第41話 『粉々』
「おい、エリザよ。今のままの貴様では……ゼノスに確実に負けるぞ。泥を舐め、無様に敗北して全てを失う。……だが、俺が勝たせてやると言ったら、どうする?」
このままゼノスと対決すれば、エリザが負けるのは明白だ。
『エル戦』の知識がそう告げている。
だがエリザを救うには、まずその鼻っ柱を叩き折る必要がある。
「……なんですって? わたくしが、あのゼノスに負けるですって……? ……ふ、ふふ、ふふふ……おーほっほっほ! 冗談も休み休み仰って! わたくしが、ゼノスなんかに不覚を取るはずがありませんわ!」
エリザは高飛車な笑い声を山々に響かせた。
その瞳には微塵の不安も感じられない。
純粋な、そして愚かなまでの自尊心がエリザを支配していた。
「しかし、あなたの言うことも一理あるのは確かですわ。戦いというものは、常に結果が変わるもの。だからこうやって、山の中で研鑽しておりましたが……そもそも、あなたに戦いの何が分かりますの?」
エリザは俺を指差し、あからさまに見下した態度をとっている。
……やれやれ。少しばかり才能があるからといって、世界でも掌握したつもりか。
「そうだな。確かに、言うだけなら口先一つで済む話だ。……どれ、ならば俺と手合わせしてみるか? 貴様のその『研鑽』とやらが、いかほどのものか確かめてやろう」
「手合わせ……ですの? あなたが、わたくしと……?」
エリザはポカンと口を開け、数秒の間をおいてから、再び腹を抱えて笑い出した。
「ぷくく……! おーっほっほ! わたくし、素人とは戦わない主義なんですの! かわいそうですからね! あまり、わたくしをお舐めにならないでくださいまし!」
「こいつ! お嬢様を侮辱してる!」
「なめてる! 許せない!」
傍らに控えるリンとレンが、憤慨した様子で声を荒らげる。
だが、俺はそれを手で制した。
自分の腕に絶対の自信があるゆえの傲慢――いいだろう。その自信の根源ごと粉砕してやる。
「そこな素人さんに、わたくしの『本物の強さ』を見せて差し上げますわ! そこな石をご覧なさいな!」
「いってやってください! お嬢様!」
「見せてやってください! お嬢様!」
エリザは自信に満ち溢れた足取りで、とてとてと歩き、道端に転がっているサッカーボールほどの岩石の前に立った。
彼女は一度深く息を吐き、呼吸を整える。
その瞬間、エリザの纏う気が一気に凝縮された。
カッと目を見開くと同時に、エリザの右拳に紅蓮のオーラが宿る。
「いきますわよ! ふううう――!!」
次の瞬間、エリザの瞳が鋭く見開かれた。
「紅蓮流――金剛破ァ!!」
エリザの拳が岩石へと垂直に振り下ろされた。
――バキィッ!
凄まじい練度の打撃。
衝撃音と共に、岩石を鮮やかに真っ二つに割ってみせた。
「お嬢様! さすがです!」
「お嬢様! 見事な一撃!」
リンとレンが、手がちぎれんばかりの勢いで拍手喝采を送る。
エリザは自慢げに肩で風を切り、ふんぞり返って俺を見た。
「ふふん! どうかしら? わたくしに掛かれば、あなたの身体なんて、この岩の如く粉々ですわよ? 大きなお口を叩きたかったら、まず相手の実力を知る必要があるんじゃなくて?」
今のエリザは、まさに得意絶頂。
その勝ち誇った顔を見ていると、笑いたくなるが未だ我慢だ。
しかし、滑稽だな。
本物の『暴力』というものが、いかなるものか。
それを教えてやる必要がありそうだ。
「ふむ……なるほど。確かに、割れているな」
俺は無造作に、エリザが割った二つの石を拾い上げた。
「……だがエリザ、お前は根本的なところを理解していないようだ」
「……はぁ? 今、わたくしの技を見ていなかったんですの?」
俺はエリザの不満げな声を完全に無視し、辺りを見渡して手ごろな『獲物』を探した。
人里離れた山中で正解だった。
俺の視界の先に、象一頭ほどはある巨大な巨岩が鎮座している。
「いいか、見ていろ。エリザよ」
「な、なにをするんですの……?」
俺は微かにフーっと呼吸を吐き出し、丹田に力を込める。
全身の神経が研ぎ澄ませ、内なる力を一点に、拳の先へと集束させた。
――今だ。
「ふん!」
腰を落とし、無造作に放たれた右拳。
ズシッ!
鈍く、重い音が響いた。
俺の拳が巨岩に触れた瞬間、岩全体が微かに震えたが、派手な爆発も破砕音も起こらない。
俺は静かに拳を収め、立ち上がった。
「……え? 何もなっていませんわよ? まさかあなた、見掛け倒しもいいところですの!? あんなに気取っておいて、その程度!?」
「なんにも!」
「なってないぞ!」
リンとレンが囃し立てるが、俺は冷徹な眼光のまま、三人を静かに見据えた。
「エリザ。貴様は先ほど俺に言ったな? 『俺の身体を岩の如く粉々にする』と」
「ええ、言いましたわ。事実ですもの」
俺は鼻で笑い、無言で指先を岩へ向けた。
――ビシィッ!
その時、静寂を切り裂くような亀裂の音が響いた。
「岩がっ!? 亀裂が走ってる!?」
「そんな!? 何が起きた?!」
嘲笑っていたリンとレンの顔が、一瞬で驚愕に染まる。
だが、驚くのはまだ早い。これからが本番だ。
「エリザ。お前が壊した岩は、『真っ二つ』と言うのだ」
――ビキビキビキィッ!
俺が打撃を加えた箇所から、無数の亀裂が蜘蛛の巣のように岩全体へと広がっていく。
岩の内側から何かが溢れ出そうとするような、不気味な軋み音が山に響き渡る。
「な、なな、なんなんですの!? 何が起こっているというのですの!?」
エリザは後ずさり、恐怖で顔を引きつらせていた。
次の瞬間、岩に溜め込まれた衝撃が限界を超えた。
――バキャァァンッ!
凄まじい轟音とともに、巨大な岩が内側から弾け飛んだ。
激しい土煙が舞い、破片が四方に散らばる。
「うわぁっ!」
「へぶっ!」
吹き飛ばされた土埃に、リンとレンが尻餅をつく。
やがて土煙が晴れた時、そこには象のような巨岩の姿はどこにもなかった。
ただ、地面に積み重なっているのは、指先ほどの小石と、風に舞うほどの細かな砂の山だけだ。
「え、岩が……嘘、でしょう……? あんな大きな石が、砂に……?」
エリザは膝を震わせ、目の前の光景を信じられないといった様子で凝視している。
その瞳には、先ほどまでの傲慢さは消え失せ、底知れぬ恐怖と畏怖だけが宿っていた。
俺は砂の山を冷ややかに見下ろし、エリザに宣告した。
「これが……『粉々』というのだ。理解できたか? 貴様の甘い覚悟では、この岩と同じ結末が待っているぞ」
ポカンと口を開けたまま、エリザたちは沈黙していた。




