新・第4話(194) 決戦1/3:砂漠の邪神
「では、これより魔王討伐のためエルヴァンディア城へ進軍します! 要となるエルレインさんを護る布陣にて、周囲を警戒して進んでください!」
ヒロンの号令が、重苦しい雰囲気の中で響き渡った。
だが、誰一人として応じる掛け声を上げようとはしない。
皆が押し黙る中から、周囲の不安と緊張感だけが肌を通してヒシヒシと伝わってくる。
それにしても俺が部隊の中心で厳重に守られる布陣なんて、どうにも居心地が悪い。
俺のために、高位の貴族やお偉いさんたちが命懸けの盾となるらしい。
分からないもんだ。それくらい、今の状況が常軌を逸しているという事なのだろう。
進軍を開始して間もなく、一人の絶叫によって俺たちはいきなり戦慄を迎えることとなった。
「王都の門の上部に、【魔王】レヴォスの影あり!」
全員の視線が、その一点へと向いた。
まだ王都の門すら潜っていないというのに、いきなり標的であるレヴォスが姿を現したのだ。
見上げれば、たしかにレヴォスがそこに立っている。
俺たちを虫けらのように見下ろすその顔には、一切の感情が読み取れない。
ひたすらに冷たく、恐ろしいほどの虚無感を漂わせた表情。
俺がレヴォスの身体に触れさえすれば、俺の持つ力で全てを終わらせることができる。
だが、あんな高い門の上にいる相手に、一体どうやって近づけばいいというんだ?
しかし、高い場所から見下してくるレヴォスの顔を見ているとイラついてくる。
俺は怒りに任せて、レヴォスに対し大声を張り上げていた。
「おい、レヴォス! いったい、どういうことだ! 魔王の討伐は、そもそもお前が始めたんだろうが!」
俺の言葉に反応したのか、レヴォスがゆっくりと立ち上がった。
レヴォスの言葉を返してくる。
遠くにいるのに、レヴォスの声が直接頭の中に響くように聞こえた。
「『始まり』など、ただの過ちだ。『終わり』もまた、救いにはなり得ない。この世界が紡ぐ物語ごと、俺がここで終わらせてやる」
ゴクリ、と。
俺の周囲にいる全員が、同時に息を呑むのが聴こえた。
間違いなく目の前にはいるのは、あのレヴォスなのだという事がはっきりと分かる。
レヴォスが、静かに片手を天へと掲げた。
また、あの得体の知れない魔法を使ってくるのか。
俺は剣を抜いて身構えた。
だが王都の前に現れたのは、巨大な黒い渦巻のような異空間の穴だった。
そこへ、レヴォスの冷徹な声が響く。
「出でよ。砂漠の邪神、ゲブリよ」
その呼びかけに応えるかのように、黒い渦巻の奥から身の毛もよだつような巨大な昆虫が這い出てきた。
「あれは、まさか!?」
ヒロンやフォルテ、それにクロエまでもが同じような驚愕の声を上げた。
「おい、あの化け物を知っているのか!?」
「あれはオレスフォードで倒されたはずの化け物……奴の装甲は斬撃も魔法も通さないゆえ、倒すには体内への攻撃しかありません!」
クロエが焦燥に満ちた声で叫ぶ。
しかし、斬撃も魔法も通さない化け物の『体内』を攻撃するなんて、どうやってやれと言うんだ。
「ギュワアアアアアアッ!!!!」
大気を震わせる化け物の咆哮。
ゲブリと呼ばれた巨大な昆虫が、一直線に俺たち目掛けて突進してくる。
逃げ遅れた前衛の皆が、まるで蟻のように次々と無残に潰されていく。
あまりに悲惨な光景が広がる。
ここは、一旦退却するしかないんじゃないのか!?
「退くな! 化け物の口を目掛けて攻撃せよ!」
ヒロンの冷徹な号令が、戦場に響き渡った。
圧倒的な質量を持つ巨体と、全てを弾き返す無敵の装甲。
反撃など通じるはずもなく、ただひたすらに仲間たちが狩り尽くされていく。
コボルトやゴブリンたちは体格差から逃れることすらできず、すでに全滅の危機に瀕している。
副騎士団長のボレルという男を筆頭に果敢な攻撃を仕掛けているが、騎士たちも一瞬にしてその半数以上が命を散らしていた。
レヴォスと戦う前に、この昆虫の化け物に皆殺しにされてしまう。
どう足掻いても勝てない。あまりにも次元が違いすぎる。
ただ無残に仲間が肉塊へと変わっていく地獄。
『全滅』。
その最悪の言葉が、頭の中に色濃く浮かび上がる。
きっと、そう思ったのは俺だけではないはずだ。
こんな所で、俺たちはあっけなく死ぬのか?
真の敵であるレヴォスと直接戦うことすら叶わずに……
「グオオオオオオオオッッッ!!」
突如、後方から全く異なる野太い咆哮が轟いた。
振り返ると、そこには化け物と同じように巨大な巨人の姿がある。
後方から、別の敵が挟み撃ちにしてきたというのか!?
だが巨人は俺たちではなく、眼前の昆虫の化け物へと飛びかかり力任せに組み伏せた。
味方なのか……? あの巨人が!?
そもそも、あんなデカい図体をして今までどこに隠れていたんだ。
疑問は尽きないが、わずかな希望の光が見えた気がした。
巨人は昆虫の化け物を地面に押さえつけているものの、純粋な筋力では昆虫の方がわずかに上回っているらしい。
ギリギリと巨人の腕が押し返され、徐々に劣勢へと追い込まれていく。
「あの化け物を抑えつけろ!」
激しい怒号が飛んだ。
確かグアルという名の、鬼族の女の声だ。
体格の大きい鬼族であっても、あの巨人と化け物のぶつかり合いの前では小さな子ども同然に見える。
だが大勢の鬼族がわらわらと化け物の手足にしがみつき、必死に身動きを取れないように拘束し始めた。
すると、俺の目の前に狐の獣人族の二人組がサッと現れる。
「姉さん! いけるか!?」
「おうよ!」
たしか、アンズとネクタとかいう姉弟だったか……?
二人は、こんな絶望的な状況で何をしようというんだ。
「エルレインさん、お下がりください。ここは危ないので」
俺の横に立つヒロンが、俺の腕を引いて強制的に後退させようとする。
見れば、二人の獣人が身軽な動きで鬼族たちの背中をタタタと駆け登っていくところだった。
姉であるアンズの手には、何やら黒くて丸い物体が握られている。
「おい。あいつら何をする気なんだ?」
「……体内から魔導爆弾により倒す策です」
爆弾だと?
獣人の女が手に持っている黒くて丸い物は、爆弾なのか。
それを、あの暴れ狂う化け物の口の中へ直接放り込もうとしているらしい。
でも、俺たちだけが安全な場所へ下がるってどういうことだ?
今、化け物を必死に押さえつけているあいつらは、一体どうなるんだよ。
だが、組み伏せられている昆虫の化け物も危機を察知したのか、巨大な顎を激しく閉ざそうと抵抗し始めた。
「甘えんだよおおお!!!」
ネクタが自らの身を呈して、その閉じようとする口の間に飛び込んだ。
肩や足に化け物の鋭い牙が深々と突き刺さり、鮮血が噴き出している。
その痛ましく凄惨な光景に、俺の心臓は締め付けられていた。
「姉さん、やれえええええ!!!!」
「任せなあああああ! くたばりやがれえええええ!!」
弟がこじ開けた隙間を目掛け、姉のアンズが力いっぱい爆弾を突っ込んだ。
その瞬間、視界を白く染め上げるほどの眩い閃光が炸裂した。
——ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
「うわあああっ!!」
あまりの衝撃波に足を踏ん張ることもできず、俺は後方へと吹き飛ばされた。
「……うっ……ゲホッ、ゲホッ」
むせ返るような土ぼこりが周囲を覆い尽くす。
いったい……何が起きたんだ!?
視界を遮る土埃が、風に流されてゆっくりと消え去っていく。
そこにあったのは、バラバラの肉塊へと成り果てた昆虫の化け物の残骸だった。
地面はすり鉢状に深くえぐれ、周囲も黒く焼け焦げて煙を上げている。
だが、居ない。
どこにも居ないんだ。
「……エルレインさん、無事ですか?」
ヒロンがヨロヨロとよろめきながら、俺の元へと近寄って来る。
「おい、ヒロン! あの味方の巨人も、コボルトやゴブリンも、騎士団も、鬼族も、獣人の姉弟も……どうなったんだよ?!」
「……レヴォスの姿が消えていますので、急ぎ前へ進みましょう。奴に時間を与えてはなりませんので」
俺の問いかけを意に介さず、ヒロンが歩き出した。
その声を聞いた周りの生存者たちも、痛む身体を無理やり起こし、無言のまま再び死地へと進軍を開始する。
……仲間が命を散らしたというのに、振り返ることすら許されないのか?
これが戦争というものなのか……?
言いようのない虚しさ。ヒロンの非情さに対する激しい怒り。
それが胸の奥で渦巻いているのが分かる。
強く拳を握りしめると、まだ土煙の舞うその場を後にし、俺も重い足を引きずって前へと歩き出した。




