第97話 二人の王
ザオツリ国の王を名乗る子ども、フェリス・ザオツリ。
そいつが、俺に依頼を請うてきたのだ。
しかし、こんな子どもが王だと?
笑わせてくれる。
先代の王が急逝したという噂は、先ほどの酒場で耳にしていた。
そして二人の自称『王』が主張し合っていると聞いていたが、目の前のこの弱々しい子どもが、その内の一人というわけか。
困り果てた王が、藁をも掴む思いで俺に助けを求めている。
……これは、想像以上に美味い話かもしれん。
つい、ニヤリと口角が上がってしまう。
助ける条件として、俺の理不尽な要求を飲ませれば、単なる漁業権の確保だけでは終わらない。
この国そのものを、俺の掌の上で転がせるようになるのだ。
俺のような、素性の知れぬ者にまで縋りつくとは。
相当、追い詰められているようだな。
「……ふん。話くらいなら聞いてやろう」
俺がそう言い放つと、フェリスの顔にパッと明るくなる。
「ほ、本当ですか!? あ、ありがたい……!」
「どうせ、こんな道端で出来る話ではないのだろう? 場所を変えろ。貴様の城でゆっくり聞こうではないか」
俺がそう告げた瞬間、フェリスの目が激しく泳ぎ、顔面が蒼白になった。
すると、脇に控えていた長身の男が割り込んでくる。
ロイドといったか。
その身のこなしからして、執事だろう。
「……恐れながら。今は城へ入ることが叶わぬ身。屋敷にて、お話しさせてください」
……なるほど。相当なワケ有りという事か。
――――――
案内された先は、当然ながら城ではなかった。
だが……屋敷と呼べるような代物でもない。
ただの民家だ。
ごく一般的な2階建ての一軒家。
いや、カモフラージュの可能性もある。
外見は一軒家だが、地下には作戦本部があるという展開なのか……?
「どうぞ、こちらへ」
ロイドが音を立てて扉を開ける。
中に入ると、そこは——どこまでも普通の家だった。
目の前には生活感の溢れるリビング兼キッチン。
おそらく奥にトイレや浴室があるのだろう。
2階に続く階段も見えるが、お世辞にも王の居所とは言えない。
そして、何よりも異質なもの。
この家には、狭い中に不安げに身を寄せ合う使用人たちが多く居た。
そして、壁際に座り込んでいる兵士らしき男たち。
どの男も包帯を巻かれ、怪我をしている。
「どうぞ、お座りください」
促されるまま、俺は中央の古びたソファに腰を下ろした。
俺を挟むようにして、ルナリアとアリアが左右に座る。
二人は珍しそうに、目を輝かせてキョロキョロと室内を見渡していた。
グリンベルとはあまりに違う庶民の生活空間が、新鮮に映っているのだろう。
フェリスが俺の正面に座り、ロイドが震える手で紅茶を差し出してきた。
俺は一口も飲まず、冷たい視線でフェリスを見た。
「貴様、王のくせに城にいないとはどういうつもりだ? この掘っ立て小屋が、今の貴様の『玉座』か?」
「……はい、面目ない事ですが」
フェリスは顔を歪め、膝の上で拳を握りしめていた。
すでに夜も更けている。無駄話をしている時間は惜しい。
さっさと話しを進めるとするか。
「で? さっさと理由を話せ」
「はい……私の父である先王が亡くなった直後のことでした。私の叔父、父の弟の息子であるカイトバという男が、軍勢を率いて城を強襲したのです。そして、そのまま城を乗っ取られてしまいました」
「城を乗っ取るだと? そんな真似、簡単にできるはずがないだろう」
俺は鼻で笑った。笑わずにはいられない。
国家の心臓部を奪うには、内部の協力か圧倒的な武力が必要だ。
「……おっしゃる通りです。しかし、カイトバは多くの兵を率いていました。そして、自分こそが正当な王位継承者だと宣言して……」
フェリスは項垂れ、悔しさのせいだろうか、身体を震わせている。
「そして不覚にも警戒していなかった私は囚われてしまったのです。カイトバは私の命と引き換えに、王位を譲るという証明書にサインを求めましたが……私は、それだけは断固として拒否しました」
「ほう。で、なぜ今ここにいる? サインもせずに放り出されたわけではあるまい」
「この執事のロイドや、忠義ある騎士たちが、命を懸けて私を救い出してくれたのです。今はこうして、使用人の家を借りて潜伏しています。……あの城を、カイトバから取り戻すために!」
フェリスは弾かれたように顔を上げ、叫ぶように言い放った。
後ろに控えるボロボロの使用人たちの目にも、静かな執念の炎が宿っている。
そこに転がっている手負いの兵士たちが、この幼き王を守るために盾となった証拠か。
「なるほど。つまり、俺にカイトバとその手下どもを倒してほしい、という依頼か?」
「は、はい……! もちろん、我々も戦います! ですが、戦力が決定的に足りないのです。カイトバの兵どもは、数が多くて……」
俺は周囲を見渡した。
数人しかいない負傷兵。
あとは戦う術も持たぬメイド。
これで城を奪還するなど、正気の沙汰ではない。
死にに行くようなものだ。
「随分と心許ない兵力だな。それに、宰相や他の重臣どもはどうした? 王が城を追われたというのに、なぜ動かん」
俺がそう言うと、フェリスの表情はさらに暗く沈んだ。
「宰相は……城でカイトバと一緒におります。宰相が、王位の継承者はカイトバだと言っておるのです……」
……宰相に裏切られたか。救いようのない無能だな。
宰相と従兄のカイトバが裏で繋がっていたのは明白だ。
もはや、目の前のこのガキに勝ち目など万に一つもない。
このまま逃げ延びるか、捕まって反逆者として処刑される未来しか残されていない。
だが――俺という『イレギュラー』が介入するならば、話は別だ。
「報酬が漁業権だけでは、割に合わんな。俺の手を煩わせる価値があるか、今すぐ証明してみせろ」
「うっ……今は、対価をお支払いすることはできません。……ですが! もし王位を取り戻し、奴らを追放できた暁には、私に出来ることなら何でも致します!」
「フェ、フェリス様!? それは……!」
ロイドが顔色を白くさせ止めに入り、周囲の使用人たちもどよめきに包まれた。
それはそうだ。
一国の主が、海のものとも山のものともつかぬ男に「何でもする」と誓うなど、あまりに幼く、危うい。
……くくく。
だが、その青臭さこそが、付け入る隙だ。
俺は冷酷な笑みを浮かべつつ、ガキを絶望の淵から救い上げるように告げた。
「よし。いいだろう。貴様の城、俺が必ず取り戻してやる」
フェリスの瞳が驚愕に見開かれ、震える肩がぴたりと止まった。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。だが忘れるな。報酬として……フェリス、お前自身を貰い受ける。それが条件だ」
俺が冷たく言い放つと、ロイドが血相を変えて叫んだ。
「な、なんと……! そんなご無体な!」
「慌てるな。何も、この国を貰うとは言っていない。この国の王はフェリス、お前がやれ。だが、俺はお前自身を貰う。それだけだ」
そもそも、俺は国を貰う必要などない。
帝国の民である俺が、敵対する隣国の王を務める事はできん。
しかし、だ。
この王が俺の操り人形となれば、統治する必要もなくザオツリを我が物とできる。
「しかし……それは、決して許されぬ条件です!」
「良いのだ、ロイド! 時間も戦力も無い我らには、この道しか残されていない……! 冒険者様、その条件、謹んでお受けいたします。どうか、我らにお力添えを!」
フェリスは床に額を擦り付けるようにして、深く、深く平伏した。
「ああ。いいだろう。俺は名は、レヴォスだ」
俺はフェリスに、片手を差し出す。
「あ、ありがとうございます! レヴォス様! 改めて、私はフェリスと申します!」
フェリスが俺の手を握り、泣きそうな笑顔でブンブンと握手を交わす。
よほど、俺という戦力が喜ばしいのだろう。
これで契約は為された。
……くくく、これで寿司は確約されたようなものだ。
俺のために、存分に働いてもらうぞ、小僧。
全ては……寿司のために。




