第87話 名刀
翌日、俺は執事フォルテを伴い、貴族ウスドフの屋敷へと馬車を走らせた。
揺れる車内で、俺は昨夜オコタから聞いた話を思い出し整理する。
……強欲な貴族ウスドフ。
名刀『オキザネ』を手に入れ、それを模倣した刀の量産ビジネスを目論んでいるわけか。
現在、この帝国内に『刀』を製造する技術は存在しない。
俺の知識によれば、刀は遠方の国で使われる特殊な武器であり、この地では馴染みのない代物だ。
その希少性に目をつけ、独占的に販売し富を得ようというのがウスドフの腹積もりだろう。
だが、そのためにオコタの父の遺品を、研究のためバラバラに解体しようとしている。
……反吐が出る。
他人の大切な物を盗み、想いを踏みにじってまで金を得ようとは、下衆の極みだ。
やがて馬車が止まり、窓を覗くとウスドフの屋敷が見えた。
「ふむ。それなりに金をかけているな」
門構えこそ立派だが、どこか成金特有の嫌らしさが鼻につく。
名門貴族の屋敷が持つ、歴史に裏打ちされた重厚さが微塵も感じられない。
俺たちが馬車を降りると、門番が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ど、どちら様でございますか……?」
「ムーングレイ家のレヴォス様にございます。主人に取次を」
フォルテが告げると、ムーングレイの名を聞いた門番の顔色が、瞬時に変わった。
そのまま屋敷の奥へと消えていったかと思うと、しばらくして小太りの男が転がるようにして現れた。
「こ、これはこれはムーングレイ家のレヴォス様! このウスドフ、まさかこのような形でお目にかかれるとは……! さあ、どうぞ中へ!」
ウスドフは額に脂汗を浮かべ、揉み手をしながら俺たちを招き入れる。
……実に分かりやすい男だ。
公爵家の威を借りただけで、ここまで露骨に媚びへつらうとはな。
通された客間には、趣味の悪いほど武具が飾られていた。
剣、槍、盾。どれもが過剰に磨き上げられ、並べられている。
「ほう。これはお前の趣味か?」
「はい! 我が家は代々、鍛冶を生業としておりまして! 武具の製造と販売こそが、我が家の誇り! 最近は特に、新種の剣の開発に心血を注いでおりまして……!」
ウスドフは鼻の穴を膨らませながら、飾られた武具を誇らしげに説明し始めた。
「そうか。ところで、噂を聞いてやってきたのだが」
「噂、でございますか?」
「お前の家には、珍しい片刃の剣があると聞いた。いわゆる『刀』と呼ばれている代物だ。俺はそれに興味がある」
俺がそう切り出した瞬間、ウスドフの表情にわずかな動揺が走った。
ほんの一瞬だったが、隠しきれなかったその動揺を、俺は見逃さなかった。
「そ、その情報は……いったいどちらで……?」
「なに、風の噂だ。あるのか、ないのか。それだけ答えろ」
俺は尊大な態度を崩さず、椅子に深く腰掛けてウスドフを見下ろす。
ウスドフは数秒の間、泳ぐように視線をさまよわせた後、引き攣った笑みを浮かべた。
「ご、ございますとも! 我が家が長年の研究の末に、ようやく完成させた最高の一振りでして……!」
「ほう。ならば今すぐ見せてもらおうか」
しばらくして、ウスドフが奥から両手で捧げるように持ってきたのは、布に包まれた長い物体だった。
布を剥ぎ取ると、洗練された鞘が現れる。
ウスドフがゆっくりと鞘から引き抜くと、刀身が鋭く輝いた。
……なんだ、この迫力は?
鋭い光だ。刀が輝いているわけではないのに、その刃はまるで光を圧縮したような鋭さを静かに発している。
素人の目から見ても、これが尋常ならざる逸品であることは明白だった。
これが名刀『オキザネ』か。
ゲーム内では既に失われていた武器。その実物を、今俺は目の当たりにしている。
だが、これがオコタの探している刀であると、今すぐ断定できない。
俺はただ無言で、しばらくその刃を眺め続けた。
「……見事なものだな」
「あ、ありがとうございます! これこそ我がウスドフ家の技術の結晶……最高傑作でございます! レヴォス様にお褒めいただけるとは、至上の光栄です……!」
「そうだな。これだけの名品、相当な価値がある。……決して傷つけぬよう、大切に扱えよ」
俺が釘を刺すように告げると、ウスドフの顔に一瞬、苦虫を噛み潰したような色が浮かんだ。
……やはり、そういうことか。
分解して構造を調べる算段をしていたのだろう。
「も、もちろんでございます。大切に、いたします……とも……」
ウスドフの返答が、心なしか弱々しい。
さて、ここでもう一段階、楔を打ち込んでおくとしよう。
「我がムーングレイ家の騎士団も、こうした質の高い武具には関心がある。お前の仕事ぶりに次第では、大口の取引になるかもしれんな」
その言葉を聞いた瞬間、ウスドフの目が、金貨でも見つけたかのようにギラリと輝いた。
「そ、それは本当でございますか!?」
「ああ。だが条件がある。この『刀』という名品が、判断の基準だ。騎士団に納めるものとなれば、品質には一切の妥協を許さん。……もしこの名刀に何かあれば、取引の話は即刻白紙にさせてもらう」
「わ、分かりました! この刀は絶対に傷一つつけず、大切にいたします!」
ウスドフは必死に何度も頷く。
騎士団への納品という餌と、品質への厳しい制約。
この二つを突きつければ、私欲に目が眩んでいる今のウスドフは、名刀を解体しようなどという愚行には走れないだろう。
俺はそれ以上は何も言わず、用は済んだと客間を後にした。
帰り際、廊下を歩きながら俺はさりげなく使用人たちの顔を観察していく。
……いたな。あいつか。
使用人の中に、一人だけウスドフに不自然なほど媚びを売る、卑屈な目つきの男が混じっていた。
ヒゲを生やし、痩せ型。そして、目元には大きな傷跡。
オコタから聞いていた、消えた商人の特徴と完全に一致する。
俺はそれを顔に出さず、そのまま屋敷を後にした。
馬車に乗り込み、グリンベルへの帰路についたところで、俺はフォルテに声を落として告げた。
「……先ほどの屋敷に、オコタの言っていた例の商人が紛れ込んでいたな」
「……はい。私もこの目で確認いたしました」
「目を光らせておけ」
「承知いたしました」
フォルテが短く、しかし冷徹な返事を返した。
――――――
グリンベルへ戻ると、オコタが待ちきれない様子で駆け寄ってきた。
安静にしていろと釘を刺しておいたはずなのだが、落ち着きのないやつだ。
「お帰りなさいませ、レヴォス殿! ……それで、刀はどうでございましたか!?」
「落ち着け。この目で確かめてきた」
「本当でございますか!?」
オコタが、すがるような期待を込めて目を輝かせる。
「細長く、片刃。独特の鞘に収まっていた。刃をひと目見ただけで、ただの武器ではないと確信できる一振りだ。細かな装飾については――」
俺がオコタに刀の外見を説明していくと、オコタの肩が次第に激しく震えだした。
「……間違いございません! それでございます! 父の刀です……!」
オコタは確信に満ちた声でそう言い切ると、今にも飛び出さんばかりに腰を浮かせた。
「す、すぐに取り戻しに行かなくては……!」
「オコタよ、焦るな。今すぐ動く必要はない。あの刀はしばらく、あの屋敷で安全だ」
「しかし……!」
「焦るな、オコタ。今すぐ動けば、お前はまたあの屋敷から追い出される。それだけではない。二度と近づけなくなるかもしれん。急いで全てを台無しにするよりも、確実に取り戻す方法を取れ」
オコタは悔しそうに唇を噛んでいたが、やがて力なく肩を落とした。
「……確かに、その通りでございますね。レヴォス殿の深いお考え、身に染み入ります」
納得した様子のオコタに頷き、俺はその場を立ち去ろうとした。
その時、オコタが震えるような、静かな声で問いかけてきた。
「あの、レヴォス殿……? なぜ見ず知らずの拙者のために、そこまでしてくださるのでございますか?」
オコタの言葉に、俺は足を止めた。
振り向くことはせず、ただ短く、当たり前の事実を告げる。
「……お前にとって、命より大事な物なのだろう?」
俺はそれ以上何も答えず、戸惑うオコタを残したまま、その場を後にした。




