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第39話 石ころ



「……という事でございます。レヴォス様。いかがいたしましょうか?」


 フォルテの低く落ち着いた声が、静かな室内に響く。

 学園の寮に戻ったばかりの俺は、ソファに深く腰掛け、届けられた報告書に目を落としていた。


「それは本当に山賊なのか?」

 

 ドライアドの勧誘を終え、ようやく一息つけるかと思った矢先の報告だ。

 グリンベル領に近い山中で、ゴブリンたちが不審な人間を目撃したという。


 だが、その正体が山賊であると断定するには、あまりに情報が乏しい。


「確認致しましたが、それ以上の詳細は不明とのことでございます」


 三人ほどの人間が、ただ山の中を徘徊していただけだという。

 しかも、その場所はグリンベル領と隣接する領地の境界線ぎりぎり。

 俺の領地内であれば力ずくで捕縛もできるが、他領となれば無用な摩擦を生みかねない。


「そうか。一旦、俺が直接出向く」


「レヴォス様、自らですか?」


 フォルテが意外そうに眉を動かす。

 

「ああ。グリンベルに用がある。そのついでだ。馬車を用意しろ、すぐに向かう。フォルテたちはついてこなくていい。お前らはルナリアの教育に専念しろ」


 俺はグリンベルへ向かい、ドライアドが来ることを伝えておかないといかん。

 そのついでに、その山賊やらを見てみたい。


 何せ、グリンベルに近い森にいる山賊なのだ。

 普通の強さではないはず。

 その正体が何であれ、俺の庭を荒らす不確定要素は、この目で直接確かめておく必要がある。


 

 俺は馬車に乗り込み、グリンベルへと向かった。



 ―――――― 

 

「お帰りなさいませ、レヴォス様」

「お待ちしておりました!」


 グリンベルに到着すると司祭ポエテ、そして元聖女のセレスが晴れやかな笑顔で俺を出迎えた。


「ふむ、変わりはないようだな。山賊が出たと聞いたが」


「はい。とはいえ、山で人間を見かけたという程度で、実害は一切出ておりませんのでご安心ください」


「……そうか。その位置を詳しく教えよ」


 ポエテから詳細を確認する。

 彼女は元々セレスの教育係だっただけあり、説明が的確で分かりやすい。

 おっとりとした性格が、かえって情報の整理に適しているのかもしれない。

 

「よく分かった。意外と近いな。……ところで、大精霊はどこにいる?」


「ミサミサ様の場所ですか? でしたら、いつもの河原にいらっしゃるはずです」

 

 俺が次に向かったのは、迷いの森の番人であった大精霊ミサミサの元だ。

 最近、ミサミサは好んで河原に居座っているという。


 川のせせらぎに近づくと、大きな石の上に腰を下ろしている小さな背中が見えた。

 だが……その様子は明らかにおかしい。


 いつもの傲岸不遜な態度が消え失せ、膝を抱えてうつむいている。

 その背中からは、隠しきれないほどのしんみりとした雰囲気が出ており、見ているこちらの胸がざわつくほどだ。


「大精霊よ。こんなところにいたか」


「うわっ!? おお、なんじゃ。お主か、戻っておったのか」


 俺が声をかけると、ミサミサは肩を跳ねさせ、ひどく狼狽した様子で振り返った。


「ああ、お前に聞きたい事があってな」


「我にか……? いったい、なんじゃ?」


 俺は無言でミサミサの隣に腰を下ろした。

 ドライアドのズリュールについて話すつもりだったが、目の前のミサミサの憔悴ぶりを見て、先に口をついたのは別の言葉だった。

 

「大精霊……ミサミサよ。思い詰めている表情をしていたようだが、どうした?」


「ん!? 我はそんな顔をしておったか……?」


「ああ。ひどく沈んだ顔だ。隠さずに言え」


 俺が静かに促すと、ミサミサは手元の小石を川へと投げ込んだ。

 ぽちゃんと力ない音が響き、波紋が広がっていく。


「思い詰めておる、というわけではないのじゃが……最近、人間たちとどう過ごせばよいのか分からなくての。我は長年、独りで居すぎたのかもしれん。精霊と、人間や魔族は……やはり相容れぬものなのかのう」


 ミサミサの横顔には、言いようのない孤独が張り付いていた。

 寂しさを紛らわすように、ミサミサは足元の石を慈しむように拾い上げる。


「……詳しく話せ」


 俺がそう言うと、ミサミサは、さらに悲しげに瞳を揺らした。


「何かが起きた……というわけではない。逆じゃ。何も無いんじゃ……何もな」


 それからミサミサの話を聞いていると、どうやらミサミサはグリンベル領の住人、人間やゴブリンやコボルトたちとのコミュニケーションがうまくいっていないと思っているようだ。


「なぜ、そこまで孤独を感じる。何か理由があるのか?」


「そうじゃな……例えば、皆には好きなものがあるじゃろう? 我は、これが好きなんじゃ」


 ミサミサは足元の、何の変哲もない石を愛おしそうに拾い上げた。


「石、か?」


「うむ、そうじゃ……じゃが、皆は石を愛でる種族ではない。それに我は静寂を好むが、皆は騒がしい宴を好む。だから、我はいつもここへ逃げてくるんじゃ」


 ミサミサは石を見つめ、慈しむように撫でている。

 その手付きは、自分だけの小さな世界を守ろうとする必死さに溢れていた。

 

 ……なるほどな。

 ミサミサはグリンベルに住まわせてほしいと言った時に、「寂しい」と言っていた。

 精霊であっても、ミサミサという人物は寂しがり屋なのだろう。


「それにな、我は石が好きだと言ったら、皆変な目で見ている気がしてのう。なんで石なんかが好きなのかとか聞かれたが……我はうまく説明できんかったのじゃ。我は、おかしいのかのう」


 ミサミサの瞳が、孤独で曇っていく。

 このグリンベルに精霊は彼女一人。

 人間やゴブリン、コボルトたち多勢に囲まれながら、ミサミサだけが違う時を刻んでいる。

 その『疎外感』が、かつてミサミサが口にした「寂しい」という感情を再燃させているのだ。


 (これは……領主でもある、俺の責任だ。ミサミサちゃんの気持ち、痛いほど分かるよ)


「……ミサミサ。俺も、石は好きだぞ」


「ふっ……そんな、無理にあわせんでもいい。人間は誰一人、石に価値を見出す奴などおらんかった」


 自嘲気味に笑うミサミサを見て、俺は黙って足元の河原に視線を落とした。

 そして、目的の『形状』を探し出す。


 ……あった。これだ。

 俺は、手のひらに収まる円盤状の、平べったい石を拾い上げた。


「これが分かるか? ミサミサよ」


「……お? なんじゃ? その丸くて平べったい石がどうしたというのじゃ」


「ふん。見ていろ。石の価値とは、眺めるだけではない事もある」


 俺は石を指にかけ、水面に対して平行に、鋭く腕を振った。


 シュッ!という風切り音と共に放たれた石は、水面を叩くたびにポン、ポン、ポンと軽快な音を立て、幾重もの波紋を残して対岸近くまで跳ねていった。


「うおおぉぉ!? なんじゃ今のは!?」


 驚愕に目を見開くミサミサ。


「これは『水切り』という。石の形状、重さ、投げ方一つで結果が変わる。単純だが、極めれば奥の深い遊びだ。……ミサミサもやってみろ」


 俺が促すと、ミサミサは岩から飛び降り夢中で石を探し始めた。

 

「これじゃ! これなんかどうじゃ!?」


 ミサミサは最高の獲物を見つけたと言わんばかりに、平べったい石を掲げて叫んでいた。


「悪くない。……いいか、水面を撫でるように、平行に投げろ」


「むむむっ! 緊張するのうっ!」


 ミサミサは、小さな身体を精一杯ひねり、石を放り投げた。


 シュッ! ……ポンッ! ポンッ! ポンッ! ……ポチャッ!

 

「わああっ!? 難しいのう! だが……面白いぞ!」


「初めてで三回も跳ねれば大したものだ。筋がいいぞ」


「おおっ! 本当か!? 我はすごいのか!?」


 ミサミサは顔を真っ赤にして、子供のように跳ね回った。


 その後もしばらく、ミサミサは時間を忘れて石を投げ続けている。

 俺はその背後から、ミサミサが楽しげに声を上げるのを眺めていた。

 

 やがて投げ疲れ、肩で息をしながらミサミサが俺の横に戻ってきた。


「ふう。石に、こんな遊び方があったとは……」


「石は鑑賞するだけではない。遊戯にも、道具にも、そしてこうして誰かと心を通わせる『きっかけ』にもなる。価値を決めるのは、お前自身だ」


「そういうものなのか。なるほどのう」


 ミサミサは感心したように腕を組み、何度も力強く頷いた。


「それに……俺はこういう石を好む」


 俺の手のひらには、ひとつの石。


「ほう。なぜその石なのじゃ?」


「理由は無い。なんとなくだ。ひと目見て、直感的に好きなものに、理由など必要ない。俺がそれを好きだと言えば、それだけで十分だ。ミサミサも、他人の目など気にするな」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ミサミサは雷に打たれたように目を見開いた。


「……そうじゃ! そうじゃな! 理由など要らぬのじゃ! お主、よく分かっておるのう!」

 

「ふん。当たり前だ。好きなものを好きだと言って何が悪い。堂々としていろ」


「そ、そうじゃな……!」


 ミサミサの瞳が、宝石のような本来の輝きを取り戻す。

 俺はミサミサの肩に手を置き、自分の言葉に力を込めた。

 

「ミサミサ。俺はお前を……孤独にはさせない。嫌なことがあれば、いつでも俺のところへ来い。それだけは、絶対に忘れるな」


「え……う、うむ……そうか……ありがとうな、レヴォスよ……」


 ミサミサは顔を伏せ、消え入りそうな声で礼を言っていた。

 その耳まで真っ赤に染まっている。


 そして俺は本来の話題を切り出した。


「それとミサミサよ。ドライアドのズリュールという者を知っているか?」


 ミサミサは「ズリュール?」という顔をしたが、すぐにハッとした顔をした。


「おお! ズリュールか! なつかしいのう! レヴォスはズリュールを知っているのか?」


「うむ。あいつもこのグリンベルへと住む事になるかもしれん。その時は、精霊の先輩として面倒をみてやってくれ」


「構わんぞ! 我は奴が小さい時から知っているからな! ……って、あ奴が来ても大丈夫か? 奴は美男子に目が無いんじゃ! ……そしてレヴォスよ、おそらく真っ先にお主が狙われてしまうぞ!? それは……我は絶対に嫌じゃぞ!」


 ミサミサは身を乗り出し、俺の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで抗議してきた。

 だが、そこは大精霊であるミサミサや、俺の今後の考えで制御できるはずだ。


「大丈夫だ。俺には……ミサミサがいるからな」

 

「へっ!? そ、それって……その……我がおれば、よいということか!?」


 ミサミサの顔が沸騰したように赤く染まっている。

 

 ……水切りで疲れたのだろうか?

 

「……そろそろ、皆のところへ戻るか」


 俺はそれ以上何も言わず、塔へと歩き出した。

 道中、なぜかミサミサが俺の手をぎゅっと握ってきた。


 一人で歩くのも大変なほど、疲れたのだろうか。

 俺はその手を振り払うことなく、ゆっくりと歩みを進めた。

 


 ――――――


 皆のところへ戻ると、ミサミサは堂々とした態度で皆に接していた。


 そして、俺は再び司祭ポエテの元へと向かう。


「ポエテ。今、平気か?」


「はい、大丈夫です。何かあったのですか?」


 俺は周りを確認し、いくつかの建物が、未だ空きであることを確認した。


「ああ。ポエテには『学校』を開いてほしいと思ってな」


「学校、ですか?」


 キョトンとした表情のポエテ。


「ここには他種族がいるだろう? 静かな環境を好む者、騒がしい事が好きな者。それぞれ趣向も異なる。ポエテには、ここには多くの種族が居り、皆一様に同じではない。という事だけを広めてほしいのだ」


 ポエテは俺の言った事を少しの間、思案していた。

 だが、ポエテは俺の言った意味をすぐに理解したようだ。


「なるほど! 確かに、必要なことですね。その役割、私にお任せください!」


 ポエテは力強く、そして大きな声で返事をした。


「ああ、では任せる。……さて、次は山賊の様子でも見に行くとするか」


 俺は、山賊が出たという場所へと向かうため、一人現場へと向かった。

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