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第92話 料理大会



 料理大会当日。

 グリンベルの広場は、これまでにない熱気に包まれていた。


 普段のグリンベルとはまた違う、どこか祭りのような浮き足立った空気が流れている。

 住民たちが思い思いの場所に陣取り、開始を今か今かと待ち構えていた。

 

「さあ、会場にお集まりの皆さん! 本日はこのグリンベルにて、猛者の料理人による料理大会が開催されました! 進行はこのネクタがお送りします! そして審査員はこの方! 我らがレヴォス様です!」


 特設ステージの上で、ネクタが鼻息荒く高らかに声を張り上げている。


「レヴォス様ー!」

「きゃー! かっこいー!」

「こっち向いてー! 結婚してー!」


 ……なんだ、この異様なテンションは。

 まあ、領民たちがこれほど楽しんでくれているなら、企画した甲斐があったというものだが……


 内心で溜息をつきつつも、無表情を崩さずに審査員席へ腰掛けた。


 そして調理台が各参加者に割り当てられ、ネクタの合図とともに調理が開始される。


 正面の調理場では、馴染みの面々が火花を散らしていた。


 まずルナリア。

 真剣な顔で料理をしているが、数分と経たないうちに「あっ」という声と共に焦げ臭い匂いが漂ってきた。

 慌てて鍋をかき回しているが、底に何かが張り付いているようだ。

 それでも諦めずに手を動かし続ける姿は、なかなか見どころがある。

 失敗しても前に進む、あいつらしいといえばらしい。


 コレットはいつも通りの落ち着いたペースで料理を進めていた。

 無駄のない手順、整然と並べられた食材。

 さすが長年メイドとして従事してきただけのことはある。

 コレットは俺と長年過ごしている。俺の好みを知っているのが利点だろう。

 ただ、時折こちらをちらりと見て、微笑んでくるのが少し気になった。


 オコタの包丁捌きは圧巻だった。

 忍者として鍛えた手先の器用さがそのまま料理に活かされているのか、食材があっという間に整然と切り揃えられていく。

 鍛冶師の娘らしく、道具の扱い方が根本的に違う。

 

 ミサミサに目を向けると、大精霊らしい光景が広がっていた。

 包丁も食材も、ミサミサの手に触れることなく空中に浮かび上がり、見えない力によって勝手に動いている。

 傍から見ると完全に怪奇現象だ。

 住民の何人かが目を丸くして見つめているが、ミサミサ本人は至って平然としていた。


 セレスは参加者の中で一番穏やかな手つきで料理をしていた。

 聖女時代に培ったのか、人のために何かを作るということが体に染み付いているのかもしれない。

 ポエテはセレスの隣でにこにこしながら、時折手伝っている。二人の息はよく合っていた。


 エリザはというと、豪快極まりない料理を繰り広げていた。

 格闘家らしく、食材を叩きつけるような調理法が多い。

 リンとレンが必死にフォローしているが、鍋の中身が心配だ。

 

 アンズは慣れた手つきで、しかしどこか余裕の笑みを浮かべながら調理をしていた。

 普段の飄々(ひょうひょう)とした雰囲気のまま包丁を動かしているが、その速さと正確さは侮れない。


 クロエは無言で、しかし目だけがギラギラと輝きながら料理に向き合っていた。

 賢者らしく、料理を一種の研究として捉えているのかもしれない。

 レシピを手元のメモと照らし合わせながら、寸分違わぬ手順で進めているようだ。


 アイリスはというと、なぜか完成した料理に薔薇の花びらを添えていた。

 味よりも美的感覚が先行しているらしい。


 アリアは全員の中で最も静かに、それでいて最も優雅に料理を進めていた。

 元王族の所作は料理の場でも消えないらしく、食材を扱う一挙一動が洗練されている。

 あの人が本気を出したら、他の面々は勝負にならないかもしれない。


 

 ――――――

 

 

 そして、審査の時間が訪れる。

 俺は運ばれてくる料理を、次々と口に運んでいった。

 

 全員が俺の顔をじっと見ている。

 それぞれが少しだけ背筋を伸ばし、口元をわずかに緩め反応を待っていた。

 俺が一口食べるたびに、その表情がぴくりと動く。

 

 メイドのコレットの料理は安定していて美味い。

 妹ルナリアのは若干焦げていたが、味の方向性は悪くなかった。

 忍者オコタのは素材の持ち味を活かした、山育ちらしい素朴な一品だ。

 大精霊ミサミサのは食材の質は申し分ないが、味付けが少々独特だった。

 聖女セレスとポエテの合作は素直に旨かった。

 紅蓮拳のエリザのは豪快な見た目に反して、意外と食べられる味だった。

 諜報員アンズのは手慣れた仕事ぶりが皿に出ていた。

 賢者クロエのは正確無比で手本のような料理だった。

 リンクショット家のアイリスのは薔薇の香りが強すぎた。

 俺の母アリアのは、やはり格が違った。


 俺は感情を表に出さずに、そう評価し続けた。


 

 だがそこへ、最後の一品が運ばれてきた事で状況が大きく変わる。


「レヴォス様、こちらです!」


 持ってきたのは、ヒロン・イロンダルだ。


 差し出された皿を見た瞬間、あまりの衝撃に思考が止まった。


 ……これは。

 白い飯の上に、薄切りにされた魚。

 整然と並べられた、見紛いようのないその姿。

 まさか、グリンベルでこれを目にするとは思わなかった。

 

「……寿司、だと?」


「はい! オレスフォードのエドテアで食べていただいた、あの寿司でございます! レヴォス様があの時、寿司を気に入って頂いていたので、なんとか再現しようと練習を重ねました!」


 ヒロンが胸を張って言う。

 

 俺は一つ取り、口に運んだ。

 

 ……美味い。

 本物だ。


 魚の脂の旨みと酢飯の酸味が、完璧だった。

 前世で食べ慣れた味が、この異世界の食卓に蘇っている。

 思わず二つ目に手が伸びた。

 

 だが……周囲の反応は全く違っていた。

 

 グリンベルの住民たちが、皿の上の寿司を不思議そうに、いや、明らかに怪しんだ目で眺めている。

 生魚を飯の上に乗せただけという見た目は、確かに見慣れない者には異様に映るのだろう。

 

 さらに問題だったは――『醤油』だ。


 添えられた小皿の黒い液体を、住民の一人が恐る恐る指差した。


「……あの黒い水は、いったい何だろう?」

 

 黒い水。

 なかなか的確な表現だが、醤油に対して失礼だ。

 

「貴様、醤油を知らんのか。これは最高の調味料の一つだ。料理における基本の調味料。いわゆる『料理のさしすせそ』というものだ」

 

「え? 『料理のさしすせそ』……? それは一体、何なのですか?」


 ネクタが代表して尋ねてくる。

 俺は深々と椅子に座り直し、講釈を垂れてやった。


「教えてやろう。『さ』は、さうゆ。『し』は、しょうゆ。『す』は、すようゆ。『せ』は、せうゆ。そして『そ』は、ソイ・ソースだ」


「な、なるほど……!?」


 ネクタはそう言ったが、絶対に理解していないことは明白だ。

 だが別に、そこを突っ込んだりはしない。


 会場が困惑と納得の渦に包まれる中、俺は立ち上がり右手を高く掲げた。


「優勝は……この寿司だ!」


 独断と偏見である。何せ、審査員は俺だ。

 俺が寿司を食べたいと思ったから、これが正解なのだ。

 

 こうして料理大会は、大盛況のうちに幕を閉じた。

 だが……その後がいけなかった。

 

 コレット、クロエ、エリザ、セレス、アンズ、ルナリア、アリア……その他を含む参加者たちの視線が、一斉にヒロンへと向けられていたのだ。


 眉に皺を寄せ、その目は親の仇を見るような目になっていた。

 笑顔はない。温度もない。

 ただ静かな、しかし確実な殺気がヒロンを包んでいる。


 ヒロンはそれに気づいたのか、すでに目線を地面に固定していた。

 肩が小刻みに震えており、目が泳いでいる。

 

 その状態が、何日か続いた。


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