新・第5話(195) 決戦2/3:立ち塞がる者たち
俺たちは、王都の中へと足を踏み入れる。
賑わっていた大通りには、今や誰一人の姿もない。
ただ不気味な静けさだけがあった。
王都に入って、目に飛び込んできたもの。
遠くにそびえるエルヴァンディア城の上空に、あまりにも異様な『それ』が浮かんでいた。
城の上空に浮かぶ、黒く渦巻く巨大な繭のような物体。
ドクン、ドクンと不気味な脈動を繰り返しているのが、こんな遠くからでもはっきりと伝わってくる。
「あれは……何なんだ?」
「分かりません。ですが、早急に対処しなければならない代物である可能性が極めて高いです」
隣を歩くヒロンが、淡々とした口調で答えた。
その言葉を聞いた直後、進軍していた皆の足がピタリと止まる。
大通りに面した、喫茶店のテラス席。
そこに、ポツンと一つの影が座っていた。
……レヴォスだ。
奴は俺たちの方を見向きもせず、ただ静かに椅子へ腰掛けている。
そのふざけた態度を目にした瞬間、怒りが爆発的に沸きだした。
「レヴォス! 貴様、自分が何をしたのか分かっているのか!」
気づけば、俺は声を荒らげていた。
喉が裂けそうなほどの怒鳴り声を上げ、奴を力強く睨みつける。
「おまえの仲間が死んだんだぞ! お前が出した、あの化け物のせいで! 仲間の命をなんだと思ってるんだ!?」
自分でも驚くような、全身の血が沸騰するような激しい怒り。
俺の怒号を受けて、レヴォスはゆっくりと席を立ち上がった。
こちらを冷ややかな目でチラリと見据え、静かな足取りで歩み寄ってくる。
その異様な威圧感に、俺を含む全員が思わず身構え武器に構えた。
緊迫した空気の中、レヴォスが口を開く。
「命に価値などない。意味などない。生まれた瞬間に始まるのは、死という名の結末だけだ」
冷酷極まりない言葉に、俺は絶句した。
こいつは、本当に血の通った人間だったのか?
怒りを通り越し、底知れぬ嫌悪感が胸に込み上げてくる。
すると、レヴォスの背後にぬらりと数人の影が姿を現した。
「あいつは……ゼノス!? 何故、死んだ貴様が!?」
「たしかに!」
「ゼノスだ!」
格闘家のエリザ、そしてメイドのリンとレンが驚愕の声を上げた。
あの爺さん……知り合いなのか?
「ブラドニス……! 貴様、生きていたのか! エステラ姉さんを奪った罰、今度はこのボクが償わせてあげよう!」
貴族のアイリスといったか。
その細剣の先を刺している相手は、青白い顔をした不気味な男。
ただ、赤く濁った瞳でこちらを睨みつけている。
あいつ、何か見た事がある気がするけど……誰だったか……?
そして、最後の一人。
そいつは異様な禍々しさを漂わせる、片刃の奇妙な剣を手にしていた。
レヴォスが使っていた剣と、どこか似ている。
「う、嘘でございますよね……?」
ふらふらと足元をおぼつかなくさせながら、一人の女が前に出た。
変わった服装の……鍛冶師のオコタって奴だ。
目の前に立つその男も、オコタの知り合いなのだろうか。
目を見開き、信じられないものを見るように全身を震わせている。
「な、なんでいるのございますか……? なぜ、父上が!?」
オコタの顔は青ざめ、明らかな動揺と混乱が入り混じっていた。
目の前の現実を拒絶するかのように、悲痛な声を漏らす。
「おい、ヒロン。何が起きてるんだ!? あのレヴォスと一緒にいる三人は誰なんだよ!」
事態が飲み込めない俺は、焦りを隠せず隣のヒロンを問い詰めた。
「私が直接確認したわけではありませんが、おそらくエリザさんやアイリスさんと因縁のあった者たち。それにオコタさんの亡くなった父であり、オキザネさんの事でしょう。皆、死んでいた方をレヴォスが蘇らせたようです。先ほどのゲブリという化け物も同様に、まさかこのような御業が可能だとは……」
ヒロンの顔にも、隠しきれない驚きが浮かんでいた。
……死人をよみがえらせた?
馬鹿な。そんなことがあり得るはずがないだろ……?
本当にレヴォスは神になったとでも言うのか?
レヴォスが口を開いた。
「さあ、あがくがいい。そのあがきすらも、俺が灰へと変えてやるがな」
絶対的な強者の宣言。
その冷酷な声を合図にするように、ゼノス、ブラドニス、オキザネの三人が一斉に飛び出してきた。
「総員、迎撃態勢を取れ!」
ヒロンの号令が響き渡る。
一瞬にして、乱戦の幕が切って落とされた。
相手は、たかが三人。
数はこちらが圧倒的に有利だと、最初はそう思っていた。
だが、その考えはすぐに打ち砕かれる。
奴ら一人一人が、尋常ではない異常な強さを誇っていたのだ。
特に爺さん……ゼノスとか呼ばれていた奴が、格闘家のエリザを執拗に狙い撃ちしている。
あまりの速さに、俺の目ではその動きを追うことすら困難だ。
圧倒的な実力差。こちらの手数が全く通用していない。
「ゼノスが前よりも強くなっている!? くっ、やりますわねっ!」
エリザの驚嘆の声が響く。
するとゼノスの刃の如き手刀が、エリザの腹部へと突き出された。
……速すぎる。避けきれない。
「エリザ様!」
「危ない!」
絶体絶命の瞬間、エリザの前にリンとレンが飛び出した。
だが、その忠誠心すらも虚しく、ゼノスの手刀は二人の身をいとも容易く貫通した。
「リン! レン! ……ゼノス、貴様ああああああああ!!!!」
仲間を目の前で殺され、半ば狂乱状態に陥ったエリザが絶叫する。
エリザの腕が、怒りに呼応するように真っ赤な炎を纏った。
渾身の一撃。
だが、ゼノスはそれを避ける事もなく、ニタリと不気味に笑って真正面から受け止める。
エリザの燃え盛る腕が、ゼノスの胸を深く貫いた。
やったか!? そう思った直後。
同時にゼノスの腕もまた、エリザの腹を無残に貫き通していた。
「ぐ……ゼノス。最初からこれを狙って……」
口から大量の血を吐き出し、バタリと地面に倒れ伏すエリザ。
致命傷を負ったはずのゼノスは、黒い粒子となって虚空へと溶けるように消え去っていった。
後に残されたのは、リン、レン、エリザの物言わぬ三つの亡骸と、赤黒く広がる血だまりだけ。
あまりにも、あっけない死。
強烈な無力感と絶望に苛まれ、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「父上、おやめください! オコタでございます!」
悲痛な叫び声が響く。
オキザネが、娘であるオコタへ猛烈な乱撃を浴びせていた。
オコタを援護するように、魔族のジクナやルナリア、執事フォルテといった手練れの剣士たちが一斉にオキザネへ斬りかかる。
これほどの人数で囲んでいるにも関わらず、状況は完全に防戦一方。
オキザネの圧倒的な剣技の前に、誰も手出しができない。
「なあヒロン! 俺も加勢させてくれよ!」
たまらずヒロンに叫んだ。
このままでは全滅してしまう。焦りで心臓が破裂しそうだ。
「駄目です。あなたが死ねば、我々の希望も全てが終わるのです。今はご自身の身を守る事だけを考えてください」
「……くそっ!」
俺は何も出来ない。ただ、安全な場所から見ているだけ。
俺を守る為に必死に戦い、そして次々と命を散らしていく仲間たちの姿を見ながら、己の不甲斐なさをひたすらに悔やむ事しかできなかった。
「魔法で抑えつけます! その内に!」
横から、張り詰めた声が聞こえた。
魔法使いのクロエ、セレス、ポエテ、ミサミサ。
彼女たちが一斉に魔法を放ち、不気味な男、ブラドニスの動きを強固に拘束する。
「ここだ!」
その隙を見逃さず、アイリスの細剣が真っ直ぐにブラドニスの頭部を貫いた。
確かな手応え。
「ふふふ……そんな児戯で私を殺すことが可能だと思ったか? 私がそんなもので死なぬ事を忘れたのか」
頭を貫かれても尚、ニタニタと余裕の笑みを浮かべている。
「ぐあっ!」
「ぬう!?」
再び、凄惨な悲鳴が上がる。
視線を向けると、魔族のジクナと剣士フォルテが地面に崩れ落ちていた。
二人の剣は無残にへし折られ、斬り裂かれた腹部からはおびただしい量の血が噴き出している。
「お、お、おやめください。父上! こんな事、こんな事っ!!!」
涙を流し、すがりつくようにオコタがオキザネへ声を張り上げる。
その切実な声に反応したのか、オキザネの動きが僅かに止まった。
「オ……コ、タ……」
それは言葉というよりも、慟哭のような、悲痛なうめき声だった。
オキザネも、心の奥底で激しく苦しんでいるように見える。
しかし、その感情の揺らぎが刃の軌道を止めることはなかった。
無慈悲な斬撃が、容赦なく振り下ろされる。
オキザネのけさ斬りが、オコタの身体を深く、斜めに薙ぎ払った。
鮮血を派手に撒き散らしながら、オコタの小さな身体が宙を舞い、地面へと叩きつけられる。
「オコ……タ……ッ! う……ぐああああああっ!」
突如、オキザネが頭を抱えて絶叫した。
凄まじい苦悶の叫び。
狂気に当てられたように振り返ると、オキザネは一気に距離を詰め、目の前にいた者を無差別に斬り刻み始めた。
その矛先が向かったのは、なんと味方であるはずのブラドニス。
「うぐっ!? 貴様、私に何をする!?」
「ぐあああああああああああああああ!!!!!」
オキザネの凶刃が、嵐のようにブラドニスの身体を刻んでいく。
「血迷ったか!? せっかく、またこの世界に命を取り戻したというのに! ええい、貴様が死ね!」
激怒したブラドニスも、オキザネに対して猛烈な反撃を開始した。
両者の血が激しく飛び散る。
ブラドニスから噴き出した血が硬質化し、極めて凶悪な刃物となってオキザネの左腕を根元から吹き飛ばす。
斬り刻まれた箇所をブラドニスが瞬時に再生させていくが、オキザネの怒涛の連撃は止まらない。
「ぐう!? 再生が間に合わんだと!? やめろ、貴様の敵は私ではないだろうが! や、やめろ!!」
ブラドニスの悲鳴が響く。
オキザネの常軌を逸した剣技の前に、ブラドニスの身体は木っ端微塵に解体されていく。
いや、肉塊すら残らない粉微塵というべき惨状だ。
血の池と化したブラドニスの残骸が、なおも再生しようとモゾモゾと不気味に蠢いている。
「……今だ! 炎よ、燃やし尽くせ!」
クロエが即座に火炎魔法を放ち、その血の池を跡形もなく焼き尽くした。
標的を失い、限界を迎えたオキザネが、糸が切れたように膝から崩れ落ちる。
ブラドニスの残骸と、オキザネの身体が、同時に黒い粒子へと変わって空へ溶けていった。
「早く治療を!」
セレスたちが血相を変え、倒れているジクナ、フォルテ、オコタの元へと駆け寄る。
だが、横たわる三人を確認した瞬間、彼女たちの顔は絶望に染まった。
セレスがゆっくりと立ち上がり、ヒロンの方を見て、静かに首を横に振る。
その仕草が意味するものを理解し、俺は息を呑んだ。
「おいおい、嘘だろ……まさか……」
震える声で呟き、ヒロンの横顔を見る。
ヒロンは深く、ひどく苦しげに目を瞑っていた。
やがて、覚悟を決めたように再び瞼を開くと、冷徹な声で言い放つ。
「皆さん。最低限の治療だけをして、前へ進みましょう」
「おい、ヒロン! ふざけるな! 仲間の亡骸を、あのまま放置しておくっていうのかよ!」
俺はヒロンの胸ぐらを掴みかかり、怒鳴りつけた。
悲しみと怒りで、視界が滲む。
「……事が全て済んだ後、必ず丁重に埋葬します。今はそれどころではないのです。……わかってください、エルレインさん」
ヒロンの声には、血を吐くような苦悩が滲んでいた。
俺から目を逸らし、ただひたすらに前へと歩みを進めるヒロン。
その背中を見つめながら、俺は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
こんなのが……
こんなのが、世界を救うための戦いだって言うのかよ……




