第80話 茶番
王都に現われた『英雄パルコ』。
その存在を暴くべく、俺は今、王都の広場前に店を構える喫茶店のテラス席にいた。
手にしたティーカップから立ち上る紅茶の香りを楽しみつつ、パルコが現れるのを静かに待つ。
だが、そのひとときを過ごそうとする俺の横には、静寂をぶち壊す不届きな同行者が数名いた。
「レヴォス様ぁ。私、あのフルーツケーキ食べてもいいですか?」
『エル戦』の主人公エルマ。
主人公のくせに、遠慮のかけらもない顔で図々しく聞いてくる。
こいつ、誰の金でここに座っていると思っているんだ。
「あ、私も食べたいです! えーっと、チョコケーキも美味しそうです!」
便乗するように声を弾ませたのは、俺の妹ルナリアだ。
目をキラキラさせてメニューを覗き込む姿は、ラスボス候補という存在が嘘のように幼い。
「レヴォス様、ここのおすすめは苺のショートケーキのようですよ。研究の合間の糖分補給には最適かと」
賢者クロエまでもが、当然のように注文の列に加わっていた。
そして、俺の背後には、微動だにせず影のように佇む執事フォルテがいる。
……まったく、どいつもこいつも。
俺は遊びに来ているわけじゃないんだがな。
内心で溜息を吐きながら、アンズとネクタが報告してきた調査結果を思い出す。
パルコはここ数日の間に王都に現れた冒険者だ。
俺たちがゲルドスの街で腐敗した権力を叩き潰していた最中に現れたため、察する事が出来なかった事が分かった。
ならば俺が直接、確認するまでだ。
だが俺が気になっているのは、パルコ本人ではない。
パルコが行なっている活動において、誰かが『襲われている』という点だ。
俺は広場を見下ろし、獲物を待つ。
今までパルコが現れていた場所は周期性がある。
一度、現れた場所には連続して現れない。
そして人が多い場所、どこかしら見栄えの良い広場に来るのだ。
その時。
「きゃあぁぁっ!」
静寂を切り裂く悲鳴が響いた。
声のした方へ視線を向けると、広場の中心で数人の男たちが一人の女性を囲んでいる。
「おい、待ちやがれ! 逃げるんじゃねえ!」
下卑た笑いを浮かべた男が、女性を乱暴に突き飛ばした。
女性はその衝撃で吹き飛ばされ、近くの露店の棚が派手に崩れ落ちる。
真っ赤なリンゴや果実が石畳の上に散らばり、泥にまみれていく。
「や、やめてください……!」
怯える女性の腕を、男たちがこれ見よがしに荒々しく掴み上げる。
周囲にはあっという間に観衆が集まったが、男たちのいかにもなチンピラ風貌に気圧され、誰も助けに入ろうとはしない。
……ふん、始まったか。
しかし、吐き気がするほど予定調和な展開だな。
俺は冷めた目で、その光景を眺めていた。
すると……
「待ちたまえ!」
広場に朗々とした声が通る。
観衆の視線が一箇所に集まる。
そこには、光を背負うようにして立つ男――パルコがいた。
「なんだぁ? てめえは!」
「その女性を放せ! 男たちが寄ってたかって、恥ずかしいと思わないのか! この私が相手になろう!」
「はぁ? てめぇ、俺たちに喧嘩売ってんのか! 後悔させてやるぜ!」
……なんだこれは?
なんの芝居なんだ。三流過ぎるだろ。
その後は、見るに堪えない演劇だった。
パルコが華麗な動き(のつもり)で悪漢たちを軽くあしらい、男たちは「覚えてろよ!」というテンプレの台詞を吐いて逃げ出していく。
女性を優しく助け起こしたパルコは、待ってましたと言わんばかりに両手を大きく広げた。
「皆さん! 悪を許してはなりません! ぜひ『パルコ英雄団』に参加し、私とともに平和を守りませんか! あなた方の力が必要なのです!」
「お、俺……入ります! パルコ様についていきます!」
「私も! なんて素敵な方なの!」
前に聞いたのと同じ台詞、そして同じポーズ。
アンズの調べた通りだ。
パルコは弱者を意図的に危険な目に遭わせ、それを救う『演技』をすることで、無知な大衆から名声と支持を効率よく稼いでいる。
熱狂に包まれるパルコが姿を消した後、俺は席を立ち、騒動の現場へと歩み寄った。
俺が今日来たのは、この後の展開を確認するためだ。
崩された屋台の前では、泥まみれになった果物を一人の老婆がせっせと拾い集めていた。
この果物屋の屋台の主人だ。
「大丈夫か。……拾うのを手伝おう」
俺は腰を落とし、転がった果実を手に取る。
「あ、ああ……わざわざすまないねぇ。優しいお坊ちゃんだ……」
老婆は無理ににっこりと笑ってみせたが、その瞳には深い落胆の色が滲んでいた。
拾い上げた果物は、突き飛ばされた時の衝撃と、野次馬たちに踏まれたせいで無残に傷ついている。
これでは、売り物にはならない。
パルコは自分が救世主として現れて問題を解決し、万々歳だと思っているのだろう。
だがその裏で、一人の老婆が今日一日の稼ぎを失っているというのに、それは見向きもしていない。
「フォルテ、この店の品をすべて買い取れ。一つ残らずだ」
「はっ、承知いたしました」
「えっ、えええ!? こんなに痛んだもの、申し訳なくて売れないよ!」
老婆が慌てて手を振るが、俺はそれを冷然と制した。
「これは、いい出来だ。随分と手をかけて育てられたのが、素人の俺が見ても分かる。……なぁ、フォルテよ」
「はい。手塩にかけて育てられたことが伝わってきます。これほど見事な果実、ぜひとも我が主の食卓に並べたいものですな」
フォルテが老婆に銀貨の袋を握らせる。
「い、いいのかい……? 本当に……ありがとう、ありがとうねぇ……」
老婆は腰が折れるほど深く頭を下げ、涙を浮かべていた。
だが、礼を言われる筋合いはない。
ふと横を見ると、ルナリアとエルマ、クロエたちが先ほど突き飛ばされた女性の元へ駆け寄り治療を行っていた。
「これでもう大丈夫です。どこか、他に痛むところはありませんか?」
「あ、ありがとうございます……あの、お騒がせしてすみませんでした」
治療を受けた女性が、申し訳なさそうに頭を下げる。
女性には、突き飛ばされた際にできたであろう痛々しい擦り傷があった。
……やはりな。思った通りだ。
パルコは『助けた』という体裁を整えるだけで、被害者の事など眼中にないのだ。
英雄パルコの『英雄譚』は、すべて自作自演。
偽りの救出劇で勝手に盛り上がるだけなら、滑稽なピエロとして放置してやってもよかった。
だが、奴の虚栄心を満たすために、現実に傷つき泣いている者がいる。
「俺が王都にいない間に、随分と勝手な事をしているようだな。……相応の代償を払って貰うとするか」
この茶番。
その幕を、俺が直々に引き摺り下ろしてやる。




