第74話 行商人の報告
朝、アンズとネクタが出発する前に、俺は二人を呼び寄せた。
俺の執務室には、アンズとネクタ。
それと、状況が分かるようにルナリアにも同席させた。
「昨夜の確認だ。ゲルドスの配下で奴のやり口に不満を持つ者を探せ。特に内側から情報を漏らすような人間だ。それと、行方不明になっている者の消息。この二つだ。だが、深入りはするなよ」
「ああ、ちゃんと分かってるよ。任せておくれ」
アンズが微笑み、力強く頷いた。
だが隣のネクタが、自分の出で立ちを見下ろしながら渋い顔をしている。
「……姉ちゃん、本当にこの格好で行くのか?」
「文句言わない! あんたのその図体で荷を担いでいれば、誰も怪しまないんだから」
「そうは言っても……頭に手ぬぐい、ふんどしって……もう少し、こう、マシな恰好でもいいんじゃないか?」
「あんたは黙ってな!」
アンズの一喝で、ネクタが借りてきた猫のように大人しくなる。
というか、アンズの方はといえば、ネクタの情けない姿を見て楽しそうにニヤニヤと笑っていた。
(ネクタくん、完全に遊ばれてるな……後で話を聞いてあげるから、頑張れネクタくん……!)
「行ってらっしゃい!」
ルナリアが二人に元気に手を振る。
ネクタが「行ってきます……」と消え入るような声で答え、アンズに引きずられるようにして部屋を出て行った。
――――――
「レヴォス様、帳簿の精査が終わりました」
昼前にフォルテが執務室に戻ってきた。
机の上に、美しく整理された集計表が並べられる。
「ご覧ください。クローイ村だけで五年分。タネル村は十二年、ミレ村は九年……凄まじい規模の収奪にございます」
フォルテが持ってきた集計表。
だが俺は並べられた集計表には目もくれず、原本の帳簿を手に取ってパラパラと捲った。
「ふむ……フォルテよ。ここと、ここの帳簿の書式……何かに見覚えはないか?」
俺の指摘に、フォルテが帳簿を手に取り、ゆっくりと視線を落とす。
その指の動きが、あるページでピタリと止まった。
「見覚え、ですか……? むっ!? レヴォス様。これは……」
「ああ」
「……ムーングレイ家の内部書類と、酷似しておりますな」
フォルテがそれだけを口にし、眉間に深い皺を寄せた。
「誰かがゲルドスに、この書き方を教えたということか」
「……その可能性は否定できません」
「今は動かん。だが、頭に入れておけ」
「承知いたしました」
フォルテが深く一礼し、音もなく退室する。
まったく、厄介だ。
だが、まだムーングレイ家が関与していると決まったわけではない。
有力な家門の書式を模倣することで、自らの足跡を消すのはよくある手段だ。
そして、そんな事を考えているとドタドタと騒がしい足音が近づいてきた。
「レヴォス様! 少しよろしいでしょうか?」
扉を勢いよく開けたのは、聖女セレスだった。
往診帰りなのだろう、手元の籠には薬草が詰まっている。
「うむ、何用だ」
「今日、村の老人から聞いたお話がありまして……三年前に連れ去られた方々の消息についてです。北の山に採掘場があり、そこへ送られたという噂があるそうなのです」
「ほう、採掘場か……」
奴隷化させ、監禁し強制労働ということか。
完全に違法だ。
「分かった。もし他にも分かった事があれば、これからもすぐに報告しろ」
「はい! ……それと、リナちゃんが今日も来ていて。お父さんのことをまた……」
セレスが言葉を選ぶように視線を落とした。
リナという少女を、ルナリアやセレスが親身になって面倒を見ているようだ。
「その子に伝えろ。必ず見つける、とな」
「……は、はい! 必ず伝えます!」
セレスが弾んだ声で答えて、部屋を出た。
必ず見つける。
俺がそう決めたからには、例外はない。
それから夕刻になるころ、アンズとネクタが戻ってきた。
二人とも無事だったが、ネクタの頭の手ぬぐいは無残に歪み、服装はボロボロに乱れている。
「ネクタ、その格好はどうした。何かに襲われたか?」
「……聞かないでください」
「街の子供たちに引っ張りだこだったのさ。人気者だったよ、あのアニキはねぇ」
アンズが愉快そうに笑う。
「では、報告せよ。まずは不満分子についてだ」
「はい。まず不満分子は、ゲルドスの配下で愚痴を漏らしてる兵士を二人見つけたよ。特に一人は、あの『情報を漏らした男』と同じ隊の出身らしい。上手くやれば、こっちに引き込める」
「使えそうか?」
「もう少し時間をもらえればね。今日は顔をつないだだけだよ」
「ああ、構わん。続けろ」
「行方不明の件は……こっちが本命だったね」
アンズの声のトーンが、わずかに落ちた。
「街の酒場で話を聞いてたら、連れ去られた人間の行き先に心当たりがある男が出てきた。街から北に採掘場があるんだって。そこに送られてるって噂が、ずっと前からあったらしい」
「ほう、採掘場か」
俺は静かに繰り返した。
セレスが老人から聞いてきた話と、一致する。
「だからネクタと場所だけ確認してきたんだ。採掘場は見張りの数がおかしい。ね、ネクタ」
「ああ。それに中の人間が、外に出てこないんだ。一人も」
ネクタが静かな声で言った。
この男が静かな時は、怒りを腹の底に押し込んでいる時だ。
「その採掘場とやらの場所はどこだ?」
「地図に印をつけておいたよ」
アンズが地図を取り出し、一点を示した。
「……それともう一つ、妙なものを見たんだ」
アンズが続けた。
「採掘場で、馬車の出入りを確認した。その馬車に紋章があったんだ。三日月を二つ、背中合わせにした紋様がね」
三日月を二つ。背中合わせ。
……我がムーングレイ家の紋章だ。
だが、それを聞いて俺は表情を動かさなかった。
「他に、気になったことはあるか?」
「採掘場に出入りしていた馬車、一台だけじゃなかった。紋章はそれぞれ違う。鷹の翼のもの、盾に剣が二本交差したもの……全部で3つ確認した」
「……紋章は3種類だけか?」
「ああ、3種類だったね。それ以外は見つからなかったよ」
「なるほど……まったく、阿保らしいものだな」
三日月を二つ、背中合わせにした紋様はムーングレイ家。
鷹の翼は、ブレイバースト家。
盾に剣が二本交差した紋章は、リンクショット家。
どれも4大公爵家のものだ。
それが辺境の採掘場に同時に集まるなど、現実的には有り得ない。
……つまり、これらの紋章は全て『偽造』だ。
本物の後ろ盾を隠すため、あえて他の三家の紋章を散らし、自分たちのものだけは表に出さなかった。
四つの公爵家のうち、一つだけ存在しない紋章。
——シークランス家。
「よくやった。アンズ、ネクタ。今日は休め」
「……随分あっさりしてるね。黒幕の目星がついたってのに」
「アンズ、分かっていて報告したのか」
「そりゃ、元諜報員だからね。それなりに事情は察したよ。……後は、レヴォス様に任せるさ」
そう言って、アンズが立ち上がった。
ネクタが「あの、俺の苦労話は……」と言いかけたが、アンズに引きずられて部屋を出た。
一人になった俺は、静かに窓の外の夜景に目を向けた。
しかし、またシークランス家か。
バルトロと、つるんでいたシークランス家。
ネーブと我が母――ルナリアとアリアを虐げていたシークランス家。
そして、俺に魔法制限の呪いをかけたシークランス家だ。
ゲルドスは、あの家に利用されているだけの駒に過ぎない。
だとすれば、この話は奴を潰して終わりではないということだ。
だが、今は優先するべきことがある。
俺は地図を広げ、採掘場の印を指先でなぞった。




