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第89話 公開裁判


 

 後日。

 俺は執事のフォルテ、そして怪我の癒えたオコタを連れ、ウスドフの屋敷へと馬車を走らせた。

 

 揺れる車内、オコタは緊張で顔をこわばらせ、膝の上で拳をぎゅっと握りしめている。

 普段のやかましいお喋りは影を潜め、じっと前だけを見据えていた。

 そして、オコタの震える指先が見える。

 

 ……相当な覚悟だな。

 あの刀に、こいつの人生のすべてが懸かっているのが伝わってくるようだ。


 屋敷に到着すると、ウスドフはいつものように顔をテカらせ、揉み手をしながら現れた。

 だが、俺の後ろに控えるオコタの姿を認めた瞬間、その表情が凍りつく。


「これはレヴォス様! いらっしゃいませ……! って、その娘は!?」


 ウスドフの目が泳ぎ、額から汗が噴き出している。

 無理もない。

 こいつはオコタの父から名刀を奪った張本人なのだ。

 盗品を『自家の新作』と偽っている手前、持ち主を俺が連れてきたのは想定外だったのだろう。

 

「ウスドフ。今日はこの娘のことで話があってな。まずは中へ通せ」


 有無を言わせぬ口調で告げ、俺たちは客間へと移動した。


「それで、レヴォス様。いったい、どのようなご用件で……?」


「まず、以前話した騎士団への武具納入の件だ。あれを前向きに進めようと思ってな」


「おおお! ほ、本当ですか!?」


 ウスドフは歓喜に震え、ちぎれんばかりの勢いで高速の揉み手を始めた。


 ……欲に目が眩んだ下衆め。

 そんな話、最初から通すつもりなど微塵もないというのに。

 

 俺は内心で冷笑しながらも、わざとらしく重いため息をついてみせた。

 

「だがウスドフ、一つ困ったことがあってな。たまたま道端で出会ったこの娘が、お前の刀は盗品であり、自分の父が打ったものだと言い張っているのだ」


「うぐっ!? そ、そんな……そんなはずはありません!」


「そうか、やはり嘘か。俺もそう思いたい。だが、こうした疑惑を放置したままでは騎士団へは繋げん。出所が疑わしい品を軍に卸すわけにはいかないからな」


 俺が突き放すように言うと、ウスドフはさらに狼狽し、顔を真っ赤にして叫んだ。


「あ、あれは間違いなく我がウスドフ家が心血を注いで作ったものでして……!」


「嘘をおっしゃるな! あれは正真正銘、拙者の父が打った刀でございます!」


 オコタが弾かれたように立ち上がり、怒りで肩を震わせる。

 だが、ウスドフは脂汗を撒き散らしながら怒鳴り返した。

 

「こ、この小娘! 無礼だぞ! あれは我が家が作ったものだ! 証拠はあるのか! 証拠は!」


 ウスドフの言っている事は、もっともだ。

 証拠が無ければ、ただの言いがかりになる。

 

 俺は二人のやり取りを眺め、静かに口を開いた。

 

「確かに、ウスドフの言う通りだ。だが、証拠さえあれば白黒つくというもの。俺が、その真偽を確かめる場を用意しよう」


「え……審議、ですか?」


 ウスドフが焦った顔をしている。


「案ずるな、ウスドフ。お前の潔白を証明してやる。これはお前の刀の素晴らしさを世に知らしめる絶好の機会だ。安心しろ」


 俺はウスドフに向け、優雅に微笑んでみせた。

 

 ウスドフはその笑みを『味方の援護』だと勘違いしたらしい。

 やがて「さすがレヴォス様!」と満面の笑みを浮かべた。


 

 ――――――



 王都の広場には、大勢の民衆が集まり異様な熱気に包まれていた。


「あの、レヴォス様……これはいったい……?」


「ああ。今回のために用意した『舞台』だ」


 ウスドフが不安げに周囲を見回すが、もう遅い。

 

 俺が用意したのは、公衆の面前で行う公開裁判だ。

 だが、正式なものではない。

 ただ街の広場で公衆の前で審議を問い、潔白を晴らすというもの。


 フォルテとアンズが事前に触れ回っていたおかげで、広場には思いのほか多くの民衆が集まっていて、黒山の人だかりだ。

 

 舞台の左右には、ウスドフとオコタがそれぞれ着席している。

 俺はその間で、この裁判の進行を行なう役目だ。


「これより、名刀の所有権についての審議を行う。ウスドフ家が打ったという主張と、この娘の父が作ったという主張。この公衆の前で、真実を明らかにしよう」

 

 俺が宣言すると、広場に大きな地鳴りのようなどよめきが起きた。

 ウスドフは自信ありげに胸を張り、対するオコタは緊張に押し潰されそうな表情で、唇をきつく結んでいる。


 そして――運命の審議が幕を開けた。


 まずオコタが語り始めた。

 父オキザネのこと、刀が盗まれたこと、裏切り者の商人を追って王都へ来たこと。

 オコタの声は震えていたが、一言一言に血を吐くような必死さがこもっていた。

 

 だがウスドフは鼻で笑い、無慈悲な言葉を投げつけ続ける。


「その証拠はあるのか! 証拠がないなら、それはただの空想、卑しい言いがかりだ!」


 ウスドフの言葉に、民衆がざわつき始める。

 

 オコタには証拠がない。目撃者もいない。

 どれほど真実を叫ぼうと、言葉だけでは証明にならない。


 ウスドフはそれを分かった上で、繰り返し同じ言葉を叩きつけていた。

 

 オコタの顔が、絶望に染まっていく。

 震える唇を噛み締め、必死に言葉を探すが、何も出てこない。

 

 勝ちを確信したウスドフが立ち上がり、大げさな身振りで民衆を煽った。

 

「皆さん! お聞きください! この卑しい小娘は、我がウスドフ家の一族の宝を盗もうと企んでいるのです! でたらめを並べて名誉ある貴族を貶めようとする、この恥知らずな行い! 許されるべきでしょうか!?」

 

 群衆から、オコタを非難する声が上がり始めた。

 

 オコタへの冷たい視線が、広場に広がっていく。

 オコタは俯き、拳を固く握りしめていた。


 くくく……ここまでのお膳立てを、自ら進んでやるとはな。

 

 俺は内心でほくそ笑みながら、静かにオコタへ問いかけた。


「オコタよ、何か言いたいことはあるか?」

 

 オコタは、ゆっくりと顔を上げた。

 涙をこらえた目で、まっすぐにウスドフを見据えて言い放つ。


「あれは父の大切な刀でございます! それならば、ウスドフ殿……あなたが作ったという証拠こそ、どこにあるのでございますか!?」


 広場がしんと静まり返った。

 俺はゆっくりとウスドフに歩み寄り、静かな声で言った。


「ふむ。お前の言う事はもっともだ。どれ、ウスドフ、お前が作ったという証拠を見せてやれ」

 

「え……しょ、証拠、ですか?」


 ウスドフの目が、泳いだ。


「刀というものは、柄の中に鍛冶師が己の名や言葉を刻む。それを『銘切(めいき)り』と言うのだ。一族の宝と言うからには、当然刻んでいるはずだな?」


「え、いや、その……何か刻んだような、刻まなかったような……」

 

「ほう。一族の宝なのに、忘れたのか。だが、まあいい」


 俺はオコタの方へと向き直る。


「ではオコタよ、お前の父が何を刻んだか、覚えているか?」

 

「もちろんでございます! 父は鍛冶師としての誇りを込めて刻んでおりました。忘れるはずがございません!」


 力強いオコタの言葉に、俺は頷く。

 

「ならば、こうしよう。『二人の言った内容が同じであれば、現状の所持者であるウスドフのものとする』。双方、不服はないな?」


 俺の言葉にウスドフは「あわわわ……」と慌てているが、オコタはこくりと頷いた。

 そして、俺はオコタに告げた。


「オコタよ、俺にだけ聞こえるように、内容を(ささや)け。お前が先に言い、その後でウスドフが答える。それであれば、不正の余地はあるまい」

 

 オコタが俺の耳元に顔を寄せ、小さな声で言った。

 俺は黙ってそれを聞き届け、ウスドフへと向き直る。

 

「では、ウスドフ。お前が刻んだ内容を言え。刻んでいないというなら、それもまた証拠となる」

 

「え、えーと……何だったかなぁ~……」

 

 ウスドフが俺の顔をチラチラと盗み見てくる。

 助けを求めているのだ。

 

 俺は『助け舟』を出すように、何気ない風を装って言った。

 

「……普通は、製作した日付などを刻むものだがな」


「あ! そう、それです! 日付です! ただ、細かい数字まではど忘れしてしまいまして……!」

 

「ほう、日付か。ウスドフ、お前は『日付を刻んだ』と言うのだな。間違いないか?」

 

「は、はい! 間違いございません!」

 

 ウスドフが自信を取り戻したように声を張り上げる。

 俺は頷き、オコタを指した。


「では、オコタよ。お前は何を刻んだと言ったかな」

 

「……それは、名前でございます」

 

 広場が大きくざわめいた。

 俺は畳み掛ける。


「オコタよ、名前が刻まれているということで間違いないな?」

 

「はい。父オキザネが打ったこの刀には、名前が刻まれております」

 

「なるほど。それは随分と特徴的だ。似たものは、そうあるまい」

 

「ま、待ってください!」

 

 ウスドフが慌てながら叫んだ。

 

「どうした、ウスドフ。何かあったか?」

 

「い、いえ、その……私も確か『オキザネ』と刻んだような気がしてきました!」

 

「ふむ。日付ではなく『オキザネ』と刻んだと言うのだな。一度だけの訂正を許そう。だが、もう次は無いぞ」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 ウスドフが安堵の表情を見せ、オコタを勝ち誇ったように見下ろした。

 民衆が騒然とする中、俺は静かに最終確認を行う。


「ではウスドフ、もう一度聞く。お前は自分の手で『オキザネ』と刻んだ。間違いないな?」

 

「間違いございません!」


 ウスドフが堂々と言い放った。

 俺はゆっくりと、オコタへ視線を移す。


「そしてオコタよ。お前も名前だと言ったな」


「はい。父オキザネは名前を刻みました。しかし……」


「しかし? なんだ、続きを言え」


 オコタは立ち上がり、喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。


「……しかし、それは父自身の名『オキザネ』ではございません! この刀には、拙者の名前が刻まれております。そこには……『我が娘、オコタのために』と!」

 

 広場が、爆発したような騒ぎになった。

 ウスドフの顔から、一気に血の気が引いていくのが分かる。

 

「あ、あの! それは、その……!」

 

 言い訳を始めようとするウスドフを無視し、俺はあらかじめ緩めておいた刀の柄の紐を一気に解いた。

 

 そのまま柄を引き抜き、露出した断面を高く掲げて民衆に見せつける。


「今、俺がこの目で確認した。ここには確かに『我が娘、オコタのために』と刻まれている。……よって、この刀の真の持ち主はオコタであると認めよう!」

 

 広場に割れんばかりの歓声と、ウスドフへの怒号が響き渡った。

 

「なっ……な……バカなっ……!」

 

 ウスドフが膝から崩れ落ち、絶句している。

 俺は静かに続けた。

 

「ウスドフ、お前は自分が打ったと言い切ったな。だが、刻まれていたのは娘への愛の言葉だ。お前が作ったのなら、なぜそんな銘が入っている? ……嘘を吐いたのか、それとも最初から盗品だと知っていたのか?」


「い、いや、それは……!」

 

「まあいい。あそこを見ろ」


 俺が指差した先。

 

 広場の隅に、縄で縛り上げられたヒゲ面の男が転がされていた。

 目元には大きな傷跡。オコタの父から刀を盗み出した、あの商人だ。

 

 フォルテに命じて捕らえさせ、既に裏の事情はすべて吐かせてある。

 

「お、お前……! い、いや、私はあんな男など知りません!」

 

「往生際が悪いぞ。俺が屋敷を訪れた際、お前がそいつと話しているのを、この目で見ているのだ。……連れて行け」

 

 控えていた騎士たちが一斉に踏み込み、ウスドフを取り押さえる。


 「待ってください! 私は何も!」と醜く喚き散らすウスドフが引きずられていくのを、民衆は冷ややかな蔑みの目で見送っていた。

 

 俺はウスドフが連行される様子を見届けてから、オコタへと歩み寄った。

 オコタは取り戻した刀を両手で愛おしそうに抱きしめ、その場に立ち尽くしていた。

 

 泣くまいと唇を強く噛み締めていたオコタだったが、目からは熱い涙がひと筋、ふた筋とこぼれ落ちていく。

 やがて耐えきれなくなったのか、オコタは刀に顔を埋めて激しく嗚咽し始めた。


「オコタ、勝手に柄を外して悪かったな」

 

「う、うぐっ……い、いえ……! すぐに直せますから……! それより、父上が……父上の刀が戻ってきたのが、嬉しくて……!」


 声を震わせ、嗚咽を堪えようと必死に言葉を絞り出すオコタ。


「本当に……本当に、ありがとうございました、レヴォス殿……っ!」

 

 オコタがそう言いながら、刀をさらにきつく抱きしめた。

 その顔はぐちゃぐちゃの泣き笑いで、俺に向けられた瞳には、深い感謝の光が宿っていた。

 

 俺は何も言わず、ただ静かに、オコタの想いを受け止めるように頷いた。





 いつもお読みいただき、ありがとうございます!


 気がついたら30万文字を超えてました。(本だと3冊分?くらいみたいです)

 書き続けられるのは、読んで頂いている皆さんのおかげです!

 ありがとうございます!

 

 今後『悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略』を更新しつつも、新作を書いていく予定です。

 

 あと、もしよければブクマやコメントを気軽に頂けたら嬉しいです!

 (気に入って頂けたら★★★★★をして頂けると幸いです!)

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