新・第2話(192) 遺言
「それでは、王都に新たに出現した『魔王』討伐に関しての作戦会議を開かせて頂きます。進行は私、ヒロン・イロンダルが行なわせて頂きます」
また、このだだっ広い部屋に、同じ顔ぶれが集められた。
前回と違うのは、皆の沈みきった表情だ。
暗い顔でふさぎ込む者や、未だに涙を流している者。
レヴォスのメイドに至っては、レヴォス討伐が決まってから口も利けなくなったらしい。
はぁ~、まったく。
しっかし、あのヒロンとかいう男は不気味だ。
レヴォスが裏切ったと聞いた時すら、表情どころか顔色ひとつ変えなかった。
もしかして、レヴォスが裏切る事を最初から知っていたのか?
いや、あの裏切り者の仲間だという可能性すらある。
……だが、どうやら違うらしい。
ヒロンは表情こそ変えないが、机に置かれた手が微かに震えている。
まるで自身の感情を無理やり押し殺し、冷静さを保っているようだ。
そのヒロンが、静かな声で口を開く。
「まず最初に、私は有事の際にとレヴォス様より伝言を受けています。そこに、何か今回の作戦に役立つ事があるのかと思って皆さんを招集させて頂きました」
けっ、何がレヴォス『様』だ。
裏切者に『様』って敬称なんて付けるなってんだ。
すると、レヴォスの執事フォルテが声を上げた。
「レヴォス様が、なんと仰ったのでしょうか?」
「直接、私に伝えられたことは一つだけです。『何人かに言伝をした。有事の際は、その言伝通りにしろ』と。ですから、ここにいる皆さんの中で、レヴォス様から何か言伝を聞いた方はいらっしゃいますか?」
言伝だと?
あのクソ野郎から、一体何を聞いたというんだ。
疑問で眉をひそめる俺をよそに、何人かが静かに手を挙げた。
「ではまず、副騎士団長のボレルさん。言伝の内容を教えて頂いてもいいですか?」
「はい」
ヒロンに指名されたのは、王都の騎士団の中でも偉いやつらしい。
そいつが何故か、俺を見ている。
「自分が言われたのは、『魔王を倒した際にレヴォス様が死んでいた場合、エルレインさんをエルヴァンディアの王として国を復興せよ』という内容でした」
「……は? 俺か?」
俺が王? 何を言ってるんだ?
突拍子もない言葉に、俺は間抜けな声を漏らしてしまった。
「なるほど。そういう事ですか」
ヒロンが顎に手を当て、一人で勝手に納得している。
当の俺が全く意味が分からないのに?
「おいおい! 意味分からないって! なんで俺が王様なんだよ!?」
「あの、お兄ちゃん。私から説明するね」
動揺で立ち上がりそうになる俺の袖を、弱々しく引かれた。
未だに真っ青な顔をしたエルマだ。
俺は妹の口から、信じられない事実を聞かされる。
「俺たちの一族が、エルヴァンディアの王だって!? そんなの初めて聞いたぞ!?」
「私だって驚いたよ。でも、レヴォス様から貰った剣が光ってたじゃない? あれ、私が持っても光ったんだ。私たちの一族しか使えないだって」
「……マジかよ」
あのやたらと光る剣。なんかすげえって思ってたけど、そんな凄い物だったのか。
でも、もう無くなっちまったけど……
「では次に、クロエさん。どうぞ」
「はい。私が言われたのは『もしレヴォス様が居なくなったとしても、冷静になって皆で団結して魔王を倒せ』という内容で……した……」
魔法使いの女が、そう言ってポロポロと大粒の涙をこぼして泣き崩れた。
……その魔王がレヴォスなんだろうが。
全く、意味が分からねえ。
「……なるほど。では最後にエルマさん、お願いします」
最後はエルマか。
……エルマ!?
「エルマ、お前。レヴォスに何か言われてたのか!?」
「え、うん……ほんの一言だけど……」
「あいつに何を言われたんだ!? 碌な事じゃないだろ!?」
「私が言われたのは……『考えろ、希望を持て』って……ただそれだけだけど……」
……はぁ~???
その希望を粉々に打ち砕いたのが、他ならぬレヴォスだろうが!
よりにもよって、エルマにそんな戯言を吐いたことが許せん!
「エルマさん、ありがとうございます。これでレヴォス様の言伝というのは全部のようですね」
「……で、何か分かったのか?」
俺が睨みつけるように問う。
疑問だらけのレヴォスの言伝。いや、遺言か?
ヒロンとかいう奴なら、何かが分かったというのだろうか。
そのヒロンが、力なく笑って言った。
「全然、分かりませんね。しかし言っている内容は、まさに今私たちが直面している事態に対しての心持ちとして必要な事だとは思います」
諦めるなとか、考えろとか。
んなもん、いつだって当たり前の事だろ。
内容が曖昧すぎて、何の役にも立たないってんだ。
「しかし『考えろ』ですか……酷な事を聞くのですが、アイリスさん、キリノさん、ルナリアさん、ミサミサさん。そしてエルレインさん。レヴォス様の最後を見た皆様に聞きたいのですが、レヴォス様は最後に何と言っていたのですか? 正確な言葉は分かりますか?」
「レヴォスの言ってた事? それが何か関係あるのか?」
「分かりません。もしかしたら、攻略の糸口になるのかもしれないと思いまして」
ヒロンの懇願を受け、俺たちは忌まわしい当時の記憶を掘り起こした。
正直、命のやり取りに必死で細部までは覚えていない。
だが、皆の記憶を繋ぎ合わせて出された言葉はこうだった。
『どういう事だと? エルレイン、まだ分からないのか。鈍い奴め』
『ルナリアか……脅威となる聖剣が失われたのだ。ならば、俺がこの力を手に入れ『魔王』となる以外にあるまい』
『どういう事もあるまい。死ね』
『取り込まれたのではない。俺の意思で、この力を取りこんだのだ』
『くくく、『敵』だと? それは対等になってから口にする言葉だな。今の貴様らには、俺を殺す力も知恵も無いだろうが』
意外と覚えているもんだな。
しかし、レヴォスの性格の悪さがにじみ出ている。
貴族ってのは、本当にこんな奴らばかりだ。
「ありがとうございます。レヴォス様の言っていた言葉は分かりました。して、ミサミサさん。重要な事を聞きたいのですが、よいですか?」
「なんじゃ?」
「魔王を唯一倒せる聖剣クラウトソラスですが、他にもないのですか? それか同じ効果がある物や、同じ効果を発生させるようなものに心当たりは?」
精霊のミサミサが腕を組み、うーむと唸って天井を見上げる。
だが、無情にもすぐに答えは出た。
「無いな。というか、わしには分からんというのが正確な答えだ。長い間、聖剣クラウトソラスを護っていたが、その産まれについては良く知らんのだ。なぜ、あのような効果があるのかはな」
「……そうですか。分かりました、ありがとうございます」
振り出しだ。
絶望感が重くのしかかり、部屋の空気がさらに沈み込む。
結局、魔王を倒す打開策なんて有りはしないのだ。
部屋に絶望が漂っていた、その時だ。
——バンッ!
突然、テーブルを強く叩く音が響いた。
音の先を見ると、精霊のミサミサが立ち上がっている。
ミサミサは全身をワナワナと激しく震わせ、目の焦点を完全に失っていた。
何かに憑かれたような、異様な姿だ。
「……ミサミサさん、どうしました?」
「ある……あるぞ……」
「ある? 何があるのです?」
ミサミサが、ガバっと勢いよくヒロンの方へと顔を向けた。
「聖剣クラウトソラスが、未だあるのじゃ!」
突如もたらされた朗報。
皆がガタリと音を立てて、一斉にミサミサを凝視する。
「……聖剣が?! どこにあるのですか?!」
ヒロンが身を乗り出し、興奮を隠しきれない口調で問い詰める。
「中じゃ!」
「……中? 中とは、いったいどこの事ですか?」
ヒロンとミサミサの切羽詰まった会話。
俺も含め、その場の全員が固唾を呑んで次の言葉を待った。
「聖剣クラウトソラスの破片が……奴の……レヴォスの体内に入っているのじゃ……!」
……聖剣が身体の中に?
いったい、どういう意味だ。
だが静まり返る部屋の中でただ一人、ヒロンだけがボソっと言い放った。
「なるほど。そういう事ですか」




