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新・第9話(199) 再興



「こちらが街の再建のための基幹計画案です。それと、こちらが再建に係る損害査定と復興予算をまとめた財政・兵站計画書です」


 だんっ! と重々しい音を立てて、ヒロンが俺の目の前に分厚い資料の束を置いた。

 広い執務室の立派な椅子に座らされている俺の机の上には、すで壁山のように高く書類が積まれている。


「ど、どうしたらいいか、全然分からないんだけど……」


 俺は絶望のあまり頭を抱え、情けない声を漏らしていた。

 田舎の村で剣を振るっていただけの俺に、こんな難しい文字がびっしり並んだ紙の束なんて読めるはずがない。

 

「ええ。そのための私たちの補佐です。さあ、今から始めれば三日で終わりますよ」


 み、三日って……!?

 それ、一睡もせずに続ける前提だよな!?

 あまりの過酷な宣告に、俺は目の前が真っ暗になるのを感じて机に突っ伏した。


 その時、バタンと扉が開いた。

 そこに立っていたのは、騎士団長のボレル。

 その両腕には、俺をさらなる地獄へ突き落とす大量の書類が抱えられている。

 

「こちらが領地内における土地権利の帰属確認および公示案です! 明日までに終わらせておいてください!」

「明日まで!? おおい、エルマぁ。手伝ってくれぇ……」


 俺は心が完全に折れ、すがるような思いで部屋の隅にいる妹へ泣きついた。

 両手を伸ばし、涙目で助けを求める。

 

「何、情けない事を言ってんの! お兄ちゃんの仕事なんだから、ちゃんと自分でやれることはやって!」


 だが、返ってきたのはエルマの冷たい叱咤。

 ビシッと指を差されて突き放され、俺は激しい悲しみに墜とされる。

 

「そ、そんなぁ……なんで俺なんかが、こんな目に……」


 ガックリと落とし、俺は深いため息を吐き出した。

 

 俺たちはあの時、レヴォスを倒したのだ。

 死闘の末の、あまりにもあっけない幕切れ。

 

 レヴォスが集めていた恐ろしい『黒い繭』は、実は極限まで凝縮された『生命の力』だったという。

 

 それを利用して、聖女セレスさんが起こした奇跡。

 あたたかな光に包まれた後、まるで何ごとも無かったかのように死んでいった仲間たちが生き返ったのだ。


 だが、その先の現実は俺にとって地獄の始まりだった。

 投票の結果、あろうことか俺が旧王都の復興責任者に祭り上げられてしまったのだ。

 俺自身は立候補なんてしていないのに、どうしてこうなったんだよ……


 今の俺を補佐してくれるのは、旧帝国の副騎士団長だったボレル。

 現在は治安維持のため、騎士団長をしてもらっている。

 

 それと、目の前に居るヒロンだ。

 そもそも別の国の王族だという話を最近になって初めて聞いたが、なぜこんな所で俺の補佐なんかをしているのだろう?

 

 さらに、旧貴族だったアイリスやキリノ。

 あとはレヴォスに裏切られた……いや、俺たちと一緒にレヴォスを討伐してくれた、グリンベルの仲間たちだ。


 そして何より、愛しの妹であるエルマ。

 冷たい口調で怒っていても、昔から頭の良いエルマはなんだかんだ言って、俺の仕事を手伝ってくれている。

 ああ、本当に気立てが良い。息を呑むほどの美人でありながら、底なしに優しい。素直で真っ直ぐな性格は誰からも愛され、一瞬たりとも目が離せない魅力に溢れている。何事にも一生懸命でひたむきなその姿を見るだけで、俺の心は温かな感動で満たされる。感受性が豊かでコロコロと変わる表情……まさに尊い。この世の宝だ。


 俺自身、難しいことは何も出来ないなりに、今は皆のために一生懸命やっている。

 周りの皆も、復興に向けて一生懸命に働いてくれている。


 だけど……心がひどく痛む。

 グリンベルから来た、元レヴォスの配下たち。

 彼らの瞳の奥は、暗く濁り、光を失って死んでいた。

 

 無理に気丈に振舞おうとしているのは、痛いほどよく分かる。

 今、目の前でテキパキと指示を出しているヒロンでさえ、ふとした瞬間に深い悲しみを滲ませているのだから。


 主のレヴォスに裏切られたという事実に、彼らは未だ激しい動揺と喪失感を隠しきれていない。

 レヴォスを倒してから、今日でちょうど十日目。

 

 彼らの傷が癒えるには、あまりにも短すぎる時間だ。

 俺はどう声を掛けていいか分からず、ただ申し訳なさで胸が苦しくなった。


「エルレインさん、今から定例の会議を行ないますので、会議室へとお願いします」


 ヒロンさんの静かな声に、俺はハッと我に返った。


「え、ああ。分かった。今すぐ向かうよ」


 慌てて椅子から立ち上がり、重い足取りで歩き出す。

 

 向かったのは、城の中にある一際大きな会議室。

 長机に並ぶ面々は、新たに任命された大臣や騎士、役人たち。元貴族のキリノやアイリスの姿もある。

 

 さらに、あのグリンベルの人たちもずらりと席についていた。

 かつてグリンベルの大広間で会議をしていたルナリアやフォルテ、クロエ。

 他にもたくさんのレヴォスの配下たち。

 なぜかレヴォスの元メイドの人まで、真剣な顔つきで出席している。


 会議が始まり、次々と各地の状況が報告されていく。

 毎回、息が詰まるような重苦しい空気が漂っていた。

 

 だが、ひとつの報告が、その重く沈んだ空気を一変させた。

 

 一人の若い騎士の報告だ。

 

「ええー、資材の散策ためグリンベルの列車を使用し、北上を視察いたしました。必要な木材は、森林から調達可能と思われます。また、資材とは異なりますが……有用そうな施設を見つけました」

「有用そうな施設? いったい何です?」


 ヒロンが、怪訝そうな顔で騎士に問いかける。


「はい。以前はカジノ都市ガンディーノと呼ばれていた土地になります。そこは以前、橋が壊れていて侵入不可能という報告がございましたが……なんと現在は、樹木で出来た橋が掛けられているのを発見しました。あれであれば、ガンディーノ内の物資も再利用できるかもしれません」


 その瞬間、会議室の空気が一瞬で変わるのが分かった。

 

「……ガンディーノに、『樹木で出来た橋』が掛かっていたというのですか?」


 ヒロンが血走った目で立ち上がり、ガタガタと激しく全身を震わせながら聞き返した。

 俺はギョッとしてヒロンを見上げる。

 

 なんなんだ? ガンディーノっていう場所に、そんなに驚くような事でもあるのか?


 途端、静かに座っていたルナリアが、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

 ルナリアは口元を手で覆うと、椅子を蹴立てて会議室から猛然と走り去っていく。

 

「ボレルさん、あとは任せます!」

「えっ!? ちょっ、ちょっとヒロンさん!?」

 

 ヒロンまでもが、切羽詰まった表情で叫び会議室を飛び出していった。

 それが合図かのように、グリンベルの仲間たちがバタバタともの凄い勢いで席を立ち、次々と外へ駆け出していく。

 

「なんや? アイリスはんも行ってしもて……みんな、トイレかな?」


 残されたキリノが、きょとんとした顔で呟く。

 部屋から消えたのは……すべてグリンベルの連中だった。

 みんな、どうしてしまったというんだ?


「エルマ、みんなどうしたんだ? 血相変えて出て行ったけど……あれ、エルマ!?」

 

 ふと見ると、いつの間にかエルマまで居なくなってる!?

 えっ、ちょっと待って。

 じゃあ、あの執務室に残された山のような書類の残りは……俺ひとりでやるってことか!?


 背筋を、冷や汗が伝う。


 ……俺も逃げよう。


 息を殺して椅子から立ち上がった。

 誰にも気づかれないよう、そろりそろりと忍び足で会議室の出口へ向かう。


 だが、ガシッ!と肩を掴み止められた。

 ビクンと心臓が跳ね上がり、全身の血の気が一気に引いていく。

 恐る恐る振り返ると、そこには笑顔のボレルが立っていた。

 

「エルレインさん。あなたは、たっぷり仕事がありますからね?」


「そ、そんなぁーーーっ!」


 俺の悲鳴が、会議室に虚しく響き渡った。

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