第91話 美食の予感
復興が進む我が領地、グリンベル。
領内の様子を見て回っていた、その時だった。
「おーほっほっほ……おーほっほっほっほ!!」
町の入口から、聞き覚えのある高笑いが響いてきた。
入り口付近には、何事かと村人たちが集まり、ざわついている。
そこに鎮座していたのは貴族用の馬車だ。
御者台には、猫獣人の双子の少女が並んで手綱を握っている。
そして、その馬車の屋根の上。
令嬢特有のドレスを翻し、胸を張る少女の姿があった。
「皆様、お久しぶりですわ! このエリザ・グレン、ただいま参上いたしましたわよ!」
こいつは、『紅蓮拳のエリザ』こと、エリザ・グレン。
正真正銘グレン領の令嬢であり、『エル戦』においての仲間キャラ、格闘家エリザだ。
「みなさま!」
「こんにちは!」
そのエリザのメイドであり紅蓮流の門下生でもある双子の少女、リンとレン。
本来のシナリオであれば、グレン家は宿敵ゼノスに敗北し、領地を奪われる悲劇に見舞われるはずだった。
だが、俺が介入し、エリザに奥義を習得させたことで運命は変わった。
ゼノスを粉砕し、家を守り抜いたのだ。
あの修行の日々以来、「グリンベルには、いつでも来てもいい」とは言ったが……
ふと馬車に目を向けると、信じられないほどの荷物が積み上げられていた。
積みきれなかった分は、無理やりロープで外側に縛り付けられており、もはや移動するゴミ山のようだ。
「あっ! レヴォス様! 見つけましたわ!」
俺が呆れて見ていると、エリザが俺の姿に気がついて叫んだ。
次の瞬間、「とうっ!」という威勢の掛け声と共に、エリザは馬車の屋根から飛び上がると、無駄に一回転して俺の前に着地した。
「このエリザ、本日よりレヴォス様のお膝元であるこのグリンベルにて、お世話になりますわ!」
エリザは優雅にスカートの裾を持ち上げ、完璧なカーテシーを決めた。
「宜しく!」
「お願いいたします!」
いつの間にか隣に並んでいたリンとレンも、深々とお辞儀をする。
「……突然だな、エリザ。一体どういう風の吹き回しだ? まさか家出ではあるまいな」
俺がそう問いかけると、エリザはさらに胸を張った。
「両親を三日三晩かけて説得し、正式に許可を得て参りましたの! わたくしの拳をさらに高めるには、レヴォス様の側こそが相応しいと認めさせましたわ!」
自信満々に言い切るエリザ。
その熱意に、結局エリザたちはグリンベルの一員として住むことになった。
俺は執事フォルテに命じてエリザたちの住居を用意させ、山のような荷物を運び込ませる。
落ち着いたところで町を案内すると、エリザたちは驚愕に目を見開いていた。
「以前訪れた時より、遥かに発展しておりますのね! 凄いですわ……さすがはレヴォス様! わたくし、感動いたしましたわ!」
「文明の!」
「発達!」
「ふん、どちらかと言えば本番はこれからだ。まだ解決すべき課題が山積みでな」
俺が鼻で笑うと、エリザは不思議そうに首を傾げた。
「課題、ですの? これほど豊かになっているのに、まだ何か足りないことが?」
「ああ。ここにはたくさんの種族が住んでいる。今後も人口は増えるだろう。そうなると、色々と問題が起きるからな」
「なるほどぉ……? 難しいことはよく分かりませんが、レヴォス様が深いお考えをお持ちなのは理解いたしましたわ!」
エリザは分かっているのかいないのか、元気よく頷いた。
「ちょうどいい。新参者の貴様らにも、早速仕事を手伝ってもらうぞ」
――――――
グリンベルのさらなる発展のため、俺はいくつかの施策を練っていた。
建築や田畑の開墾などは、そのひとつにすぎない。
「では、会議を行なう」
大きなテーブルを囲み、各代表を集めた会議を開催する。
参加者は以下の通りだ。
議事録に執事フォルテ。
グリンベルの領地開発担当、ヒロン・イロンダル。
聖女セレス、司祭ポエテ、大精霊ミサミサ、紅蓮拳のエリザ。
メイドのコレット、獣人統括のアンズとネクタ、賢者クロエ、忍者オコタ。
俺の母アリア、俺の妹ルナリア、リンクショット家の姉妹アイリスとエステラ。
ゴブリン、コボルト、グリンベルに滞在する冒険者の各代表。
「皆のもの、よく集まってくれた。今日はこのグリンベルで実行する二つの新施策を公表する」
俺が宣言すると、室内の空気がピンと張り詰めた。
全員の視線が、期待と緊張を孕んで俺に集中する。
「まず一つ目。ヒロン、貴様から説明しろ。貴様が提案した案だ」
「はっ! 皆様、グリンベルにて『定期市』を開催しようと考えております! まだ常設の市場とするには時期尚早ですが、定期的に特産品を売り出すことで、外部との流通経路を確立し、商人を呼び込む足がかりにします!」
ヒロンが熱っぽく語ると、参加者たちは口々に賛同の声を上げた。
この提案は俺も高く評価している。
流通を支配することは、国を支配することと同義だ。
未だに『グリンベルは毒の沼地』と信じている無知な連中への、格好の宣伝にもなるだろう。
「異論はないようだな。ヒロン、そのまま計画を進めろ」
「はい! このヒロン、粉骨砕身の覚悟で取り組みます!」
ヒロンは誇らしげに胸を叩いた。
「そしてもう一つ。これは、俺からの提案だ」
再び静寂が訪れる。
皆がごくりと唾を飲み込み、俺の次の言葉を待っている。
「……それは、『料理』だ」
その言葉に、多くの者がポカンと口を開けた。
「料理、ですか? それは、単に食事の質を上げるということでしょうか?」
「ああ、その通りだ。このグリンベルは多様な背景を持つ者が混在している。人間、獣人、精霊、貴族から平民までな。……違うか?」
皆が「確かに」と頷き合う。
「種族が多いとなると、好みの種類も大きく変わる。それこそ、同じ種族でも味の好みは違うのだ」
ごくりと息を呑む皆。俺の次の言葉を待っている。
「種族や出身地が違えば、食の好みも千差万別だ。同じ人間であってもな。慣れ親しんだ故郷の味、心から旨いと思える食事……食の充実こそが、民の幸福度に直結する。多種多様な美食が集まる街。それ自体が、グリンベルの新たな魅力となるはずだ」
会議室が静まり返った。
いや、静まり返ったのではない。
皆、自分が食べたい『最高の料理』を思い出し、心を躍らせているのだ。
やがて、堰を切ったように賛同の声が上がった。
「素晴らしいです! 是非やりましょう!」
「色々な国の料理が食べられるなんて、夢のようですわ!」
「故郷の料理……ああ、もう一度味わえるのなら、なんだってします!」
クロエやエリザ、セレスたちも目を輝かせて喜んでいる。
「あの! よければ、さらにひとつ提案してもよろしいですか?」
ヒロンが勢いよく手を挙げた。
「言ってみろ、ヒロン」
「多様な料理を広めるため、そしてグリンベルの活気を外部へ宣伝するために、『料理大会』を開催するのはいかがでしょうか!?」
料理大会か。悪くない趣向だ。
「ふむ、催しとしては面白そうだな。だが、肝心の参加者は集まるのか? ただ食うだけなら誰でもやるが、腕を競うとなると話は別だぞ」
俺が周りを見渡すと、先ほどまでの熱狂が嘘のように、皆がスッと視線を逸らした。
「いやぁ、家庭料理なら作れるけど、大会なんて大層なものに参加するほどじゃ……」
アンズが気まずそうに頬を掻き、他の面々も曖昧な笑みを浮かべて黙り込んでしまう。
確かに、いきなり『大会』と言われても気後れするのだろう。
だが、その時。
今まで退屈そうにあくびをしていたネクタが、ボソリと呟いた。
「どうせなら、レヴォス様が審査員をしたらどうですか? あ、でもそれじゃまるで、レヴォス様の『花嫁審査』みたいになっちまうか。あっはっは!」
ネクタの軽口が響いた瞬間。
なぜか、会議室の空気がピリつく。
それはまるで、殺気の塊の様でもあった。
「……コホン。グリンベルの発展を願う者として、私も一肌脱ぎませんとね。大会、参加させていただきます」
賢者クロエが、無表情ながらも瞳に怪しい火を灯して宣言した。
「料理大会! ああ、なんて魅力的な響きですの! わたくしグレン家の令嬢として、最高の美食を披露させていただきますわ!」
エリザが立ち上がり、やる気に満ち溢れた笑顔を作る。
「私、大会に出せるような腕はありませんが……精一杯頑張りたいと思います!」
コレットが顔を真っ赤にしながら、拳を握りしめて宣言した。
「……喜ぶ顔が見たいので、私も参加させていただきますね」
セレスが聖女らしい微笑みを浮かべるが、その背後には並々ならぬ気迫が漂っている。
「まあ、あたしも暇だし? 久しぶりに包丁を握るのも悪くないかねぇ」
アンズまでもが、不敵な笑みを浮かべて参戦を表明した。
「私も、最近少し料理を習いました! その成果を見せるのに良い機会ですので、参加させていただきます!」
ルナリアが、剣を握る時のような鋭い視線で俺を見つめる。
「あら、私も昔取った杵柄で、久しぶりに腕を振るってみたくなりましたわ。ですが参加するからには徹底的にやらせて頂きますね」
アリアまでもが、穏やかながらも揺るぎない決意を口にした。
そこからは、まさに雪崩のようだった。
次々と「参加する」という声が上がり、参加者の間にバチバチとした火花が散り始める。
皆、口では控えめなことを言っているが、その瞳はまるで獲物を狙う狩人のように鋭い。
ただの町おこしのつもりだったのだが、俺はいつの間にか審査員を担わされる羽目になってしまっていた。




