第81話 耳打ち
あの後、英雄パルコをアンズが尾行し、パルコの拠点を発見したと報告を受けた。
その情報を元に、俺は王都の薄暗い路地裏へと足を踏み入れる。
潜入したのは、英雄パルコが拠点にしているというボロボロの小屋だ。
……英雄様がこんなゴミ溜めのような場所を根城にしているとはな。
笑わせてくれる。
俺は音もなく屋根裏へと忍び込み、板の隙間から階下の様子を見下ろした。
そして、そこには広場で暴れていたゴロツキ共が、パルコと一緒になって酒を酌み交わしていた。
「いや~、パルコのアニキ。さすがの演技でしたね!」
「あたぼうよ。馬鹿な民衆の支持を受けるなんざ、チョロいもんよ!」
「しかし、ボロ儲けですぜ。これなら盗賊稼業をやってた時より、よっぽど羽振りがいい!」
盗賊。
やはりこいつらは、カタギの人間ですらない。
英雄の仮面を被っただけの、ただのハイエナだ。
「ああ。あいつらは恐怖を与えてから救いの手を差し伸べりゃ、泣いて喜びながら金を出す。俺の『英雄団』にな! それにあいつらの怯えたツラ、見たか? 傑作だったな!」
「ぎゃははは! 思い出すだけで笑いが止まりませんぜ。しかし、アニキも人が悪い。痛ぶるのを見るの、好きですもんねぇ」
「おいおい。あれは必要な演出だ。俺の英雄譚には、犠牲は必要なスパイスだからな! ぎゃははは!」
下卑た笑い声が、小屋の中に響き渡る。
自分たちの欲望のために、無関係な人々を傷つけ、恐怖に陥れることを娯楽のように語る。
「しっかしよぉ、良い女は見つからねえなぁ。良い女を見つけたら、すぐに『英雄団』に入れてよぉ。ひひひ!」
「アニキ! 俺たちにもぜひ!」
……下衆が。
単なる仕置きでは生ぬるいな。
――――――
その数日後。
俺は再び、パルコが獲物を狙いに現れるであろう広場の喫茶店で張っていた。
今日のテラス席には、以前同様にルナリア、クロエ、エルマ。
そして、今日はメイドのコレットの姿もある。
寮に戻った時、ケーキを食べた事をルナリアたちが話しているのを、うらやましそうに聞いていたが目に入ったからだ。
そんなわけで、四人は今、テーブルに並んだ色とりどりのケーキに夢中になっていた。
「や、やめてくれぇ~!」
狙い通り、広場に絶叫が響き渡った。
「おうおう、てめえ! どこ向いて歩いてやがる! 俺の服が汚れただろうが!」
あの時、パルコの小屋で見たゴロツキが、怯える男性の胸ぐらを掴んで揺さぶっている。
俺は手にしたティーカップをそっとソーサーに戻すと、静かに席を立った。
「ふむ。……潮時だな」
俺は騒動の渦中へと歩み寄り、冷ややかな声をゴロツキに投げかける。
「おい、貴様。公共の場で犬のように吠えるな。耳障りだ」
「ああ? なんだ、クソガキ。消えろ!」
「ほう。威勢だけはいいな。だが、気に入らん。消えるのは……お前の方だ」
俺が言い放つと、男は逆上して俺の前に立ちはだかった。
「なんだと? クソガキ、死にてえらしいな!」
殺気走った男の手が、俺の胸倉を掴もうと伸びてくる。
だが、その指先が俺の襟に触れるよりも早く――
ドゴォ!
俺の拳が男の腹部に深々と沈み込む。
男は「ぶふぉっ!」と空気を吐き出し、砲弾のように背後の壁まで吹き飛んでいった。
「……大丈夫か?」
俺は呆然としている男性に、声をかけた。
「え、あ、ああ。大丈夫だ。……きみ、強いんだね……」
男が腰を抜かしている、まさにその時。
「大丈夫かい!? 今、私が助け……って、あ、あれ?」
背後から、聞き覚えのある芝居がかった声がした。
パルコだ。
颯爽と登場するはずが、すでに事態が収束している光景を目の当たりにし、その顔が滑稽に固まっている。
「おや、英雄パルコじゃないか」
俺が皮肉を込めて声をかけると、パルコはバツが悪そうに肩をすくめた。
「え、ああ。私を知っているのか! そう、私こそが弱きを助けるパルコだ!」
その言葉を無視し、俺はただ冷淡な視線をパルコへと向けた。
パルコは気まずさを誤魔化そうと、周囲を見渡している。
だが、パルコは俺の後ろに控えていた四人を見つけると、顔を輝かせた。
「おやおやおや! これはこれは、素晴らしい美少女の方々だ!」
パルコの目が、卑俗な輝きを帯びる。
奴は真っ先にルナリアの前へと歩み寄った。
「お嬢さん。私はパルコと申します。仮面越しでも伝わるその美貌……ぜひ、私のような英雄と食事にでも行きませんか?」
下衆な手つきでルナリアの手に触れようとするパルコ。
俺の妹のルナリアは、俺の保護下にいるのだ。
勝手な事をされては困る。
「おい、パルコとやら。この娘は俺のものだ。気安く触るな」
ルナリアの身体を掴んで抱きしめ、俺の背後に置く。
「レ、レヴォス様……! ……はいっ、私はレヴォス様のものですからっ!」
背後でルナリアが震える声で答える。
ちらりと見れば、ルナリアの顔は耳の先まで真っ赤に染まっていた。
少し強く掴みすぎたのだろうか。
パルコは鼻先で門前払いを食らい、次にメイドのコレットに目を向けた。
「これはこれは、可憐なメイドさんだ。どうかな? 君のような美しい人は、私の英雄団にこそ相応しい。私のメイドにならないか?」
「このメイドは俺のものだ。断る。指一つ触れさせるつもりはない」
コレットは俺が幼少の頃より居る、俺専属のメイドだ。
いなくなっては困る。
俺はコレットの肩を引き寄せ、ルナリアの隣に配置する。
コレットは驚きに目を丸くし、ポッと頬を赤らめて俺の背中にしがみついた。
「は、はい! レ、レヴォス様ぁ……!」
コレットを強く掴み過ぎたのだろうか。
コレットの顔が、真っ赤だ。
パルコはコレットを諦めると、次に賢者クロエを見た。
「これは随分と知的な魔女さんだ。私はあなたの魅力という魔法に囚われてしまったようです。ぜひ、私と二人きりで……」
「触るな。この者は俺のものだ。研究し合っているのだからな」
クロエは俺の身体に宿る魔法を研究している。
研究も終えず、いなくなったら困る。
俺はクロエの腰に手を回し、俺の背後に追いやる。
「うひぃ! レヴォスさまぁ……!」
強く掴み過ぎたのだろうか。
クロエまで変な声を上げて顔を赤くしているが、今はそれどころではない。
パルコは諦めると、次に『主人公』エルマを見た。
「その素朴な顔立ち、純粋な雰囲気が素晴らしい。どうかな? この私と食事でも」
エルマは……
いや、こいつは主人公だ。
俺とはいずれ敵対する運命にある存在。
外国への逃げ癖を封じるために囲っているだけだから、別に助ける義理は無い。
……放置でいいだろう。
「………………」
俺が何も言わないと、エルマが信じられないものを見るような目で俺を見つめてきた。
「あの……レヴォス様? なんで、なんで私には何も言ってくれないんですか!?」
エルマが俺の襟首を掴んで、激しく前後にゆすり始めた。
「ねえ! ほら、自分のものだって言ってくださいよ! 何でなにも言ってくれないんですかぁぁ!?」
肩を掴まれガタガタと揺さぶられ、脳が揺れる。
……実に面倒くさい。
「……分かった。分かったから離せ、エルマ」
「あっ! やっと分かってくれたんですね!」
期待に目を輝かせるエルマ。
俺はそのまま近くの屋台へと向かい、売っていた揚げたてのドーナツを一つ購入した。
「ほれ。これをやるから、そのうるさい口を閉じていろ」
「んなーっ! そういう意味じゃないんですー! 食べ物で釣られないんだから! ……もぐっ、美味しいっ!」
騒がしいやり取りを見ていたパルコが、困惑気味に問いかけてきた。
「あの……その……『レヴォス様』と呼ばれているようですが、貴方はもしや貴族の方なのですか?」
「そうですよ! こちらにいらっしゃるのは、公爵家の嫡男。レヴォス・ムーングレイ様です!」
ドーナツを頬張りながら、エルマが誇らしげに俺を紹介する。
「こ、公爵家……!?」
パルコの顔が驚愕に引き攣る。
だが、奴は即座に表情を取り繕うと、仰々しく襟を正した。
「これは失礼した、ムーングレイ卿。高貴な身分の方とお見受けしました。貴方のような力ある方こそ、我が『英雄団』に相応しい。ぜひ、共に活動しましょう!」
パルコが俺に英雄団への加入を持ちかけてくる。
だが、俺はすぐに即答した。
「断る。俺は英雄ごっこなぞに、興味はない」
パルコの言葉に、すぐに一刀両断の言葉を浴びせかける。
そして、俺はパルコの懐へ一歩踏み込んだ。
周囲に悟られないよう、奴の耳元で密やかに、しかし逃げ場を与えずに小さな声でパルコに囁いた。
「……それよりも、お前が民衆の前で配下のゴロツキを嗾け、自分で救う。ずいぶんと手の込んだ『自作自演』だな。盗賊上がりの割には、よく勉強しているじゃないか」
俺の言葉にパルコの顔から、さっと血の気が引いていった。




