第84話 それでええんか
学園に登校するのは、久しぶりだ。
別に気が向いたわけではない。
ボレルにあれほど切実な顔で頼まれては、さすがに無視し続けるわけにもいかなかった。それだけのことだ。
まあ、何回か顔を出しておけば問題はないだろう。
学園というのは、つまるところ情報と人脈が集まる場所だ。
俺にとっては、それ以上でも以下でもない。
「レヴォス様ぁ! 久しぶりの登校ですね!」
隣を歩くエルマが、朝から全力で騒がしい。
声が大きい。元気が有り余っている。
こんな朝から、よくそれだけのエネルギーがあるものだ。
『主人公』エルマ。
ゲーム本来の主人公だが、外国への逃亡癖を封じるために手元に置いている。
座学に関しては目を見張るほどの吸収力を発揮するが、剣の腕前は相変わらず壊滅的だ。
エルマは同じ寮の部屋に泊まっているため、俺の登校する際に必ず同行してくる。
「……うるさい。朝から声を張り上げるな」
「だって、レヴォス様が来るの久しぶりじゃないですか! どうですか? 懐かしい感じがしませんか?」
「感じない」
そう言っても、エルマはニコニコと笑いながらついてくる。
そんなに一人で通学しているのが嫌だったのか。
「やぁ、おはよう! レヴォスくん」
涼やかな声が、俺に向けられた。
アイリスだ。
アイリス・リンクショット。
魔法省を管轄するリンクショット家の令嬢。
今は俺とアイリスの間には、ひとまずの盟約がある。
アイリスの姉エステラを救ってからというもの、アイリスはグリンベルと学園寮を交互に行き来するようになった。
まるで王子様のよう優雅な佇まいで、整った顔に涼しげな微笑みを浮かべている。
「アイリスも来ていたか」
「当然だよ! ボクはちゃんと登校しているからね!」
俺の様に出席日数が足りていないわけでは無さそうだ。
「おー! レヴォスくん、久しぶりやなー! 元気やった?」
今度は別の方向から、やたら明るい声が飛んできた。
キリノ・ブレイバースト。
帝国の経済を牛耳る商業団、ブレイバースト家の嫡男。
この男は会うたびに思うのだが、なぜ公爵家の子息がこれほど気さくなのか。もう少し威厳というものを学ぶべきだ。
「キリノ。相変わらず声がでかいな、お前は」
「え、そう? 普通やと思うけどなぁ。いやしかし、ほんまに久しぶりやで! レヴォスくん、生きてたん?」
「死んでた方が良かったか?」
「いやいや! だって、学園来ぃひんから心配するやろ? ボレル先生がため息ついててん、毎回」
キリノがけらけらと笑う。
アイリスが「ふふ」と、品よく笑みを添えた。
エルマは「今日は来てくれて良かったです!」と便乗してくる。
三人が三人とも、それぞれ個性が強い。
何せ、主人公とラスボス候補の揃い踏みだ。
だが不思議と、この三人でいると妙に騒がしくも穏やかな空気が生まれる。
エルマの底抜けの明るさと、アイリスの余裕の風格と、キリノの屈託のない笑い。
全員、俺に対して遠慮というものがない。
それになぜか、懐かしさを感じる。この懐かしい、というのは妙な感覚だ。
学園での日常が積み重なっていたせいなのだろうか。どちらにせよ、悪い気分ではない。
「そういえばレヴォスくん、今日の午後の授業、出るん?」
「ああ。そのために登校したんだ。当たり前だろうが」
「お、そうなんかー。あの貴族教養の授業、めっちゃ苦手でなぁ」
キリノが頭の後ろで両手を組みながら言う。
「キリノ。貴族教養が苦手で、どうやって公爵家を継ぐつもりなんだ?」
「そこは……実力でなんとかするわ!」
「実力と教養は別物だろうが」
「う……そう言われるとツラいわー!」
キリノが情けない顔をした。
まあ、自覚があるだけマシというものか。
そんなやり取りをしているうちに、教室へ到着した。
午前の魔法学の授業は、問題なかった。
教師が黒板に書く内容は、俺にとっては既知のものばかりだ。
ゲームで得た知識と、実戦で得た経験が合わさっている俺にとって、この授業で学べることは何もない。
それでも黙って座って聞いていたのは、問題を起こしてボレルをこれ以上困らせるつもりがなかったからだ。
問題は――午後だった。
午後の貴族教養の授業。
教師が一枚の告知を読み上げたその瞬間から、教室の空気が変わった。
そして、その授業の帰り。
「はあ~、まったく面倒な行事ですな~」
キリノが大げさなため息をついた。
「しかし、こんな行事があるなんてね。しかし、どうしようかな。パートナーは生徒同士では組めないんだよね?」
アイリスが細い顎に手を当てながら、考え込むような顔をしている。
「わ、私、知り合いなんていないから、どうしよ~!?」
エルマが両手で頭を抱えた。
告知された行事の名は、『仮面舞踏会』。
帝国中央学園において、年に一度開催される貴族社会の行事らしい。
貴族として社交界に出ることを前提に、ダンスの技量、立ち振る舞い、装い、会話における品格。
そういった、貴族としての全てを総合的に審査される行事だという。
『仮面舞踏会』にはパートナーを伴い、仮面を着けて参加する。
審査員は学園の教師と、招かれた外部の貴族たちだ。
そして、その成績は順位として発表される。
俺はその告知を黙って聞きながら、内容を整理していた。
本来であれば、こんな行事はパスだ。出たくも無い。
出たところで俺に直接的な利益がある行事とは言えない。
だが、ひとつだけ引っかかるものがあった。
1位を取った者に与えられる『特典』だ。
その中に、大幅な授業免除というものがある。
……欲しい。
非常に欲しい。
授業に出る時間があれば、その分グリンベルの領地経営に充てられる。
情報収集にも動ける。フォルテやヒロンへの指示も出せる。
学園に縛られている時間は、俺にとって純粋な損失。
そして、『仮面舞踏会』に参加するとなれば俺にもパートナーが必要だ。
パートナーの条件は、年齢が自分と近いこと。
婚約者である必要はないが、ダンスを踊ることを前提としているため、近い年齢が望ましいとのことだ。
パートナーの素性は問わないらしい。ゆえに、貴族でなくてもいい。
さらに同性でも構わないという。
なんとも奇妙な条件だが、仮面を着けているため外見で判断できないからだろうか。
必要な要素は、ダンス。
社交としての立ち振る舞い。
装い。落ち着き。歩き方。品格。
貴族としての全てが必要とされる。
俺は目を瞑り、頭の中で候補を整理した。
メイドのコレットは、貴族の習わしを知らない。ダンスも未経験だ。
賢者クロエは、貴族としての知識は持っているだろう。だが、運動が苦手だ。1位は難しい。
妹のルナリアは、貴族としての礼儀作法をまだ習い始めたばかりだ。
精霊のルナルナとズリュールは言うまでもない。もし出したら大変なことになる。
アイリスの姉、エステラは今は表に出すわけにはいかない。
紅蓮拳のエリザは……貴族ではあるが、あの粗暴な性格では1位を目指すには話にならないだろう。
アンズも聖女セレスも、貴族ではない。
しばらく考えて、俺は静かにため息を吐いた。
……いない。
俺の周囲には、これほどの人間が集まっているというのに、いざという時に適役がいない。
だが、もう一度、丁寧に考え直す。
冷静に考えろ。何か打開策があるはずだ。
……条件を改めて整理しよう。
貴族としての立ち振る舞い。
ダンスの技量。
品格と落ち着き。
そして、年齢が近いこと。
年齢。年齢か……
……ん?
いる。
いるぞ、おそろしく適役が。
考えうる限り、最高のパートナーが……!
貴族としての立ち振る舞いも、仕草も、ダンスも、全て出来て当然の者が一人だけいる。
何せ、元王族なのだ。
それは……我が母、アリア。
呪具の反動によって、今は俺よりも年下に見える外見となっている。
王族として培われた経験は、そのまま残っているはずだ。
仮面を着ける上に、見た目の年齢が下がっているため素性が分かる者はいない。
そもそもパートナーの素性は、問わない。
年齢が近ければいい。見た目は、どう見ても近い。
「……くくく、圧倒的じゃないか」
俺の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
1位は俺のものだ。




