表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/185

第88話 ここが……



 ウスドフの屋敷を訪れてから、その後。

 

 忍者オコタの怪我は聖女セレスの治療のおかげで、順調に回復している。

 だがオコタは最初の方こそ大人しくベッドで寝ていたが、直ぐにじっとしていられない性格が顔を出し始めた。

 

 今では包帯を巻いたまま、グリンベルの街を珍しそうにうろうろと歩き回っている。

 そのたびに、セレスが困ったような顔で声をかけていた。

 

「オコタちゃん。まだ安静にしていた方がいいですよ。傷口が開いたら大変だから、無理は禁物です!」

 

「拙者はもう大丈夫でございます! これしきの傷、寝ていればかえって体が鈍ってしまうのでございます!」

 

 オコタはそう強がってはいるが、歩くたびに無意識に傷跡をかばい、少し顔をしかめている。

 

 ……忍者のくせに隠し事が下手な奴だな。

 俺は、呆れたようにため息をつくセレスを横目に、鼻で笑いその場を通り過ぎた。

 

 さらに、その後のこと。

 俺が領内の様子を見て回っていると、田んぼの畦道(あぜみち)で足を止めているオコタを見かけた。

 オコタは泥だらけの地面にしゃがみ込み、水田をじっと見つめている。

 背後から近づいても深い考え事に沈んでいるのか、俺が来たことに全く気づく様子がない。

 

「オコタ、こんな所で何をしているのだ」

 

「あ、レヴォス殿……っ!」

 

 声をかけると、オコタは弾かれたように飛び上がり、慌てて姿勢を正した。

 

「いえ、その……拙者の故郷の里にも、こうした田んぼがあったのでございます。父と一緒に、よく水を引きに行っておりましたから……この景色を見ていたら、つい思い出してしまいまして」

 

 オコタは少し照れくさそうに頬をかきながら、へらりと笑った。

 見ると吹き抜ける風が、青々とした稲穂を波のように揺らしている。

 

 オコタの話す思い出は、常に父親がいた。

 それほど、オコタにとって大切な人物なのだろう。

 

 オコタの隣に並び、黙って同じ景色を眺める。

 俺たちはしばらく言葉を交わさずに風の音を聞いていた。

 

「……グリンベルは、良いところでございますね。人も、景色も、食べ物も……全部が、その、温かい感じがいたします」


「そうか。ならば、好きなだけここにいればいい」

 

「……はい。ありがとうございます、レヴォス殿」

 

 オコタの素直な返事を聞き届け、俺は(きびす)を返した。

 

 このグリンベルにはゴブリンやコボルト、それに色々な種類の獣人たちも暮らしている。

 最初は見慣れない種族の多さに戸惑っていたオコタだったが、裏表のない性格が良かったのか、驚くほど早いスピードで住人たちと打ち解けていった。


 今では、タヌキ族やキツネ族の子供たちがオコタの忍者装束を珍しがって引っ張り回し、オコタが困った顔で右往左往するのが日課にさえなっていた。

 

「こら、そこを引っ張ってはいけないのでございます! 大事な装束が伸びてしまいます!」

 

「これカッコいい! おれも着たいぞー!」

 

「ずるい! わたしも、ぜったいに着せて!」

 

「こ、こらこら! 二人同時に引っ張らないでくださいませ! 拙者の装束が悲鳴をあげてるでございます!」

 

 子供たちは全力の抗議などどこ吹く風で、キャッキャと笑いながらオコタの周りを跳ね回る。

 オコタも最初は本気で慌てていたが、やがて諦めたのか、しまいには子供たちと一緒になって駆け回るようになっていた。


 その様子を遠くから眺めていたアンズが、「あの娘、意外と子供の扱いが上手いね」と感心したように呟いていたが、俺は特に興味がないフリをして聞き流した。

 

 また、オコタは誰に頼まれたわけでもなく、住人たちの農具の手入れを手伝うようになっていた。

 オコタは作業場へ顔を出しては、泥にまみれた鍬や鎌を預かり、驚くほど丁寧に研ぎ澄まして返している。

 

 ……なるほど、刀鍛冶の娘というわけか。それに道具の大切さを誰よりも分かっているらしい。

 

 オコタが真剣な表情で砥石に向かっている。

 最初は遠慮がちだった住人たちも、オコタの確かな腕前と真っ直ぐな誠実さに触れるうち、次々と道具を持ち寄るようになっていった。

 

「こうやって、砥石を優しく、丁寧に当てていくのでございます。力を入れすぎると刃を痛めてしまいますから、ゆっくりと角度を意識して。そうでございます、上手でございますよ!」

 

「やっタ! ピカピカになったゾ!」

 

「ふふ、これは将来が楽しみでございますね」

 

 ゴブリンの子供が嬉しそうに研ぎたての鎌を掲げて走り去るのを、オコタは大切に思うような目で見送っていた。

 

 その穏やかな光景を眺めながら、俺は確信する。

 ……人を信じやすく不器用なこいつの性格は、殺伐とした戦場よりも、こうした平和な街の中でこそ本領を発揮するのだな。

 

 忍者としての腕はあるだろうが、オコタの持つ性格の良さが、この街の空気をより柔らかいものに変えているのを感じる。

 

 そんな、ある夕暮れ時のこと。

 俺が自分の部屋に戻ろうと歩いていると、セレスとオコタの話し声が聞こえてきた。

 

「オコタちゃん、最近すっかりグリンベルに馴染んだね。最初に来た時とは、顔つきが全然違うよ」

 

「はい……皆さんが本当に良くしてくださるので、居心地が良すぎて困るほどでございます。セレス殿も、拙者を助けてくださった時からずっと親切にしてくださって……拙者、本当に感謝しております」

 

「私は当たり前のことをしただけだよ。オコタちゃんこそ、子供たちの相手や道具の手入れをしてくれて、グリンベルのみんなが喜んでるよ」

 

「いえ、拙者が勝手にやっていることでございますから……でも、こうして誰かに喜んでもらえるのは、正直、とても嬉しいのでございます。山の里では父と二人きりの時が多くて、こんなに大勢の人に囲まれて過ごすのは、初めての経験でございました」

 

 ……初めての経験、か。

 やはりオコタにとっては新鮮なのだろう。

 

「怪我が治ったら、どうするつもりなの? やっぱり、またすぐに旅に出ちゃう?」

 

「……拙者は、父の刀を取り戻したら、また一人で旅を続けるつもりでした。でも今は、正直なところ……もう少し、ここにいたいという気持ちがあって……そんなことを思ってしまうのは、やはり図々しいのでございましょうか」

 

「全然図々しくなんてないよ! オコタちゃんがいてくれるなら、私も、グリンベルのみんなも絶対に嬉しいよ。……私だって、もっと一緒にいたいって思ってるもん」

 

「……ありがとうございます、セレス殿。……本当に、良いところでございますね、グリンベルは。拙者、ここが大好きでございます」

 

 漏れ聞こえてくるオコタの言葉には、迷いのない純粋な気持ちがこもっていた。

 

 ……ふん、勝手にしろ。

 好きなだけ長居すればいいだけだ。

 

 俺は顔を出すような野暮な真似はせず、そのまま通り過ぎた。



 

 翌朝、フォルテが静かに俺の元へと訪れた。

 

「レヴォス様。例の商人の件ですが、指示の通りに完了いたしました」

 

「そうか。分かった」

 

 俺は椅子から立ち上がり、外へと視線を投げた。

 畦道ではオコタがまた同じ場所で立ち止まり、稲穂を眩しそうに眺めている。

 また、父親の事を想っているのだろうか。


 ……お膳立ては整った。あとは、舞台の幕を上げるだけだ。

 

「待っていろ、ウスドフ。お前のその薄汚い野心、俺が叩き潰してやろう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ