新・第8話(198) 聖女の奇跡
レヴォスを覆っていた眩い光が、ゆっくりと一点に収束していく。
「これが、人間以外の生物を殺す光か……」
思わず喉をごくりと鳴らした。
そんな悍ましい代物だと思うと、今さらだけどゾッとする。
やがて、目を細めるほどの光が完全に消え去った。
そこには、レヴォスが力なく倒れ伏していた。
「なんだ!? あいつ、まだ生きているじゃないか! 皆、気をつけろ!」
慌てて剣を強く握り直す。
だが、警戒しながら目を凝らすとレヴォスの様子が明らかにおかしい。
口から大量の血を吐き、酷く衰弱しきっているのが見て取れた。
この状況では、指一本まともに動かせないように思える。
とはいえ、あの悪辣な男のことだ。
どんな罠が仕掛けられているか分からない。
それなのに、ルナリアは躊躇うことなくスタスタとレヴォスの元へ近寄っていった。
「おい、ルナリア! 危ないぞ! 離れろ!」
「……大丈夫です」
声を張り上げた俺に対し、ルナリアは静かに首を横に振る。
ルナリアは倒れたレヴォスのそばにしゃがみ込み、その顔を覗き込んでいた。
それに続くようにして、ミサミサやセレスも無防備に近寄っていく。
俺は戸惑いながらも、剣を構えつつ、ゆっくりと後を追った。
間近で見たレヴォスは、まさに虫の息だった。
喉の奥から絶え間なく血が溢れ出しているせいで、満足に呼吸すらできていない。
虚空を彷徨う瞳は酷く濁りきっている。
今、自分の周囲に俺たちが集まっていることすら、全く認識できていないらしい。
そんなレヴォスに向かって、ルナリアが語り掛けた。
「聞こえますか? ルナリアです。セレスさんやミサミサさん、エルレインさんもいます」
その声に反応したのか、レヴォスが僅かに目線だけを音のした方へ動かす。
だが、焦点は全く合っていない。やはり、もう何も見えていないのだ。
その時、レヴォスの唇が微かに動き、何かを一言だけ言った気がした。
しかし、血まみれの口から発せられたかすれ声は、俺の耳には届かない。
何を言ったのか、まるで判別できなかった。
自分を追い詰めた俺たちへの、死に際の呪詛だろうか。
それにしても人の最期というのは、こうもあっけないものなのか。
俺の中に、やり場のない虚無感が広がっていくのを感じた。
どんなに強大な力を持った奴でも、最後は土に還る。
たくさんの人を殺した大悪党も、どれだけ立派な善人も、死の平等からは逃れられないのだ。
やがてレヴォスの身体が足元から少しずつ、淡い光の粒子へと変わっていく。
その直前。
完全に光へと還る、ほんの一瞬のことだ。
俺は、確かにこの目で見た。
……レヴォスの野郎、最後に微かに笑ってやがったんだ。
「レヴォスの野郎っ……!」
俺は息を呑み、その光の粒子を目で追った。
無数の光が天へと昇り、遥か上空に浮かぶ『黒い繭』の中へと吸い込まれていく。
「嘘だろ……あの黒い繭は、レヴォスが死んでも無くならないのか……?」
「そのようじゃな。だが、すぐにでもどうにかせねばならん事には変わりはない。破裂すると、世界を消滅させることが出来ると奴は言っておったからな」
「でもどうやって、あんな高い場所にあるものを壊すんだよ……」
城を丸ごと呑み込めるほど巨大で不気味な黒い繭。
あれは魔法の類なのか? それとも兵器なのだろうか。
聖剣さえ手元にあれば、まだ何か足掻けたのかもしれない。
だが、今の俺たちにはそれすら残されていなかった。
「……必ず、解決方法はあります。絶対に大丈夫です」
不意に、ルナリアが強い意志のこもった声で言い切った。
「絶対に大丈夫って言ったって……何か考えがあるのか?」
「いえ、ありません。ですが、何か方法があるはずなのです!」
「方法って……あの黒い繭に、魔法を放つとかか?」
俺は魔法なんて全く使えない。
ここでそれが可能なのは、ミサミサかセレスくらいのものだろう。
「魔法は役に立たんと思うぞ。この距離に、あの大きさじゃ。しかもレヴォスは黒い繭が魔法ではないと言っていたしな。あれは『生命の力』と言っていたが、そんなものは聞いた事がない……」
ミサミサが腕を組み、うーむと唸りながら考え込んでいる。
そして、ふとミサミサがセレスの方へと顔を向けた。
「セレスよ、何か分かるか? 聖職者の中で、生命の力とやらは知られているものなのか? ……セレス、どうしたんじゃ? なんで祈っておる」
ミサミサの言葉に俺も視線をやると、セレスが膝をつき両手を組んで祈りを捧げていた。
おいおい、こんな時に神頼みか……?
嘘だろ、こんな世界の終わりの時に呑気に神頼みをしている場合じゃない。
「セレス、今そんな事をしてる場合じゃ——」
「黙っておれ、エルレイン!」
文句を言おうとした俺に、ハッとした表情のミサミサが強い口調で遮った。
驚いて口をつぐむ俺。
いったい、セレスは何をしているというんだ?
セレスがブツブツと何かを唱え続けると、不思議な現象が起きた。
セレスの身体の周囲に、淡く輝く光の粒子がふわりふわりと舞い始めたのだ。
「なんだ、これ……? セレスは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ。……たぶんな」
「たぶんって……」
すると、今度はルナリアがセレスの隣で同じように膝をついた。
両手を固く握りしめ、目を閉じて祈り始める。
するとルナリアの周囲にもセレスと同じような光が生まれ、宙を舞い始めた。
「なんじゃこれは……? もしや、聖職者の奇跡か? ……なるほど! 集まった『生命の力』とやらを利用する気か!? どれ、わしも手伝おうではないか!」
合点がいったように叫ぶと、ミサミサまで同様に膝をついて祈りの姿勢に入ってしまった。
『生命の力』を利用する? どういうことだ?
「それって、俺たちが祈ればどうにかなるって事か?! なんだか全然分かんないけど、俺もやるよ!」
仲間たちが必死になっているのに、一人だけ突っ立っているわけにはいかない。
俺は慌てて地面に膝をつき、見様見真似で両手を組んだ。
神様に向けて、なんて言葉を掛ければいいのかは分からない。
だが、今はそんな形式なんてどうでもいい。
俺はただ一心不乱に、胸の奥から湧き上がるたった一つの願いだけを強く念じた。
——ただ、『再び平和になってくれ』と。
その時だった。
辺り一面が、一気に暖かな輝きに包まれる。
それは、あの聖剣が放つような暴力的なまでに眩い光ではない。
まるで穏やかな午後の日差しのように、優しく包み込んでくれる暖かな光だ。
俺たちの祈りが形を持ったかのように、その光はセレスの身体の周りへと凄まじい勢いで集まっていく。
光の中心で、セレスが高らかに声を響かせた。
「光の導きよ、迷える魂を呼び戻せ。閉ざされた命を再び刻み、慈悲なる神の息吹、神聖なる再生の風よ。ここに顕現せよ——リザレクション!」
セレスの声に応じるかのように、空に浮かぶあの黒い繭が、全てを白く染め上げるほど眩い光を放ち始めた。




