↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

198/205

新・第7話(197) 最終戦



 息を呑むほどの重圧が、全身にのしかかる。

 俺は再び、エルヴァンディア城の中庭に立っていた。

 

 前回は鎖に繋がれ、無力なまま死刑を待つしかなかった因縁の場所。

 だが、今の俺は違う。

 

 正面に悠然と佇む男——諸悪の根源であるレヴォスを、この手で確実に殺すためにここへ来たんだ。


 胸の奥がざわついて仕方がない。

 狡猾な奴が、このまま大人しく討たれるはずがないからだ。

 

 俺たちの頭上には、不気味な黒い繭が禍々しい渦を巻いていた。

 見ているだけで吐き気がするほどの、異常な気配を放っている。


 武器を強く握りしめ、憎きレヴォスへと声を張り上げた。


「レヴォス、覚悟しろ!」


 俺の言葉を受けても、レヴォスの表情は僅かにも動かない。

 まるで道ばたの石でも見るような、ひどくつまらなそうな視線で俺を見ていた。


「わざわざ、死にに来たか」

「違う! お前を打ち倒し、皆を救うためだ!」


 腹の底から湧き上がる怒りを抑え、レヴォスへと叫んだ。

 だが、レヴォスが鬱陶しそうに目を細める。

 

「……救うだと? お前がやった事は、仲間を苦痛の中で死なせただけではないか。俺こそが、全てを救う事ができるのだ」

「救う? お前が!? こんな酷い事をして、何を言ってるんだ!」

「お前らは何も分かっていない。……何もな」


 冷たく吐き捨てたレヴォスが、わずかにうつむく。

 その態度が、俺には酷く傲慢に見えて無性に腹が立った。

 

 隣に立つルナリアが、小刻みに肩を震わせていた。

 ルナリアは怯えを必死に押し殺し、すがるような声でレヴォスへ問いかける。


「レヴォス様……私は、あなたに救われました。本当に、あなたはレヴォス様なのですか?! なぜ、こんな恐ろしい事をするのですか!」


 悲痛な叫びだった。

 恩人であるはずの男が狂気に走ったことへの、やり場のない悲しみなのだろう。

 痛いほどルナリアの心が伝わってきて、俺の胸まで締め付けられる。

 

 だが、レヴォスはルナリアを冷酷に睨みつけ、淡々と言い放つ。


「……産声は悲鳴に変わり、夢は後悔に裏切られる。なぜ、そんな苦痛を繰り返す? ……安心しろ。俺が、すべてから解き放ってやる。この世界そのものを、跡形もなく消し去ることでな。あの生命の渦こそが、この世界を救うのだ」


 生命の渦……?

 上空にある、黒い繭のことか?


「あれはなんじゃ……? 魔力の塊か?」


 ミサミサが空を見上げ、警戒心を露わにする。


「あれは生命の力だ。それを俺が神の力によって何倍にも膨れ上がらせている。あれはいずれ破裂し、この世界の全てを消し去ることが可能なのだ。魔力などという児戯と一緒にするな」


 背筋に冷たい汗が伝う。

 正面には底知れぬ力を持つレヴォス。上空には世界を滅ぼす最悪の爆弾。

 どちらを先に叩けばいい? いや、そもそもどうやって対処すればいいんだ?

 

 打開策を求めて左右に視線を泳がせた。

 だが、張り詰めた膠着状態を打ち砕いたのは、レヴォスの声だった。

 

「しかし、アイリス。キリノ。ルナリアよ、俺が神の力を手に入れた後にも貴様たちは生きていたのだな。どうやら貴様らが死ぬ運命は無くなったか」

「死ぬ運命……? どういう意味だい?」


 アイリスが怪訝な顔で聞き返す。


「そもそも、この神の力は俺か、貴様ら三人の内の誰かしらにしか手に入れる事はできん。俺が手に入れた瞬間、お前らは死ぬはずだったが……どうやらエルレインに加勢した事で、その運命から逃れられたようだな」

「し、死ぬ運命だったって、どういう事や……?」

「だが今さら、それを知ったところで貴様らの運命は何も変わらん。死ぬ以外にな」


 レヴォスがニヤリと邪悪な笑みを上げる。

 

 瞬間、レヴォスの手から溢れ出た黒い魔力が、禍々しい剣の形へと実体化した。

 あの剣には見覚えがある。だが、本来の姿とは似ても似つかないほど黒く濁っていた。

 

 ミサミサが驚愕に目を見開いて叫ぶ。

 

「それは聖剣クラウトソラス!? お前がそれを操れるのか!?」

「聖剣ではない。これは魔剣クラウトソラス——人間を殺すための剣だ。こんな風にな」

「ッ!? 来るぞ! 構えろ!」


 喉が裂けるほどの声で号令を飛ばした。

 突如として宙に浮いた魔剣が、恐るべき速度で俺たちへと突っ込んでくる。

 だが、一直線に向かってきたはずの魔剣は、予測不可能な軌道を描き、急激に向きを捻じ曲げた。


「わっ!? なんや!?」


 キリノが咄嗟に槍を突き出し、迫る魔剣を払いのけようとする。

 だが、凶刃の勢いは全く衰えない。

 あっけなく防御をすり抜け、そのままキリノの胴体を深く貫いた。


「うぐっ!」

「キ、キリノッ!?」

 

 信じられない光景に、俺の心臓が早鐘を打つ。

 キリノの身体が淡い光の粒子へと変貌し、上空の黒い渦へと吸い込まれていく。

 

「お前らも糧となるのだ。この世界のためにな」

「そうか……そういうことじゃったか……」


 ミサミサがギリッと歯を食いしばった。


「レヴォスはわしらが攻めてくるのが分かっていた。そして、その生命を糧として、あの上空の渦を育てていたんじゃ……まんまと、してやられたな」

「ふん、そんなのは遅かれ早かれの話だ。結果は変わらん」


 怒りと絶望で、頭の中が真っ白になる。

 俺たちの決死の覚悟すら、奴の手のひらの上だったというのか。

 


 宙を舞っていた魔剣がふっと姿を消す。

 嫌な予感がして横を向いた瞬間、アイリスの胸の中央から黒い刃が突き出していた。

 背後から、完全に串刺しにされている。

 

「ガ、ハっ……!?」

 

 アイリスの身体が崩れ落ちる間もなく光へと変わり、空の渦へと飲み込まれてしまった。

 

 ……勝てない。このままでは全滅する。

 決してレヴォスを甘く見ていたわけではない。

 それでも、圧倒的な力の差と狡猾な罠を前に、為す術もなかった。


 しかも、レヴォスの事だ。

 未だ何か隠し玉を持っているに違いない。


「ルナリア、お前はどうだ? この世界が気に入っているのか? お前は俺がいなかったら苦痛の人生しか歩めなかったのだ。その人生でも良かったと思うか?」


 レヴォスが、残されたルナリアへと甘い声で語りかける。

 これが奴の悪辣な策であることは、分かりきっていた。


「……よくないに決まっています!」

「そうだろう。どうだ、俺と共に世界を救済するというのは。誰もが苦痛を感じない世界だ。素晴らしいと思わないか?」

「ルナリア、騙されるなよ!」


 横に立つルナリアへ叫ぶ。

 嫌な予感はしていた。ルナリアは、レヴォスの事を慕っていたのは良く分かっていたから。

 しかし、こんな状況でレヴォスの誘いを受けるはずが無い。

 

 そう思っていたが……


 ——カラン。

 乾いた金属音が響く。

 

 足元に転がってきたのは、他でもないルナリアの剣だった。

 

「それも、いいかもしれませんね」

「……え? ルナリア!? 嘘だろ!?」


 信じられない言葉と共に、ルナリアが一歩、また一歩とレヴォスの方へ歩み寄っていく。

 

「くくく……それが利口だ。お前の力があれば、世界の救済への道が早く近づく」

「……はい、レヴォス様」


 ——最悪だ!

 頼みの綱だった仲間が次々と死に、あろうことか最後に残った味方までが寝返るなんて!

 

 ルナリアが、無防備な姿でレヴォスの眼前まで歩み寄る。


「ルナリア……いや、ネーブよ、よくぞ来た。我が妹よ」

「っ!? 妹、ですか……?! 私が!?」

 

 ルナリアの口から、驚嘆の声が漏れていた。


「そうだ、ルナリア。お前は名はネーブ・ムーングレイ。俺は……お前の兄だ」

「……そうだったのですか。でも、あなたはレヴォス様ではありませんよね?」

 

 静かな、けれど確かな決意を込めたルナリアの声。

 その直後だった。

 

 ルナリアが、レヴォスの胸元に深々と剣を突き刺したのだ。


 さっきルナリアが落とした剣は、確かに足元にある。

 一体どこから別の剣を……?

 

 ……いや、そんな事を考えている場合じゃない。


 やるなら——今しかない。

 

 ルナリアがニコリと、あどけない笑みを浮かべた。

 

「このやり方は、レヴォス様が教えてくださったのです」

「……貴様。こんなものは俺に効かぬと分かって死にに来たか。望み通り殺してやろう。苦しませてな」

「私が死ぬのもいいですが、少しはご自分の身を案じてはいかがですか?」

「……なに?」


 ルナリアが命を投げ打って作った、一か八かの大博打。

 剣を突き立てられた瞬間、レヴォスにほんの僅かな隙が生まれた。


 動揺、感情の揺らぎ、そして状況の把握。

 その一瞬で充分だった。

 俺がレヴォスの背後にまわるのには。


「——後ろか!?」


 背後へ回り込んだ俺の気配に気づき、レヴォスが振り返ろうとする。

 だがルナリアが、レヴォスの身体に強く抱き着き、その動きを止めて叫んだ。


「今ですッ!」

「滅びろォォォッ! レヴォス!」

 

 咆哮を上げ、俺は忌まわしい怨敵の身体へと手を伸ばした。

 指先が、レヴォスの身体に触れる。

 

 その瞬間。

 聖剣の純白の輝きが爆発的な勢いで溢れ出し、中庭を真っ白に染め上げた。


「なにっ!? これは……聖剣の光か!?」


 無敵を誇っていたレヴォスがひどく狼狽え、ヨロヨロと無様に後ずさる。


「エルレイン! 貴様、俺に何をした!? ——か、身体がァッ!」

 

 圧倒的な光の奔流に飲み込まれながら、魔王が絶叫する。

 それが全てを狂わせた悪逆非道の男、レヴォスの最期だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。