18 報告という名の追撃
執務室の扉を叩いたのは、夕食後まもなくだった。
「入れ」
ニコラス・サルヴィが入室すると、第一王子ルチアーノ・ディ・ヴァレンティーノは、すでに椅子に腰掛けていた。書類は整えられ、姿勢も崩れていない。
――そして、ほんの少しだけ機嫌が悪い。
「報告がほしい」
「承知いたしました。どのような報告でしょうか」
ニコラスが一礼した、その直後だった。
「……今日は、お前と彼女が出かけていたと聞いたが」
来た。ニコラスは内心で頷く。
「はい。休日の買い物に」
「そうか」
短い返事は、声の調子がわずかに硬い。
「……ロゼッタは、一人で行かせてもよかったのではないか?」
「殿下。休日に女性を一人で歩かせるほど、私は無粋ではありません」
さらりと返す。
そこに悪意はない。ただし、善意だけとも言わない。
「それに」
少しだけ、報告口調を強めた。
「ロゼッタ嬢は買い物が非常に上手です。店の者とも自然に会話を交わし、周囲の反応も良好でした」
事実である。事実だからこそ、続けた。
「髪を下ろしておられまして。普段は侍女の務めのためまとめていますが、休日は印象が異なります」
「……ほう」
ルチアーノの反応が早い。
「柔らかなローズブラウンの髪が肩にかかり、光を受けると輝きが増していました。蜂蜜色の瞳もよく映え、第三者の目から見ても、大変愛らしい様子でした」
一拍、間が空く。
「……用件は」
「すべて殿下用です」
沈黙が落ちた。
「器、調理道具、エプロン。ご本人の物は一つもありません」
「……一つも?」
「ええ。欲しい物はすべて、殿下のためだと」
ルチアーノは押し黙り、机の上の手を強く握った。
(撃ち抜かれましたね)
ニコラスは、まだ終わらせない。
「それから」
「……まだあるのか」
止める声だが、報告は止まらない。
「『年上の、うるさい侍女だったらどうしよう』と」
「……」
今度は、喉が微かに鳴った。
「殿下が楽になるなら、私も専属侍女として嬉しいです、と」
「……ロゼッタが、そう言っていたのか」
「はい。実に頼もしいお言葉でした」
ニコラスは、一呼吸置く。事務的な声のまま、告げた。
「殿下はお幸せですね」
返事は、すぐには来なかった。
「……私は、そう見えるか」
「はい。第三者から見て、大変わかりやすい」
ここで、ニコラスは初めて微笑む。
「ロゼッタ嬢の話題になりますと、表情と声の調子が変わられますので」
「……そうか」
否定はなかった。顔が少し俯く。
(ああ、これはもう確定ですね)
ニコラスは心の中で頷く。
(自覚していないのは、ご本人だけだ)
もちろん、その評価を口にすることはない。ただ、心の中でだけ呟いた。
「以上が、買い物に関する報告です」
ニコラスは一礼し、扉へ向かう。
背後から、低い声が追いかけてきた。
「……お前は、楽しかったか」
「職務として、適切でした」
嘘は言っていない。
扉を閉めた瞬間、ニコラスはようやく息をついた。
(殿下)
内心で、静かに肩をすくめる。
(それはもう、完全に『恋』です)




