今後、襲撃があった際に王都から逃げられるだけの体力をつけてほしい」
「逃げる、ですか。戦わなくて良いのですか?」
「最優先は生き残る事だよ。
戦った方が生き残れるなら戦っても良いけど、逃げた方が助かるなら逃げてね」
言い方は悪いけどこの屋敷には何の愛着もない。
それよりも皆の方がよほど大事だ。
だから逃げて欲しい。
「今伝えたいことは以上だけど質問はある?」
「はい、あの、先ほどの体力を付けるのは具体的に何をすればよいでしょうか」
「まずは走れるようになって欲しいからランニングかな。
僕は明日の朝から毎日朝食前にこの屋敷の外壁に沿って何周かランニングする予定だから時間が合うなら一緒に走ろう。
あとは魔力で身体能力を強化すればずっと速く走れるようになるから魔力操作の練習は出来るだけ欠かさない様に。これは日々の生活の中で続けられるよね。
出来れば子供の僕より上手であってほしい。今の僕はこれくらいかな」
「「!!!」」
言いながら普段体内に押し留めている魔力を放出して玄関ホールの中をうねる蛇のように泳がせて再び僕の体内に戻した。
(う~ん。絵本で見た蛇だから細かい部分の描写がいまいちだなぁ)
出来れば鱗の1枚1枚も綺麗に再現させて本物と遜色ないレベルにしたい。
「可視化される程の高密度な魔力……」
「しかも全然減衰する様子が無かったぞ」
「いったいどれ程の研鑽を積んだんだ?」
なぜか凄く驚かれてるけどこれくらいならセージュも出来ると思うよ。
「魔法を学び始めてから2年でこれだから皆もすぐに出来るようになる、というより既に出来る人も居るんじゃないの?」
「たった2年で!?」
「王子。このようなことが出来るのは魔法師団の者くらいでしょう」
「そうなの?まぁ才能とか無くても多分出来るから頑張ってね」
僕の言葉に乾いた笑い声が響いた。
そして他に質問は無いようだったのでこの場は解散することにした。
僕は執事のゼスに案内されて屋敷を一通り見て回る。
応接室、居間、食堂、執務室。
どこも落ち着いた色合いの家具で統一されていた。
「皆はどこで生活してるの?」
「この屋敷の隣の建物になります。現在この屋敷で働く使用人20人がお部屋を使わせて頂いております」
「見学しに行っても大丈夫?」
「……ふふっ。えぇ問題ございませんとも」
含み笑いをされつつも使用人棟に突撃。
1階は食堂を始め共同生活の区画になっている。
屋敷に比べ質素な家具ばかりだけどそれなりに綺麗に使われている印象がある。
2階が男性使用人の部屋で3階が女性使用人の部屋が並ぶ。
僕は音を立てないように2階へと上がった。
ちなみにこの時間に棟内に居るのは夜勤の門番担当4人のみ。
先ほどは挨拶の為に起きていたけど、今は夜勤に向けて仮眠を取ってるかもしれないからね。
と思ったけど普通に起きていて廊下でばったり会った。
「お、王子! なぜこのようなところに!?」
「ゼスに屋敷を一通り案内してもらってる所なんだ。折角だから部屋の中も見て良い?」
「いえいえいえ、とても王子にお見せできるような場所ではありませんから」
これは何か隠してるっぽいな。
「ゼス、突撃だ」
「畏まりました」
執事なので誰がどの部屋を使っているかは当然把握している。
ゼスは迷うことなく1つの部屋の扉を開け、僕も廊下から部屋の中を覗き込んだ。
「……」
「……」
部屋の中には服は脱ぎ散らかされ寝具はぐちゃぐちゃ。おまけに窓を閉め切っているのか臭いが籠っている。
これは確かに人に見せられるような状態じゃないなぁ。
「えっと、トーマス」
「はいっ!」
「私生活がこれって事は日ごろの業務もこれくらい雑になってるのかな?」
「いえそんなことは決してありません!」
「それが本当ならこの部屋も綺麗に出来るよね」
「は、はい……」
若干歯切れの悪い返答だったけど見逃してはあげないよ。
古今東西、私生活が乱れている人が良い仕事をしたという話は無いのだから。
トーマスには他の男性使用人にも同じことを伝えておいてもらう。
そして僕は3階へ。
「ラート様。その……」
「大丈夫。僕も女性の部屋までは踏み込まないよ」
後ろに控えているセージュが言い淀むのを聞きながら3階の廊下を歩く。
廊下を見ただけでも2階よりも清潔に保たれているのが分かる。
部屋の中がどうなっているのかは、セージュに任せるとしよう。
定期的に見回りをして汚部屋の人は減給が妥当かな。
もしくはご飯抜きが良いだろうか。




