第40話 紅蓮拳のエリザ
俺は今、深い山中を突き進んでいた。
目的は、このグリンベル領の境界付近に現れたという山賊の調査だ。
せっかく復興が始まったグリンベル領を、山賊ごときに荒らされてはたまらん。
俺の庭を汚す奴は、この手で叩き潰さねば気が済まん。
険しい斜面を蹴立てて、目撃現場へと急ぐ。
現場付近に到着すると、俺は足を止め五感を研ぎ澄ませた。
意識を集中させ、周囲の揺らぎと音を探る。
木々を揺らす風の音。
遠くで聞こえる川のせせらぎ。
だが……
「……何だ、この声は?」
静寂を切り裂くように、場違いな女たちの話し声が耳に届いた。
その音の元となった場所へと向かい、俺は気配を消し木の影からその正体を覗き見る。
そこにいたのは、およそ山の中には似つかわしくない奇妙な三人組だった。
中心にいるのは、鮮やかな赤いドレスを纏った少女だ。
その金髪は、見事なまでに巻き上げられた『縦ロール』を描いている。
その傍らには、ドレスを纏った少女に傅く、二人のメイド。
幼さの残る顔立ちは瓜二つで、頭上にはピンと立った獣の耳――猫獣人族の双子だ。
この三人組……見た通りで、山賊などではない。
間違いない。
あれは原作『エル戦』の主要キャラクターの一人、エリザ・グレンだ。
そしてあの双子はリンとレン……!
だが……なぜ、こんな山の中にいるんだ?
あの三人組は、王都で名を馳せる冒険者として登場するはず。
しかも素手で戦う、いわゆる『格闘家』だ。
まだ物語が始まる前の修行時代というわけだろうか。
エリザはこんな山の中で優雅に、それこそ王宮の茶会さながらの所作で紅茶を啜っている。
わざわざ運び込ませたであろうテーブルと椅子を、地面の凹凸も気にせず並べていた。
だが、ここは俺の領地、グリンベルだ。
勝手に不法侵入し、優雅に茶をしばくなど言語道断。
俺はあえて足音を荒らげ、彼女たちの前に姿を現した。
「おい、貴様ら、こんな所で何をやっている」
「だ、だれだ!?」
「なにやつ!?」
双子のリンとレンが、弾かれたように身構える。
だが、主であるエリザだけは微動だにしない。
さすが、凄腕の冒険者エリザ。冷静だ。
彼女はゆっくりと紅茶を一口飲み、その動作に一点の乱れも見せず、ティーカップをソーサーの上へと戻した。
そして、獲物を定めるかのようなスローモーションで、俺の方へと振り返る。
冷徹な瞳が俺を射抜き、高貴な沈黙が流れた――かに思えた。
「……だ、だだだだ誰ですの!? あなた、どこから湧いて出ましたのよ!?」
……全然、冷静ではなかった。
「この付近に三人組の山賊が出没していると聞き、排除に来た。……見たところ、貴様らがその賊か?」
俺はあえて自分の身分を伏せた。
エリザの家、グレン家も貴族だ。
下手にムーングレイの名を出せば、面倒な政争になる可能性がある。
「山賊!? おーほほほ! これほど美しく、気品に溢れた山賊がどこにいて!? わたくしはエリザ・グレン。今は、この山で修行に励んでいる最中ですの!」
「修行だと? ドレスを着て茶を飲むのが修行か。貴様、ふざけているのか?」
「あら、無知な殿方ね。これは『山籠もり』という高尚な修行ですのよ。こうして山で生活し、自然のエネルギーを吸収することで、わたくしの拳はより鋭くなるのですわ!」
エリザは自信満々に胸を張って言い切った。
だが、エリザが今やっているのは、ただの野外喫茶だ。
こいつ、山籠もりの意味を根本的に履き違えてるのではないだろうか。
ただ山の中に住めば強くなると思っているのか?
「おめでたい頭だな。いいか、ただ山の中で不便な生活を送るだけでは、筋肉が衰えるのが関の山だ。そんなものは修行でも何でもない。それでは強くなれんぞ」
「……え? なんですの……? 確かに、ここ数日、お茶の味は詳しくなりましたけど、確かに拳が鈍くなった実感が……」
エリザの顔からみるみる血の気が引いていく。
彼女はガタガタと震えだし、自分の手を見つめて絶望に染まっていた。
「では……わたくしは……ただ山の中で紅茶を飲んで過ごしていただけですの!? そんな……嘘よ、嘘ですわーっ!」
「お、お嬢様! しっかり!」
「おいたわしや! あんなに頑張って茶葉を選んでいらしたのに!」
エリザは膝から崩れ落ち、地面を激しく叩いていた。
今まで何も気が付かなかったのか……?
「これでは……これでは、ゼノスとの対決に間に合いませんわ! ……いえ! わたくしは紅蓮流の正統継承者! あのような成り上がり、きっと今のままでも捻り潰せますわよね!? おーほほほ! さすが、わたくしですわー!」
「ん? ……ゼノスだとっ!?」
ゼノス。
エリザの宿敵であり、彼女の領地を策略で奪い取る下劣な男。
エリザはゼノスとの対決に敗北して全てを失い、復讐のために冒険者となるのが本来のシナリオだ。
そしてゲーム中では、エリザを仲間にするために、ともにゼノスを倒す必要がある。
そのためには、エリザが『紅蓮流の究極奥義』の習得と、戦いの中での『覚醒』が不可欠。
今のままの『山籠もり』状態では、返り討ちに遭うのは火を見るより明らかだ。
「あら、あなたゼノスを知っているんですの?」
「……いや、耳にしたことがある程度だ」
「おほほほ! その名も、わたくしの拳の下に伏す運命! 格闘家としての頂に立つのは、このエリザ・グレンですわ!」
「さすが!」
「お嬢様!」
エリザの威勢だけはいい。
しかし今からエリザが、ゼノスと戦うという事は……エリザ的には領地を奪われる『負けイベント』だ。
だが……待てよ。
いっそ、俺がエリザを覚醒させて、究極奥義を今教えたら……エリザは冒険者にならないし、主人公のエルマの仲間にもならない。
本来の『エル戦』のルートを改変させてしまえばいいのでは?
……面白い。俺がこの手で、運命を書き換えてやろうじゃないか。
「おい、エリザよ。今のままの貴様では……ゼノスに確実に負けるぞ。泥を舐め、無様に敗北して全てを失う。……だが、俺が勝たせてやると言ったら、どうする?」




