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第90話 レヴォスの刀



 ウスドフからオコタの父の形見を取り戻して、数日が経過した。

 

 あれからウスドフの周辺調査が進み、隠されていた余罪が次々と明るみに出ている。

 どうやらあの男は各地の珍しい武具を収集しては、その模造品を粗製濫造して売りさばくという汚い商売を長年続けていたらしい。


 オコタの父の刀も、その一つにするつもりだったのだろう。

 ウスドフの手下が各地を渡り歩く中でオキザネの名刀を見つけ、買い取ろうとした。

 だが、オキザネはそれを断った。


 当然だろう。

 あの刀には愛娘オコタへの銘が刻まれていたのだ。

 売るはずなど、万に一つもありはしない。

 

 交渉が決裂した手下は、オキザネの死後に盗み出すという愚行を犯した。

 その報いが、今のウスドフの惨めな末路というわけだ。

 

「……という状況でございました。ウスドフ家はもはや再起不能かと」


「そうか。王都にはくだらぬ事をしている貴族が、まだ多くいるということか」

 

 執事フォルテからの淡々とした報告を聞き、そう応じた。

 かつて失脚させた商人バルトロに続き、目障りな羽虫がまた一匹消えたに過ぎない。


 

 ――――――

 

 

 一方で、グリンベル領の開発は劇的な速度で進んでいた。

 

 バルトロから接収した物資と資金が、ここにきて存分に活きている。

 巨大な倉庫、各種作業場、整然と並ぶ住居に店舗。

 さらには土地の整備や田畑の開墾など、荒野だった場所が瞬く間に活気ある街へと変貌を遂げつつある。

 

 次々と形になっていくグリンベルの街並みを眺めながら、俺は着々と次の一手を進めていた。

 

 その中のひとつが、オコタの鍛冶場だ。

 元々、鍛冶場は作っていたがオコタの要望を取り入れながら再設計した。


 新たな鍛冶場は、小ぶりながら使い勝手のいい造りになっている。

 完成した日からオコタは鍛冶場に入り、日が暮れても出てこない。

 

 夜に通りかかると、まだ火が燃えているのが見えた。

 よほど打ち込んでいるのだろう。


 そうした時に、フラフラとした足取りの聖女セレスが来た。

 何やら、おおきな(かご)を抱えている。


「あ、レヴォス様!」


「どうした、セレス。こんなところに。その手に持っているものは何だ?」

 

「あ、これ。オコタちゃんのご飯です。全然外に出ないから、こうしてお弁当を持って行ってあげてるんです」


「オコタはそんなに出てこないのか。それも問題だな」

 

「いえ、あの、たぶん大丈夫です! もうすぐ出てくると思いますから!」

 

 セレスが何か含みのある返事をしたので、わざわざ詮索はしなかった。

 

 オコタに直接、注意でもするのかと思ったのだろうか。

 だが、鍛冶に集中している者の邪魔をするほど野暮ではない。

 

 しかし、ある夜、俺が鍛冶場の前を通りかかると、中が静かだった。

 火の気配も消え、あたりは静まり返っている。


 珍しいと思いながら見ると、オコタが作業台の前にぽつんと座っていた。

 父オキザネの名刀を膝の上に置き、ただじっと眺めている。


 何かを語りかけているわけでも、泣いているわけでもない。

 ただ静かに、父の刀と向き合っていた。

 

 俺は何も言わず、そのまま通り過ぎた。

 

 

 そして数日が経った、ある朝のことだ。

 

「レヴォス殿! ついに、拙者が作った刀が完成したのでございます!」

 

 勢いよく駆け寄ってきたオコタが、両手で大事そうに一本の刀を差し出してきた。

 

 オコタの顔は興奮で赤く、目が輝いている。

 鍛冶場にこもっていた日々の疲れなど、どこかへ吹き飛んでしまったかのような顔だ。

 

「ほう。見せてみろ」


 俺はオコタから刀を受け取ると、不思議な感覚が襲ってきた。


 ……何だ、これは?

 重量が重いわけではない。

 なのに、持った瞬間にずしりとした感覚がある。

 

 質量ではなく、何か別のものが込められているような、不思議な重さだ。

 確かめるように、刀の外側を確認した。

 

 鞘も持ち手も、見事に仕上がっている。

 すぐに使える完成度だ。

 ゆっくりと刀を引き抜き、刀身を目の高さに持ち上げて眺めた。

 

 ……名刀オキザネとは、明らかに別物だ。

 父オキザネの刀が青みを帯びた刃であるのに対し、オコタの刀は薄く赤みがある。

 だが、良く出来ている。

 

「……オコタ、見事な出来だな」

 

「ありがとうございます……! つきましては、その刀をレヴォス殿に献上したく思っております!」


「何? 俺にか?」

 

「はい! 刀を取り戻せたのも、このグリンベルに居場所をいただけたのも、全てレヴォス殿のおかげでございます。感謝の気持ちを込めて打ちました。どうか、受け取っていただけないでしょうか?!」


 オコタが真剣な目で俺を見つめてくる。

 これを断ることは、この刀に込めた思いごと突き返すことになるだろう。

 

 俺はしばらく、その刀を見つめた。

 刀身に走る刃紋は、まだ荒削りな部分もある。

 だが、刃先の一点に向かって力が凝縮されているような、不思議な鋭さがあった。


 父オキザネの刀が静かな恐ろしさを持っていたとすれば、このオコタの刀は、まだ燃えているという印象だ。

 まだ完璧ではない。ただ、まだ途中なのだ。

 この刀を打った者と同じように。

 

 俺は刀を鞘に納め、静かに頷いた。

 

「いいだろう、受け取っておこう。オコタ、礼を言うぞ」

 

「は、はい! 拙者こそ、ありがとうございます!」

 

 オコタが深々と頭を下げた。

 その顔は照れと嬉しさで、耳まで赤くなっている。

 俺はふと、気になっていたことを口にした。

 

「一つ聞かせろ。この刀に、銘は刻んだのか?」

 

 オコタは一瞬きょとんとした後、急に視線を泳がせて、もごもごと小声で答えた。

 

「……はい。刻みました。父のように、その……大切なひ……とへの、言葉を……」


 珍しくオコタがゴニョゴニョと喋っている。

 それにオコタの顔が急に真っ赤になった。

 今までの疲れだろうか。

 

「……そうか、ならばいい。であれば、この刀はお前にしか打てない貴重な一本という事だな。お前の気持ち、確かに受け取った」

 

 オコタはしばらく驚くような表情をしていたが、それから、もう一度深く頭を下げた。

 その顔は俺にはよく見えなかったが、何やら微笑んでいるようにも見えた。

 

 

 ――――――


 

 それからというもの、鍛冶場はオコタの居場所になった。


 朝になるとオコタは鍛冶場へ向かい、昼過ぎには火の音と金属を叩く音がグリンベルに響いている。

 住人たちも最初こそ物珍しそうに眺めていたが、すぐに日常の音として受け入れていた。

 

 問題が起きたのは、しばらくしてからだ。

 ゴブリンやコボルト、それにタヌキ族の子供たちが、鍛冶場に押しかけるようになったのだ。

 

「こらー! 近寄ったら危ないのでございます! 火があるから、もっと離れて欲しいのでございます!」

 

「でも見たい! 火がすごい! かっこいい!」

 

「きれいだから近くで見るー!」

 

「ダメでございます! やけどしてしまいます! もっと後ろに下がるのでございます!」

 

 オコタが必死に子供たちを追い払おうとしているが、子供たちはまったく聞く気がない。


 俺が通りかかった時も、オコタは四方八方から引っ張られながら大声で叫んでいた。

 だが、その顔は困り果てているようでいて、どこか楽しげに笑っていた。

 

 やがてオコタは諦めたように呟いた。


「まったく! じゃあ、少しだけでございますよ! 拙者の言うことをちゃんと聞くと約束するなら、特別に見せてあげます!」


 そう宣言した途端に、子供たちは歓声を上げて行儀よく整列し始めた。

 オコタがやれやれと首を振りながら、火の扱い方を教え始める。

 子供たちは目を輝かせながら、オコタの鮮やかな手捌きを食い入るように見つめていた。

 

 鍛冶を教わることへの興奮なのか、それともオコタに懐いているだけなのか。

 おそらく、その両方なのだろう。

 

 その様子を眺めながら、俺はふと思った。

 

 あの子供たちに鍛冶を教えるオコタの姿は、かつてオキザネがオコタに鍛冶を教えていた日々と、きっとどこか重なるものがあるのだろう。

 オキザネという男の遺した意志が、こうしてグリンベルの地に根を張り、次代へと受け継がれていく。

 それは、どこか不思議で、悪くない感覚だった。


 すると、鍛冶場の壁に飾られた何かが、一瞬だけキラリと輝いた気がした。

 目を向けると、そこには父オキザネの刀が大切に飾られている。


「……ふん、まさかな」

 

 父の刀が、愛娘の新たな門出を優しく見守っている――そんな感傷的な妄想が頭をよぎったが、俺はすぐにそれを鼻で笑って打ち消した。


 だが、そんな奇跡がもしあるとするならば、それはそれで面白そうだ。

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