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第86話 倒れていた忍者



 俺がグリンベルの街の様子を眺めていた時だ。

 背後からドタドタと騒がしい数人の足音が近づいてきた。


「レヴォスさマー! 大変ダー!」

 

 息を切らして駆け寄ってきたのは、ゴブリンとコボルトたちだった。


「そんなに慌ててどうした。少しは落ち着け」


 俺はそう言ったが、ゴブリンたちは必死な様子で指を差した。

 

「それが森の向こうデ、人間が倒れていテ!」

 

「何だと? すぐにそこへ案内しろ」


 ゴブリンたちに案内された先はグリンベルの外れ。

 そこには一人の少女が、ピクリとも動かず力なく地面に突っ伏していた。


 ……死んではいないようだが、随分と手ひどくやられている。

 少女は気を失っているようだ。

 腕と脇腹には鋭利な刃物で切り裂かれたような傷がある。

 傷口の色からして、傷を負ってからそれほど時間は経っていない。


 だが何より目を引いたのは、少女のその奇妙な格好だ。

 

 忍者の装束。

 それに反して、派手で鮮やかな桃色の髪。


 俺は少女の横に、しゃがみ込んだ。

 髪に隠れていた少女の顔を覗き込み、確信を得た。

 

 ……間違いない。

 『エル戦』に登場する仲間キャラ、『忍者のオコタ』だ。


 ゲーム知識通りの姿だが、今のオコタに画面越しに見せていた余裕はない。

 呼吸は浅く、ひどく苦しそうだ。

 顔色は白く、外傷だけでなく精神的な疲労が重なっているのが一目で見て取れた。


「レヴォスさマ。どうしますカ?」

 

 不安そうに首を傾げるコボルトの問いに、俺は迷わず答える。

 

「グリンベルへ連れて帰る。治療が必要だ」

 

 俺は忍者のオコタを慎重に抱き上げ、グリンベルへと急ぎ戻った。


 

 ――――――――

 


 連れ帰ったオコタを寝かせると、すぐに聖女セレスを呼び、手当てを任せた。

 

「深い傷ではないですが、だいぶ無理をしたようですね。ちゃんと休めば、すぐによくなると思います」

 

 セレスがそう言いながら、手際よく包帯を巻いていく。

 

 そして数刻後。

 眠っていたオコタの(まぶた)が、かすかに震える。

 

 オコタが目が開いた瞬間、オコタの身体がバネのように跳ね起きた。

 俺はベッドのそばで腕を組み、騒々しい動きを見せるオコタを冷静に見ていた。

 

「わっ……! ここは、どこでございますか!? 拙者は……!?」


 周囲をキョロキョロと見回し、俺と目が合った瞬間に鋭い殺気を向けてきた。


「安心しろ、ここは安全だ。せっかく怪我の治療したのだ。治療を無駄にするな。今は大人しくしていろ」


「え……治療、でございますか……?」


 オコタは俺の言葉を咀嚼(そしゃく)するように、数回ほど(まばた)きを繰り返した。

 

「ここはグリンベルという場所だ。お前が森で倒れていたので、連れてきた」

 

「グリンベル……? あ、拙者、怪我してて……」

 

 オコタが恐る恐る自分の身体を確認する。

 脇腹に巻かれた白い包帯に気づくと、その険しい表情が少しだけ和らいでいた。

 

「これは……あなたが、拙者を治療してくれたのでございますか?」

 

「あそこにいるセレスがな。礼ならあいつに言え」

 

 俺は背後で治療道具の片づけをしていたセレスを指さす。

 セレスは俺たちのやり取りを見て、優しく微笑みながらペコリとお辞儀をした。

 

「ありがとうございます、セレス殿! 見ず知らずの拙者に、かたじけのうございます!」

 

 オコタはベッドの上で、勢いよく頭を下げた。

 あまりの勢いに、せっかくの包帯がズレはしないかとこちらがヒヤヒヤするほどだ。

 

「どういたしまして。でも、まだ無理は禁物ですよ」

 

 セレスが、にこりと微笑む。

 和やかな空気が流れた、その時だった。


 グゥ~~~~~……

 

 部屋の中に、実に間抜けな音が響き渡る。

 オコタが顔を真っ赤にして、自分の腹を両手で押さえた。

 

「も、申し訳ございません……! ここ数日、まともに食事を摂っておらず……!」


「……ひとまず食事にするか。歩けるか? ついて来い」


 俺は苦笑を噛み殺し、オコタに背を向けて歩き出した。

 

 

 ――――――――

 

 

 それにしても、オコタはよく食べる。

 

 グリンベルの食卓に並んだ料理を、オコタが目を丸くしながら次々と口に運んでいく。

 

「これは……! 美味しゅうございますね! この肉の味付けは何でございますか!?」

 

「グリンベルで獲れたお肉だよ。香草と一緒にじっくり煮込んだの」

 

「なんと……! 拙者の故郷でも似たような料理がありましたが、全く別物でございます!」

 

 セレスが嬉しそうに説明するたびに、オコタが目を輝かせて次の一口を運ぶ。

 スープを飲んでは「これも美味しゅうございます!」と感動に震え、パンを千切っては「ふわふわでございますね!」と叫ぶ。

 見ているこちらが腹いっぱいになりそうな食いっぷりだ。

 

 三人前は平らげたところで、ようやく満足したのか、オコタが「ふぅ~……」と長い息を吐いて落ち着きを取り戻す。

 

「ご馳走様でございました。こんなに美味しいものを食べたのは、久しぶりでございます!」

 

「それは良かったな。空腹が満たされたなら、次は話を聞かせてもらおうか。お前が怪我をして倒れていた理由をな」

 

 俺が本題を切り出すと、オコタの表情がふっと曇る。

 だがオコタは、俺の目をまっすぐに見つめ返して口を開いた。

 

「はい。拙者、義父の遺品である『カタナ』を探しておりまして……」

 

「カタナ……? それは、片刃の武器の刀の事か?」


 『エル戦』の世界にも、一部のキャラが使う武器として刀は存在する。

 だが現時点の帝国では一般的ではなく、市場に出回るような代物ではない。

 

「はい。拙者を育ててくれた恩人であり、忍者であり、そして刀鍛冶師でもあった男……オキザネの遺作でございます。父が打った刀は、それはもう見事なものでございまして」

 

 オキザネ……ゲーム本編には出てこなかった名前だ。

 

「ふむ。そのオキザネというのは、どんな人物だったんだ?」

 

 俺が興味を示すと、オコタは遠い日の思い出を慈しむように優しく目を細めた。

 

「とても不器用な人でございました。口数が少なくて、笑うのも下手で。でも、拙者が病気になると夜通し看病してくれましたし、拙者が泣けば何も言わずに隣に座っていてくれました。刀を打つ時だけは、まるで魂を削るような、恐ろしいほど真剣な目をしておりましたが……」

 

 オコタが膝の上で拳を握り、失われた温もりを惜しむような表情を見せる。

 

「その父が亡くなった直後、形見の刀が屋敷から忽然と消えてしまったのでございます」

 

「消えた? なぜ無くなったのか、分からなかったのか?」


「はい……情けない話ですが。しかし、父と付き合いのあった商人が、その日を境に里へ来なくなったのです。その商人なら何かを知っているかと思い、王都まで来たのでございます」

 

 消えた日に逃げ出した商人、か。随分と分かりやすい。

 自分が犯人だと言っているようなものだな。

 

「それで、その商人の行方は掴めたのか?」

 

「はい。その商人の行方を追ったところ、王都のウスドフという貴族の屋敷に出入りしているのを見かけたのです。商人に会って問い詰めましたが、知らぬ存ぜぬの一点張り……ですが、その顔は明らかに焦っていました。さらに調べると、そのウスドフという貴族が『珍しい片刃の剣を手に入れたので量産する』という噂があり……拙者は、それが父の刀に違いないと確信し、ウスドフ邸を訪ねたのです」


「ほう。貴族の屋敷に真正面から乗り込んだのか」


 随分と行動力があるものだ。

 しかし、無計画すぎる。

 

「はい。最初は拙者の背負っていた刀を見て、歓迎されました。奥から出してきた『自慢の剣』を、少しばかり見せてもらいましたが、あれは父の刀だと思います……だから、返してほしいと訴えたのです。するとウスドフの態度が豹変し、これは自分が発明した刀だと言い張るではありませんか!」


 オコタの拳が、膝の上で強く握りしめられていた。

 怒りで肩が小刻みに震えている。

 

「拙者がオキザネの娘だと名乗ると、力ずくで追い出されました。屋敷を出た直後、追っ手に襲われ……出された紅茶に薬が入っていたのか、身体が思うように動かず。なんとか逃げ延びましたが、気づいた時には、ここに……」

 

「お前は忍者だろう。こっそり忍び込んで、盗み返せば済む話ではなかったのか?」

 

 効率的な解決策を提示した俺に、オコタは毅然とした態度で首を横に振った。

 

「いえ。拙者は、卑怯な真似はしたくないのでございます。盗み返せば、父の刀が『盗品』という汚名を着せられてしまいます。拙者は、堂々と誇りを持って取り戻したいのです!」

 

 ……忍者のくせに不器用なやつだ。

 だが、その頑固なまでの正直さがオコタというキャラの魅力でもあったな。

 

「……あの刀は、拙者にとって亡き父そのもの。命よりも大事な宝物なのでございます!」

 

 オコタは、燃えるような瞳で俺を見た。

 その瞳の強い意志に、俺は内心で感心しつつ席を立つ。

 

「そうか。お前の覚悟は分かった」

 

 俺はオコタを安心させるように、落ち着いた声で告げた。

 

「なら、俺がそのウスドフとかいう貴族に会って、刀の現物を確認してきてやろう。俺は公爵家でな。それなりの権限はある」

 

「コーシャクケ……? それは、いったい何でございますか?」

 

 オコタが首を傾げ、きょとんとした顔で俺を見上げてくる。

 

 公爵の意味すら知らんのか……

 まあ、世俗から離れた里育ちなら無理もないか。

 

「いや、何でもない。お前は治療に専念していろ。いいか、絶対に勝手に動くんじゃないぞ」

 

 俺はそれだけ言い残し、その場を後にした。

 廊下へ出ると、控えていた執事フォルテが、音もなく俺の斜め後ろに従う。

 

「フォルテ。明日、ウスドフという男の屋敷へ向かう。準備をしておけ」

 

「承知いたしました。直ちに手配いたします、レヴォス様」

 

 フォルテがそう言い、静かに一礼した。

 

 

 『エル戦』のゲーム中では、オコタの父の遺品である刀はすでに失われている。

 

 何せ、貴族ウスドフが刀の研究のためにオキザネの刀を分解してしまったのだ。

 それからウスドフは自分たちなりの刀を作り上げ、帝国内で販売が開始されることになる。

 

 そしてオコタは永遠に、この世に存在しない父の遺品の刀を探し続けることになってしまった。

 

 オコタの最後までは設定に書かれていなかったが……オコタの性格上、おそらく死ぬまで探していただろう。

 存在しない、父の遺品を。

 

 オコタは死ぬときに、どう思っていただろうか。

 

 だが、今ならまだ間に合う。

 俺というイレギュラーが、その筋書きを叩き潰してやる。

 

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