第76話 悪役貴族
採掘場の解放から一夜が明け、クローイ村はようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
解放された者たちへの食事の手配、怪我人の療養、身元の確認。
聖女セレスとルナリア、それとネクタが休む間もなく動き回っている。
そこへ、街の動向を探らせていたアンズが、急ぎ足で戻ってきた。
「ゲルドスの様子を見てきたよ。どうやら、ようやく採掘場の異変に気がついたみたいだね。屋敷から私兵どもがゾロゾロと出て行くのを確認したよ。行き先は、採掘場の方向で間違いない」
「くくく……そうか。アンズ、ご苦労だった」
思わず、口角が上がって笑みがこぼれる。
せっかくの私兵を採掘場に向かわせ、誰もいないことに気づき、ゲルドスに報告が戻るまでには時間が掛かるだろう。
そして私兵が戻る頃には、全てが終わっている。
計画通りだ。
「あの……レヴォス様? なんか、随分と嫌な顔で笑ってるね……」
「……そうか?」
はて、俺はそんな顔で笑っていたのだろうか?
――――――
フォルテが、執務机の上に書類を並べていく。
ゲルドスの隠し帳簿一式、周辺の村々から回収した証言書、そして公爵家の名を汚す紋章偽造の記録。
外道を地獄の底へ叩き落とすための材料は、もう十分すぎるほどに揃っていた。
「レヴォス様、準備は整いました」
「ああ、揃ったな。だが、やり方は至って普通の方法で対応させてもらおう」
俺は書類をひとまとめにして、革の鞄に収めた。
「よし。フォルテ、行くぞ。ムーングレイ家の紋章が入った馬車を出せ。今回は身分を隠す必要はない。堂々と乗り込むぞ」
「承知いたしました」
俺が立ち上がり執務室の扉の外にでると、俺を見つけたルナリアが駆け寄ってきた。
「レヴォス様、もしや……ついに出陣するのですか?! 私もぜひ一緒に——」
「お前はここに残れ。解放された連中には、まだ助けが必要だ。お前にしか出来ないことなのだ。……頼めるか?」
「は……はい! 分かりました! ルナリア、レヴォス様の言いつけ、しっかり守ります!」
ルナリアが頷き、深く頭を下げた。
俺はそれだけ確認してから、フォルテと共に馬車へと乗り込んだ。
向かうはゲルドスの街だ。
ゲルドスの屋敷は街の中心にあり、いかにも権力を自慢するような派手な造りだ。
石造りの高い門柱に、磨き上げられた正面扉。
だが、俺の目にはそんなものは砂遊びで作った城、一蹴りで崩れる脆い玩具にしか見えない。
「ムーングレイ公爵家嫡男、レヴォス・ムーングレイ様にございます。ゲルドス男爵に面会を求めます」
フォルテの言葉で、門番が一瞬目を見開き、慌てて奥へ走っていった。
待つまでもなく、大きな音を立てて門が開かれる。
応接間に通されると、ゲルドスは脂ぎった顔に、見え透いた愛想笑いを貼り付けて待ち構えていた。
50歳くらいの、丸く太った醜い男だ。
金に物を言わせた高価な服をまとっているが、その目は欲と保身で濁っている。
「これはこれは、ムーングレイ公爵家のご嫡男様! このような辺境の地へ、わざわざお越しいただけるとは! どうぞどうぞ、こちらの一番良い椅子にお座りください!」
ゲルドスが揉み手をしながら、上等な椅子を勧めてくる。
俺はその椅子に、不遜な態度を崩さずに座る。
「いやぁ、まさか突然のご来訪とは驚きました。あの……ところで本日はどのようなご用命でございましょうか……?」
「ああ、近くに立ち寄ったのでな。少し寄らしてもらったのだ。いささか、この地は有名だからな」
俺の言葉に、ゲルドスの目が泳いでいる。
「有名? いったい、何の事だろうか?」という顔をしている。
「ゲルドス男爵、聞けば、近隣の村々は随分と豊かになったそうだな。領民思いの素晴らしい領主だと、帝国でも評判だぞ?」
「え? は、はは……! そうなのですか!? もったいなきお言葉でございます!」
ゲルドスは冷や汗を拭きながら、安心したという笑みをこぼしている。
「5年で村の人口が3割減っても、なお豊かだというのだから、よほど優秀な統治をされているのだろう」
ゲルドスの笑みが、ほんの少しだけ固まった。
「……これは耳の痛いお話でございます。人口の減少は、不作が原因で――」
「不作にしては、消えているのが働き盛りの男ばかりなのは妙なことだな。女と子供と老人は残っている。不作というのは、人を選ばないものだと思っていたがな」
ゲルドスの額に、汗がじわりと滲み出した。
「さて、本題に入ろう」
俺は鞄から書類を取り出し、テーブルの上に広げた。
バサリという音が、静まり返った部屋に響き渡る。
「クローイ村、タネル村、ミレ村——周辺6つの村における、15年分の搾取の記録だ。貴様、実に几帳面だな。ここまで丁寧に記録していたとは、驚いたぞ」
「うっ!? な、なぜそれを……!」
「村人たちの証言も揃っている。これだけ証拠があれば、帝国の法廷で貴様を処刑台へ送るには十分すぎる」
ゲルドスの顔から、安っぽい愛想笑いが完全に消えた。
「さらに、お前の採掘場に出入りしていた馬車の紋章が三つ。ムーングレイ、ブレイバースト、リンクショット……4大公爵家の紋章を、三つも偽造して隠れ蓑にするとは、大した度胸だ」
「ち、違います! 私じゃない! 私は……私はただ、命じられただけで……!」
「ほう。では、誰に命じられた? 誰がお前にそんな知恵を貸したというのだ」
ゲルドスが急に口を噤み、狂ったように目を泳がせた。
その全身が、逃げ場を失った鼠のように小刻みに震えている。
「そ、それだけは……それだけはご勘弁を……! 言えば、私の命が……!」
「そうか。貴様にとって俺は、その程度の恐怖か」
俺は冷たい瞳で奴を見据え、書類をゆっくりと鞄に戻した。
「ならば、帝国の法で裁かれるがいい。不正搾取、強制労働、公爵家紋章の偽造。ただの逮捕で済むと思うなよ。炭鉱送りか、拷問か。どれも幸福な選択肢ではないのは確かだがな」
「ぐ……ぐぬぬ……、おのれえぇぇ!!」
ゲルドスの顔が、怒りと恐怖で真っ赤に染まった。
そして突然、ゲルドスが叫ぶ。
「こ、こうなれば、生かしては帰さんぞ! おい! お前ら、こいつを殺せ!!」
応接間の扉が勢いよく開き、武装した5人の護衛がなだれ込んできた。
後ろでフォルテが動こうとするのを感じ、俺は片手を上げて止めた。
「フォルテ、下がっていろ。お前は手を出すな」
「……承知いたしました」
俺は5人の護衛を見渡した。
「ふむ。……掛かってこい、雑魚ども」
俺の挑発に、護衛の一人が怒鳴りながら斬りかかってきた。
だが、その動きは止まっているのも同然だ。
俺は最小限の動きでかわし、男の手首を掴んで逆に捻り上げる。
男が悲鳴を上げて剣を落とすと、残りの4人が同時に襲いかかってきた。
それからは、時間をかけるほどの話でもなかった。
5人全員が床に転がるまで、俺は一歩も動いていない。
「ひ、ひいいい……! な、なんだ貴様は……! 本当に公爵家の人間か……!? こんなに強いはずがない!!」
壁際に追い詰められたゲルドスが、腰を抜かして震えていた。
「偽ってなどいない。俺はムーングレイ公爵家の嫡男、レヴォス・ムーングレイだ」
「そ、そんな……! そんな強い貴族がいるものか……!!」
脅えているガルドス。
だが、脅すのはここまでだ。
「公爵家の名を汚した罪、その命で償ってもらうぞ。それとも、後ろ盾の名前を言う気になったか?」
ゲルドスが床にへたり込み、全身を震わせた。
「わ、わかった……! わかりました! 言う、言います……! 言いますから、見逃してください……!!」
「ほう? よかろう。お前は見逃す。さっさと言え」
ゲルドスが震える声で、後ろ盾の名を吐いた。
俺はそれを最後まで黙って聞いていた。
「正直に話しました……! 約束ですよ! 見逃してもらえますよね……?!」
「ふむ、そうだな」
俺は鞄を持ち、踵を返した。
「では、俺はもう帰るとしよう」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます……!!」
ゲルドスが床に額をこすりつけ、必死に礼を叫んでいる。
俺は振り返らずに屋敷を出た。
馬車に乗り進み始めたところで、騎士団の一隊とすれ違った。
騎士団が屋敷の中へと進んでいくのを背中で聞きながら、俺は振り返ることなく無言でそのまま進んだ。
ゲルドスの私兵は、採掘場にいるのだ。ここには居ない。
騎士団も簡単に制圧できるだろう。
ゲルドスに逃げる時間は与えない。
そもそも、俺がゲルドスの屋敷に向かう随分前、帝国へ通報を済ませてあった。
公爵家が直々に通報したとなれば、役人共も保身のためにすぐに動く。
あの外道は、俺が『見逃す』と言えば、罪そのものが消えるとでも思っていたのか。
それに俺が約束を守ると思っている方が悪い。
俺はレヴォス・ムーングレイ。
俺こそが、この帝国で最も忌まれた、悪役貴族なのだから。




