第75話 採掘場
夜明け前、執務室の空気は張りつめていた。
俺は今回の作戦要員を招集し、地図を広げた机を囲ませる。
執事フォルテ、俺の妹ルナリア、聖女セレス。
それに諜報員のアンズとネクタの姉弟。
5人が俺の顔をのぞく。
「これより、採掘場を叩く。それぞれの役割を頭に叩き込んでおけ。アンズは再びゲルドスの街へ潜入しろ。奴が採掘場の異変を察知して兵を動かす前に、俺たちが全てを終わらせる。その後の奴の動向を監視しておけ」
「分かった。任せな」
アンズが不敵に笑う。俺は次にフォルテとルナリアを見た。
「フォルテ、お前は俺の傍につけ。二人で制圧する。ルナリア、お前は俺たちの後ろで補助だ。それと奴隷とされた者たちは怖がるだろうが、お前が安心させてやれ」
「はい、レヴォス様! 任せてください!」
「承知いたしました」
「セレスとネクタは、後方から続け。捕らえられた人間の状態を確認し、必要な処置を取れ。ネクタはセレスの護衛だ」
「はい、準備は万端です」
「了解です!」
俺は5人の瞳の奥に宿る、揺るぎない意志を一つ一つ確認した。
「では、これより作戦を決行する」
「「「「「 はっ! 」」」」」
――――――
採掘場に着いたのは、空が白み始めた頃だった。
もうすぐ夜明けだ。
採掘場、山の入り口に建てられた施設は、外から見れば何の変哲もない石造りの建物だ。
だが、見張りの数が明らかにおかしい。
夜明け前という時間にもかかわらず、外周に12人が配置されている。
俺は一定の距離を保っているフォルテに短く目配せした。
フォルテが静かに頷く。
――開始だ。
俺は正面の見張り二人の間合いに入る前に、地を蹴った。
見張りが声を上げる前に一人目の首筋に手刀を叩き込み、倒れる体を抱えて静かに地面へ下ろす。
二人目が異変に気づき、口を開こうとした瞬間――既にその背後にはフォルテが立っていた。
フォルテの指先が首の経絡を正確に突き、男は声を上げる間もなく、糸の切れた人形のように沈んだ。
「さすがにございます、レヴォス様。無駄のない、美しい一撃でした」
「静かにしろ。まだ外に蝿が残っている」
俺とフォルテは阿吽の呼吸で、外周の見張りを一人ずつ、闇に溶け込むように処理していく。
抵抗の暇さえ与えない完封劇。
結局、12人の雑魚を片付けるのに、10分も掛からなかった。
そして、ルナリアが採掘場の入り口にある施設へと侵入する。
施設は平屋建てで1階部分のみだが、採掘場の監視たちの詰所にしては大きすぎる。
おそらく、奴隷たちが寝泊まりしているのもこの施設だろう。
施設の屋上には、2人の見張り。
即座に動き、俺とフォルテが跳躍一閃、同時に叩き伏せた。
1階へと降りて中をのぞくと、内側の見張りが4人。
ルナリアが一人、また一人と無力化していくが見えた。
(……ルナリアちゃん、本当に強くなったな。以前の木剣の稽古から、さらに腕が上がってる。これは将来、俺でも手を焼くんじゃないか……?)
成長の速さに驚きつつ、やがて施設からルナリアが顔を出した。
「レヴォス様、全員制圧しました!」
「よくやった。ルナリア」
「はい!」
ルナリアは誇らしげに胸を張り、期待に満ちた瞳で俺を見上げて、頭を突き出してきた。
……撫でろ、という事だろうか?
試しにルナリアの頭を撫でまわしてやると、猫のような気持の良さそうな顔をしていた。
ゴロゴロゴロという声さえ聞こえてきそうだ……
「フォルテ、外を監視しておけ。残りの監視がいれば無力化しろ。残りは施設内へ入るぞ」
皆が表情を引き締め、深々と頷く。
施設の中へ入ると、そこには目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。
鉄格子の独房には、枷を嵌められた人々が、まるで荷物のように力なく倒れ伏している。
ネクタが倒れている監視から鍵を奪い、鉄格子の扉を開けた途端、中から人々が恐る恐る顔を出した。
日に焼けたはずの肌は土気色に沈み、骨が浮き出るほど痩せ細っている。
ルナリアが両手を広げ、柔らかな声をかけた。
「もう大丈夫です! 助けに来ました! みなさん、出てきてください!」
だが、誰一人として動こうとはしない。
いや、動けない、というのが正しいか。
あまりの絶望に慣れすぎていたのだろう。
だが、虚ろな瞳が俺たちを疑うように見つめる中、男が一人、震える足で最初の一歩を踏み出した。
それを合図に、堰を切ったように人々が這い出てくる。
その中で、セレスが呻き声を上げる負傷者を見つけた。
「この方、足を……少し待っていてください」
セレスが迷わず泥だらけの床に膝をつき、衣服を汚しながらも薬草と包帯を取り出す。
さささっと、手慣れた早さで治療を施していく。
男が驚いたように自分の足を見下ろして、呆然と呟いた。
「……あ、ありがとうございます」
「無理に動かさないでくださいね。もうすぐ、皆さんと一緒に安全な場所へ行けますから」
セレスが微笑みを浮かべ、男の手を握る。
囚われていた者たちを見渡せば、まだ壁際に張り付いて震えている者、セレスの治療に涙をボロボロと流す者。
その数、およそ24人。
「全員、外に用意した馬車へ乗れ。安全な場所へと移動する。そこで治療の続き、食事、休息を与えよう」
人々がざわりと顔を上げた。
信じていいのかと、その目が問うていた。
「安心しろ、貴様らは解放された。絶望はここで終わりだ。一人残らず、貴様らがいた故郷へと送り届けてやる」
誰かが、小さく息を呑んだ。
それが合図になったように、ゆっくりと動き出す。
張り詰めていた空気が緩み、人々は互いに支え合いながら歩き出した。
クローイ村に着いたのは、まだ昼にもならない頃だった。
村の入口に差し掛かった瞬間、待ち構えていた村人たちがどっと声を上げた。
俺たちはクローイ村の村人に、採掘場の解放をすることを伝えていた。
村人にとって、三年、五年、長い者では十年以上ぶりの再会だろう。
あちこちで名前を呼ぶ声が重なり、泣き声が混じり、やがて一つの大きな歓声へと変わっていく。
俺はその喧騒から少し離れたところに立って、背をもたせながら人々を眺めていた。
その時、人波の中で一際に甲高い声が上がる。
「お父さんっ……!! お父さーんっ!!」
リナだ。
小さな体で群衆を掻き分け、転びそうになりながら走ってきたリナが、セレスが治療したあの男の胸に飛び込んだ。
男は、震える腕でリナをしっかりと抱きしめた。
「リナ……! ああ、リナっ!」
「お父さん……会いたかった……っ! ずっと、ずっと……!!」
リナが声を上げて泣きじゃくる。
男もまた、リナの背中を愛おしそうになぞり、大粒の涙を流しながら肩を震わせていた。
失われた空白の時間を埋めるような、言葉にならない慟哭が二人の間に溢れていた。
俺の横では、ルナリアが袖で目元を押さえていた。
「……レヴォス様」
潤んだ瞳を向けてきたルナリアが、震える声で俺に語りかけてきた。
「なんだ」
「リナちゃんのお父さんの事……『覚えておく』と、おっしゃっていましたよね。あの……本当に、ありがとうございます」
俺は何も答えなかった。
ただ抱き合う親子を、しばらくの間、無言で見つめ続けた。
俺が気に入らないから動いた。
それだけの話だ。




