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盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


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21 リカルド・ディ・ヴァレンティーノ――理由のわからない収束

 王宮の執務室は、不自然な静けさに包まれていた。騒ぎはない。だが、それは問題が解決したからではなく、収束してしまったからだ。


「北方の件ですが……どうやら、落ち着いたようです」


 侍従の報告を、第二王子リカルド・ディ・ヴァレンティーノは椅子にもたれたまま聞いていた。金茶の髪は整えられているのに、光を受けても鈍い。緑の瞳は机の上を落ち着きなく泳いでいる。


「……そうか」


 短く答える。配分の混乱、輸送の遅れ、現場の不満。それらが大事にならなかった、という事実だけが残っている。


(……何が、どうなった)


 説明はない。誰がどう動いたのかも、はっきりしない。


「詳しい経緯は?」

「離宮から、再配分と輸送順の修正指示が出ております」


 淡々とした返答にリカルドは呆然とする。


「離宮……?」


 思わず聞き返す。


「離宮付き側近ニコラス・サルヴィ卿からの文書です。内容は、第一王子殿下と協議のうえで決定されたものだと」


 理解が追いつかない。見えない兄は離宮にいる。王宮から退いたはずだ。それなのに。


「……つまり」


 言葉を探す。


「俺が出した指示よりも、離宮の判断の方が通ったということか」

「結果としては、そうなります」


 結果という言葉だけが残る。北部は落ち着き、混乱は消えた。だが自分が何を間違えたのかが、わからない。


(おかしい。結果が出ているなら、俺の判断が間違いだったわけがない)


 胸の奥に、理由のわからない苛立ちが溜まっていく。


「……なぜだ」


 誰に向けたわけでもない呟き。

 侍従は答えない。答えられない。


(理由がわからないまま、終わった)


 それが、何より気に入らない。


「離宮が、何をした」

「……詳細は、こちらには」


 歯切れの悪い返事だった。それだけで、胸の奥がざわつく。

 リカルドの視線が、机上の地図へ落ちた。北方地域は王国の端であり、大帝国と接する国境沿いに位置している。


「……北方は、重要な土地だ」


 寒害だけではない。国境、資源、交易。兄がかつて重視していた理由を、断片的に思い出す。


(……兄上の判断が、まだ生きている?)


 その考えを、強く否定する。


(違う。理由があるはずだ)


 わからないから、疑う。疑うから、調べさせる。


「調べろ」


 短い命令を飛ばす。


「離宮が、北方に何をしたのか。誰が動き、どこへ指示を出したのか」

「殿下、それは――」

「俺は第一王子代理だ。理由がわからないまま放っておく方が問題だ」


 正論に聞こえるが、動機は違う。理由がわからないままでは、自分が()になる。それが耐えられない。



 数日後。王宮内では、北方地域に関する調査が始まった。だが、それは整理された精査ではない。焦りに任せた洗い出しだ。


「北方と離宮の接点を探せ」

「最近、動きがあった場所はどこだ」

「鉱山、交易、警備……全部だ」


 リカルドの命令は散漫で、焦点は定まらない。結果として、現場への配慮は後回しになり、再び細かな齟齬が生まれ始める。


 ◇ ◇ ◇


 一方、離宮のニコラス・サルヴィは、王宮から届いた報告書を机に置いた。もう一通の文書へ視線を移す。書式は簡素だが、内容は具体的だ。


 ロゼッタ・マリーニからの報告。形式は侍女としての業務連絡だが、添えられた補足は現場に近い。文面の端々に、第三者の視点が混じっている。マリア・アルベルティの助言をもとにしたと、ロゼッタは記していた。


(……王宮の報告より、こちらの方が整っています)


 北部は落ち着いている。ただし、王宮の調査が始まったことで、再び歪みが生じ始めている。現場は静かだが、上が騒いでいる。


(理由を理解できない者は、人と土地を疑いますね)


 ニコラスは、王宮の報告書を閉じた。数字は整っている。だが、判断の軸が見えない。


 一方、ロゼッタの報告は違う。

 何が動き、何が動いていないか。何を触れずに済ませ、何を守るべきか。

 ロゼッタとマリアが話し合った内容が、判断を奪わない視点で書かれている。


(こちらを優先すべきでしょう)


 視線の先、廊下の向こうから、一定の間隔で杖の音が響いてくる。


(殿下の判断は、今も成立しています)


 だからこそ、狙われる。

 ニコラスは静かに結論づけた。


(次は、調査そのものが失政になります)


 理由がわからない苛立ちは、やがて「人」を原因に仕立て上げる。

 そして、その標的は――。


 まだ、名を出す必要はない。

 静かな離宮と、騒がしい王宮。その落差が、次の波を生む。


 リカルド・ディ・ヴァレンティーノの疑惑は、理由を得ないまま、確実に積み上がっていた。

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