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第190話 覚醒



 ついに対女神戦の出撃の時が来た。

 いや、女神ではなく『魔王』と呼ぶべきだろうか。

 準備を整え、自室を出ようとした時だ。


「レヴォス様、本当に行かれるのですね」


 メイドのコレットが、心配そうに声を掛けてくる。

 その頭には、かつて俺がプレゼントした銀の髪飾りがあった。


「どうした、コレット。まさか永遠の別れのように言うのだな」

「縁起でもない事を言ってしまうのですが……レヴォス様が、戻ってこないような気がして……」

 

 悲痛な表情のまま、コレットが深くうつむく。


 確かに、死ぬ可能性は充分に有る。

 原作でも出現しない、『システム』というイレギュラーな敵なのだ。

 だが、確実に死ぬというわけではない。

 

 エルレインが持った時の聖剣クラウトソラスは、万物を殺す事が可能だ。

 女神に通常の斬撃が効かなったが、聖剣の効果であれば女神であっても例外ではないはずだ。

 

 不安で押し潰れそうなコレットの細い肩を抱き寄せた。


「あっ……レヴォス様……」

「大丈夫だ。必ず俺は必ず戻って来る。それまでグリンベルを頼んだぞ」

「……はい。あの、レヴォス様? レヴォス様が叶えてくれるというご褒美ですが、レヴォス様が帰ってきたら、私も申し上げても良いのでしょうか?」


 コレットが、頬を赤く染めてモジモジと呟く。

 それを見て、俺は鼻でふっと笑った。

 

「もちろんだ、コレット。俺に出来ることならな。一生遊んで暮らせる金でも、俺が与えられる爵位でも、それこそ土地でも何でも要求していいぞ」

「では、あの……クロエさんが言っていた事ですけど……こんな私ですけど、レヴォス様とご一緒になりたいのです! こんな身分ですから、何番目でもいいので!」

 

 コレットが、真剣な眼差しで俺を見上げてくる。

 決して、ふざけているわけではないのはすぐに分かった。

 

 俺と一緒になる。

 その言葉の意味はクロエの言っていた通り『婚姻』だ。

 

 一瞬だけ驚いて目を丸くしたが、すぐにコレットへ言葉を返した。


「……ああ、分かった。約束しよう」


 俺は、再びコレットを強く抱き寄せた。

 


 ——————

 

 

「これより、王都の奪還へ向かう! 第2隊は左翼だ!」


 闘志を声に乗せ、俺は全軍に向けて号令を放つ。


 左翼を張るのは、第2隊。

 執事、いや戦場においては死神と云われるフォルテが第2隊の隊長を務める。

 紅蓮拳の正統継承者、エリザ・グレン。

 エリザのメイドであり格闘家のリンとレンが横に並ぶ。

 力自慢の獣人、ネクタ・プラムコットも意気軒昂だ。

 さらには聖女セレスと、樹木の精霊ズリュールが後方を固めている。

 

「続いて、第3隊は右翼を張れ!」


 右翼を展開する第3隊が素早く配置につく。

 隊長は軍師ヒロン・イロンダルだ。

 忍者のオコタと魔族のジクナが前衛についた。

 後衛には賢者クロエと、司祭ポエテ。

 

「中央には、我ら第1隊が先陣を切る!」


 先頭の中央に位置する、この第1隊こそが主戦力だ。


 隊長は、俺が務める。

 俺の隣にはルナリア。

 四大公爵リンクショット家、アイリス。

 四大公爵ブレイバースト家、キリノも武器を構えた。

 大精霊のミサミサ。

 そして、この世界の『主人公』であるエルレインが聖剣を持って構えていた。


 ラスボス候補とエルレインを、俺が守り抜く形だ。

 聖剣の守護者ミサミサも加えた対女神用の最強パーティ。


「騎士団、鬼族、獣人と冒険者たちは後衛だ! 後ろに続け!」


 完全なる戦闘布陣。

 俺は整列した皆へ最後の合図を送る。


「出陣だ!」


 「うおおおー!!!!」と大地を揺るがすような怒号が上がる。

 皆が恐怖を拭い去るかのように、力強く一歩を踏み出した。


 王都へと着くと、不気味なほど静まり返っていた。

 城門は開いており、誰一人として姿が見えない。


 あれほど居た民たちは、どこへ消えたというのだろうか。

 疑念を抱きつつ、俺は刀を抜いて辺りを警戒しながら進む。


 だが何事も起きないまま、すぐにエルヴァンディア城へと着いてしまった。


「なんか……拍子抜けだな」


 聖剣を抜いて構えているエルレインがぼやいた。

 

「油断するな。いつどこで襲われるか分からんからな」

「ああ、分かってる」


 底知れぬ気配。

 意識を研ぎ澄ませ、俺たちはいよいよ城へと足を踏み入れた。


「第1隊だけ城内へ進む。他の部隊は、この場で待機だ!」


 無暗に大勢で攻め入れば、女神の餌食となる。

 その可能性を極限まで減らすためだ。

 

 号令を出すと、第1隊の俺たちのみが城へと入る。

 エルレインやルナリアたちは緊張した面持ちが解けぬまま、剣を構えている。

 

 そして、式典を行なった中庭に『奴』は居た。


 女神は、ただ静かに佇んでいたのだ。

 まるで俺たちの帰りを待っているかのように、女神がニコリと微笑む。

 

「エルレイン、来たのですね。待っていましたよ」

「あんた、一体なんなんだよ! 助けてくれたと思ったのに……本当に化け物なのか!?」


 激昂するエルレインが女神に向かって叫ぶ。


「私が化け物……? ふふふ、いいえ。化け物になるのは、その後ろの方たちですよ」


 女神がそう告げた瞬間。

 女神の背後から触手が凄まじい速さで伸びてくる。


「やらせるか! おらあ!!」

 

 素早く踏み込んだエルレインが、触手を真っ二つに切り裂く。


 やはり、エルレインであれば女神からの反撃を受けないのか。

 女神はただ、エルレインを主人公たらしめるための舞台装置だからだ。


「エルレイン、ダメですよ。邪魔をしないでください。すぐに、あなたの宿敵を覚醒させますからね」

「意味分からねえ事を言ってんじゃねえ!」


 エルレインが怒りに任せて叫んだ時だ。


 ——下かっ!?


 足元に違和感を感じ、俺は瞬時に上空へと飛びあがった。

 直後、先ほどまで俺が居た地面から女神の触手が勢いよく飛び出てきた。

 

「「「 うわあ!? 」」」


 俺の後方から、ルナリアたちの悲鳴が上がる。

 振り返ると、地面から突き出た触手がルナリア、アイリス、キリノを捕まえていた。

 

「さあ、エルレイン。どれがいいですか? この者らにどれか一人と私が同化し、世界を滅ぼす力ほどの与えましょう」


 触手が伸び、ルナリアたちが高い位置まで運ばれてしまう。


 だが、こんな時のために作戦は考慮済みだ。

 誰かが人質になったら、女神さえ倒してしまえばよいのだ。

 

 作戦通りにエルレインが、女神の懐へと踏み込んだ。

 そして、聖剣による強烈な一閃が放たれる。


 エルレインの剣撃は、とてつもなく重く速い。

 以前、会った時よりも遥かに強くなっている。

 

 聖剣クラウトソラスの刃が、女神の身体を斜めに深く切り裂いた。

 やはり、聖剣であれば女神を倒せる……!


 だが、斬られた女神が不敵に笑い声を上げた。

 

「ふふふっ! まさか、その剣で私に傷をつけるとは……その剣の力は、私の力。これは、よくありませんね。それは返してもらいますよ」

「うわっ! 剣がっ!?」


 エルレインの手から、聖剣が意思を持ったように離れていく。

 女神の前まで聖剣が飛んでいくと、女神が手のひらを聖剣に当てる。

 

 見えない重圧に押し潰されるように、聖剣がグシャグシャと歪んでいく。

 そして空間に溶け込むようにして、絶対の武器だった聖剣が跡形もなく消滅してしまった。


「せ、聖剣がなくなったじゃと!?」

 

 ミサミサのひどく焦るような声が中庭に響き渡る。


 だが、これは単に焦るというレベルの些細な事態ではない。

 唯一の女神への対抗策が無くなってしまったのだ。

 

「さあ、エルレイン。あなたの倒すべき敵を、私が用意しましょう」

 

 見れば女神の胸の部分が、ぽっかりと不気味に開いている。

 その空間の中には、おぞましく黒い魔力の塊が脈打っていた。

 

「そうですね……エルレインが選ばないのなら私が選びましょう。では、あなたが世界を滅ぼす力を手に入れ、全ての敵になりなさい」


 黒い魔力の塊から、一本の太い触手がゆっくり伸びていく。


「ひえええええ!!」 


 頭以外の全身を、触手でぐるぐる巻きにされたルナリアが悲鳴を上げた。

 

「さあ。私の力に手を触れ同化しなさい。あなたが世界を滅ぼす厄災となるのです」


 このままでは、ルナリアがラスボスになってしまう。

 聖剣が無くなった今、どうやってあの無敵の女神を倒せというのだ……

 

 ……突如、女神が言っていた言葉に違和感を感じた。

 世界を滅ぼす力、と言っていたな。

 もしかすると、女神は致命的なミスを犯しているのではないか?


 今まさに、女神自身の手によって聖剣クラウトソラスが消滅させられたのだ。

 聖剣がなければ、ラスボスは絶対に倒せない。

 

 だとしたら、女神と同化してルナリアがラスボスに覚醒したとして、どうやってラスボスのルナリアを倒すというのだ。

 エルレインは、聖剣があってこその主人公なのだ。


 このままでは弱点の無いラスボスが、人類では絶対に敵わない世界の頂点になってしまう。

 死なず、負けず、ただ世界を滅ぼす存在に。


 いや、待てよ……?


「くくく……これは随分と面白い状況だな」

「おいレヴォス、どうしたんだよ!? いい考えがあるのか!?」


 エルレインが、すがるような目で俺を見てくる。

 俺はエルレインに対して、不敵に笑った。

 

「ああ、良い考えを思いついた。エルレイン、俺は人間をやめるぞ」

「……なに? どういうことだ……?」


 迷いを断ち切り、俺は弾かれたように女神へと向かって走る。


「その力、俺が貰うとしよう!」

 

 女神の胸にある、おぞましい黒い力を素手で強引に掴み取る。

 突如として、凄まじい魔力の奔流が俺の身体へと流れ込んできた。


「あなたが厄災となるのですねっ! さあ! 私を取り込み、世界を混沌に墜とす厄災となりなさい!」


 一瞬にして、女神の魔力が俺の身体と同化していく。

 流れ込んでくるのは、確かに世界を支配できると思えるほどの全能の力。

 

 くくく……これはあまりに凄まじい!

 まさに神の力というべき強大さだ。

 これこそが、真のラスボスの力なのか!


 原作ゲーム『エルヴァンディア戦記』において、レヴォスは人々に歩く災厄として恐れられていた。

 救いようのない悪逆非道の象徴として、歴史に深く刻まれているのだ。

 

 性格は冷酷そのものであり、能力は全てにおいて規格外だった。

 武勇と剣術においては大陸無双であり、冷徹な戦略家でもある。

 そのあまりの強大さは作中で、『神すら膝を屈する』とまで称賛されていた。

 極めつけは、大勢の反乱軍にたった一人で対等に戦うという最強のラスボス。

 

 それが今、女神の力を奪い取り、ラスボスを殺すための聖剣も消滅した。

 俺こそが、この世界に置いて絶対的な存在なのだ。


 アイリスにも。

 キリノにも。

 そして、ルナリアにも。

 

 ラスボスには絶対にさせん。


 俺こそが、この世界のラスボスに最もふさわしい。

 


 ——これが。


 

 ——これこそが。


 

 ——レヴォス・ムーングレイの戦略なのだ。


 

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