第98話 王の居場所
「では、さっさと解決するとしようか。今現在、どのような状況なんだ?」
俺は古びたソファへと再び深く腰掛け言い放つ。
正面で縮こまっている王子フェリスと執事ロイドを、値踏みするように見据えた。
「現在、従兄弟のカイトバが城を完全に占領しています。そして明日にでも父上の、先王の国葬と共に、自らが新たな王であると宣言するはずです! それを……ど、どうにか止めないといけません!」
フェリスは、両手を膝の上で強く握りしめている。
その瞳には、自分の無力さへの悔しさと、従兄弟への激しい憤りが混濁している様子だった。
だが、そのカイトバとかいう男が王を自称するだと?
先ほどの説明と照らし合わせると、明らかな違和感がある。
「……ふん。不可解だな。カイトバやらが正当な王位を宣言するつもりなら、なぜ貴様に『王位を譲る』という証明書を求めたのだ?」
俺の指摘に、フェリスとロイドは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でポカンと口を開けた。
「……あれ? 言われてみれば、なぜだろう……? 王位の継承者としては自分の方が正しいと豪語していたのに……ロイド、何か心当たりはあるか?」
「いえ……うーん……左様でございますな、なぜわざわざ証明書などを……?」
フェリスもロイドも、揃って顎に手を当てて首を捻っている。
どうやら、本当に思い当たる節が無いようだ。
しかし、自分の置かれた状況の本質さえ見抜けていないとは、呆れるほどの無知ぶりだな。
正当性を主張する者が、無意味に敗北者からの証明書を欲しがるはずがない。
その裏には、必ず表に出せない不都合な真実が隠されている。
だが、この二人が知らないとすると、答えを出す方法はひとつしかない。
「時間の無駄だな。俺が直接、そのカイトバとやらに正解を訊きに行ってやろう」
「えっ!? し、しかし、どのようにですか!? ……まさか城に行くのでしょうか? 城は敵の手中にありますよ!?」
フェリスが椅子から転げ落ちんばかりに驚き、裏返った声を上げる。
「ああ、今から城へと乗り込む。俺達なら大丈夫だ。それに明日から国葬なのだろう? 余裕は無い。アリア、ルナリア、行くぞ。散歩の時間だ」
俺はすぐにソファから立ち上がり、迷いのない足取りで扉へと向かう。
「ほ、本当に行くのですか!? その……本気で大丈夫なのですか……?」
フェリスが縋り付くような視線を向けてくる。
己の運命を他人に委ねるしかない弱者の、卑屈な不安が透けて見える。
俺は立ち止まることなく、首だけをわずかに後ろへ向け応えた。
「俺が『大丈夫だ』と言っているのだ。それ以上の保証など、この世にはない」
――――――
俺たちは、すぐにザオツリの城へと辿り着いた。
街のそれほど離れていない、小ぢんまりとした城だ。
案の定、門の前には数人の兵士が立ち塞がっている。
「そこの者たち! 止まれ!」
槍を突き出し、血気盛んに駆け寄ってくる兵士たち。
さすがに簡単に通過させてくれるほど、警備が緩んでいるわけではないらしい。
「子供が三人だと? この非常時に、城に何用だ!」
「カイトバに用があって来た。俺たちは急いでいるのだ。そこを退け」
俺は眉ひとつ動かさず、当然の権利を行使するように言い放った。
威圧感に気圧されたのか、兵士たちは互いに顔を見合わせ、戸惑いを隠せないようだ。
耳を澄ませば、兵士同士のヒソヒソとした囁きが聞こえてくる。
「……カイトバって、今あの中で王を自称しているあの御方のことか?」
「ってことは、あのゴロツキ連中の仲間ってことだよな……?」
やはりそうか。
こいつらはザオツリの正規兵だろう。
カイトバが外部から連れてきた私兵とは、意思疎通など微塵も取れていないようだな。
俺の傲岸な態度を見て、こいつらは勝手に俺を『カイトバの一味』だと誤認したらしい。
「さっさと通せ。俺を待たせたと知れば、カイトバが貴様らにどんな罰を与えるか想像もつかんぞ?」
俺が追い打ちをかけると、兵士たちの顔に目に見えるほどの焦燥が走った。
「くっ……分かった、通れ!」
兵士たちが慌てて道を開け、槍を引く。
組織としての統率が取れていない証拠だ。
カイトバという男の底の浅さが知れる。
城内に足を踏み入れると、そこは想像を絶する混乱の極みだった。
「ひゃははは! ここのワインは最高だぜ!」
「食え食え、全部俺たちのものだ!」
城の廊下で、兵士たちが真っ昼間から酒を煽り、食べ散らかしている。
門にいた正規兵とは明らかに毛色が違う。
行儀の欠片もなく、略奪者のそれだ。
おそらく、カイトバが雇い入れた私兵だろう。
装備こそ整っているが、恰好がバラバラだった。
それに騎士道精神などという高尚な概念は、母親の腹の中に置いてきたような連中だ。
酒と食い物に夢中で、俺たちが通り過ぎても一瞥すらよこさない。
辺りを見回せば、この城は帝国に比べれば玩具のように小さい。
中央を堂々と歩き、最短距離で突き進む。
しばらく進むと、正面に豪奢な『王の間』が見えてきた。
扉は開け放たれ、中からは品のない怒号が響いている。
王の間に入ると、玉座にふんぞり返った若い男が、隣に立つ男に唾を飛ばさんばかりの勢いで喚き散らしていた。
おそらく、玉座に座る若造がカイトバだろう。
王としての器が伴っていないのが顔に出ている。
隣にいるのは、眠そうな細めた瞳が不気味な、痩せ細った中年男。
おそらく、フェリスを裏切った宰相だろうか。
「どうするつもりだ! フェリスを逃したとなれば、計画が根底から台無しになるのだぞ!」
「落ち着いてください。今、街の全門に兵を配備しております。フェリス様たちが捕まるのも、もはや時間の問題かと」
「しかし、あの件はフェリスがいなければ根本的な解決にはならんのだ! ……ん? 誰だ、貴様らは!?」
喚いていたカイトバが、ようやく俺たちの存在に気づき、玉座から身を乗り出した。
それを聞いて、俺たちはゆっくりと玉座に向かって歩みを進める。
「侵入者だ! 何をしている、兵士たち!」
宰相が叫ぶと、周囲の控室からゾロゾロと兵士たちが現れ、即座に俺たちを幾重にも取り囲んだ。
そして宰相が俺たちの前まで来ると、不快そうに鼻を鳴らした。
「子供だと……? 貴様ら、どこの飼い犬だ」
「おいおい。初対面の相手に『飼い犬』とは、この国の礼儀作法はどうなっている。俺たちは客人だぞ」
俺は肩をすくめて呆れてみせる。
「抜かせ! そんな客人がいるか! すぐに捕らえて、拷問にかけろ! 潜り込んだ目的をすべて吐き出させてやる!」
宰相が顔を真っ赤にして怒鳴る。
やれやれ、言葉の通じない奴を相手にするのは疲れるものだ。
「……ずいぶんと必死だな。お前たちが血眼になって探しているフェリスの居場所、俺が知っていると言ったらどうする?」
俺の言葉に、宰相の眉がピクリと跳ね上がった。
だが、それ以上に敏感に反応したのは、玉座のカイトバだった。
「何だと!? フェリスがどこに隠れているのか知っているのか! どこだ! 今すぐ吐け! どこにいる!?」
カイトバは玉座から飛び降り、つかつかとこちらへ詰め寄ってきた。
その顔には、隠しきれない極限の焦燥と、追い詰められた獣のような切迫感が浮かんでいる。
理由は分からんが、カイトバはフェリスが居ないと相当マズイ状況にあるらしい。
……くくく、面白い。
逃げるフェリスも、追うカイトバも、この国の王族は揃いも揃って崖っぷちに立たされているわけだ。
俺はカイトバの目を正面から射抜き、愉悦を込めて言い放つ。
「ああ。フェリスの居場所なら知っている。情報料は弾んでもらうからな」




