第79話 英雄団
タヌルルの村での一連の出来事を終え、俺は馬車に揺られていた。
同乗しているのは、アンズとネクタの姉弟。そして御者台には執事のフォルテ。
学園の寮へ向かっていたその時、王都の広場で大きな騒ぎが起きているのが見えた。
「くそが! てめぇ、何もんだ!?」
人だかりの中から、男の怒鳴り声が聞こえてくる。
俺はわずかに眉を寄せ、窓の外に視線を投げた。
何やら不快な騒ぎが起きているようだ。
「フォルテ、馬車を止めろ」
「はっ」
馬車が止まると同時に、俺はすぐに外へ降り立った。
アンズとネクタも、面白そうに俺の後に続く。
人だかりを割って中を覗き込むと、そこにはいかにもな光景が広がっていた。
「お、覚えてやがれ!」
叫んでいたのは、大きな体躯にモヒカン、顔に傷のある男。
まるで悪党の標本のようなチンピラだ。
その男が捨て台詞を吐きながら、慌てて逃げ去っていくところだった。
「大丈夫かい? お嬢さん。もう大丈夫だからね」
そう言って女性に手を差し伸べたのは、ウェーブの掛かった金色の長髪の男だった。
長身で整った外見、清潔そうな白いシャツ。
男はパチンとウィンクしてみせ、優雅な所作で女性を助け起こす。
「は、はい! ありがとうございます」
地面に倒れ伏していた女性が、頬を赤らめて男の手を取った。
「さすが英雄パルコ様だ! あのチンピラを追い払って女性を助けるなんて!」
「パルコ様ー! かっこいいー!」
周りの観衆から、割れんばかりの歓声が上がる。
『英雄パルコ』と呼ばれた男は、その声に応えるように片手を上げ、爽やかな笑顔を振りまいていた。
……英雄パルコ。
記憶を辿るが、そんな奴の名前はどこにもない。
俺の持つ『エル戦』の知識に、そんなキャラクターは存在しないのだ。
ゲームに出ないキャラが実在すること自体は珍しくないが……英雄と呼ばれるほどの人物が、なぜゲームのシナリオに一切関わっていないんだ?
得体の知れない違和感が広がる。
「アンズ、ネクタ。あいつを知っているか?」
「いやぁ、知らないですね。初めて見ました」
「私も知らないね。あんな目立つ奴、一度見りゃ忘れないはずだけど」
アンズとネクタが首を振る。
これほど目立っていて、観衆が当たり前のように名前を呼んでいるのに、街で諜報活動をさせている二人が知らない。
そんなことが、あるはずがない。
「ほら、君の取られたバッグだ。もう取られないようにね」
パルコは女性に、取り返したらしいバッグを優しく手渡す。
「ありがとうございます! パルコ様! あの、お礼をぜひ……!」
「お礼なんていらないよ。当然の事をしたまでだからね。しかし……そうだね、もし良ければ『パルコ英雄団』に君も参加しないかい?」
「え……? 『パルコ英雄団』……?」
困惑する女性に向かって、パルコは両手を大きく広げた。
「君のような困っている人間を救うための活動さ。皆さんも、ぜひ私のようになりませんか! あなた方の力が必要なのです!」
「お、俺……入ります!」
「私も!」
わらわらと観衆がパルコの周りに集まり、熱狂的な声を上げる。
俺は目を細め、その『英雄』を眺めていた。
「アンズ。あいつを調べろ。いつから活動しているか、どんな事件を解決しているか、全部だ」
「ふふ、そう言うと思ったよ。なんか鼻につくんだよねぇ。……ちょっと探らせてもらうよ」
アンズはニヤリと笑い、ネクタは腕を組んでパルコをじっと見据えている。
人には、理由もなく感じる『直感』というものがある。
それが今までの経験によるものか、あるいは対象の不自然な所作から来るものか。
アンズとネクタも、俺と同じ不快な匂いを感じ取っているらしい。
二人は観衆に混じり、すっと影のように人混みの中へ消えていった。
俺は二人の背中を見送った後、再び馬車へと戻り、寮へと帰還した。
――――――
「お帰りなさいませ、レヴォス様」
寮に着くと、メイドのコレットが駆け寄ってきて俺を出迎えた。
「ああ、コレット。エルマを呼んでくれ」
「承知いたしました!」
しばらくすると、エルマがやってきた。
『エル戦』の本来の主人公、エルマ。
「お呼びですか? レヴォス様」
「ああ。エルマよ、『英雄パルコ』という男を知っているか?」
「あっ! はい、知ってます! ここ最近、学園でもすごく話題の人ですよ!」
やはり、学生であるエルマの耳には届いているか。
この手の噂というものは、子供や学生の間で広がるのが一番早い。
「ほう、どんな話題だ?」
「私も詳しいわけではないんですけど、いつも困っている人を救っている冒険者だって評判で。あと、すごくカッコいいとか! あ、でも、レヴォス様の足元にも及びませんけども!」
いつも、人を救っている。
『いつも』だと? その言葉に、強烈な違和感が引っかかる。
「その『いつも』とは、どういう意味だ?」
「ええと、週に二、三度は必ず何かしら話題になってるかなって思いまして」
週に二、三度。
そんな『定期的』に事件が起き、都合よくあいつが現れるというのか。
俺の顔すら把握していた諜報員のアンズたちが知らない英雄の活動。
それにパルコが行なっていた、『英雄団』とやらへの勧誘。
「くく……その『英雄』、なかなかに面白いな。興味が出てきた」
思わず、笑みがこぼれた。




