第187話 活躍する世界
副騎士団長ボレルが俺の父グランディスの前に立ち、盾のように身を構えている。
グランディスは、この地獄のような惨状を目の当たりにしてもなお、その場から逃げずに踏みとどまっていた。
他の二人の公爵も同様だ。
ここで逃げ出さずに戦果を挙げれば、崩壊した王家に代わり、次代の王となる道が開ける可能性があるという浅ましい算段なのだろう。
……実につまらん、くだらない野心だ。
だが、俺にとっては好都合。
公爵たちが率先して女神と戦ってくれるというのなら、俺はその隙にエルレインを連れて、この場から退散させてもらうとしよう。
それに、この場が混乱状態に陥った時の動きについては、あらかじめフォルテたちとも綿密に打ち合わせ済みだ。
「フォルテ! いるか!」
「レヴォス様、ここに」
俺の声に応じるように、避難する人々の流れに逆らう形で、フォルテがツカツカと素早い足取りで歩み寄ってきた。
フォルテに与えていた仕事は、その背後にいる人物を連れてくることだ。
「あ、お兄ちゃん!?」
騒がしい中庭に、エルマの声が響く。
どれほど周囲が喧しい状態であろうとも、エルレインの耳にはその微かな声が確実に届くはずだ。
なぜなら、エルレインという男は重度のシスコンだからな。
「エルマ!? なんで、ここに!?」
「そんな事はいいから! 早くこっちに来て!」
エルマが必死に叫ぶ。
エルレインは周囲の光景に怯えつつも、女神から逃れるように地面を這いずりながら、こちらへと懸命に歩み寄ってきた。
「フェルテ、エルマ! エルレインを連れてここから今すぐ逃げろ!」
俺の号令とともに、フォルテ、エルマ、そしてエルレインが出口へと向かって一斉に走り出す。
「グランディス様ーーー!!!」
その時、背後から副団長ボレルの悲痛な叫び声が聞こえた。
咄嗟に振り返ると、俺の父グランディスが、味方であるはずの騎士団の手によって無残に殺されていた。
ボレルは取り乱しながらも、周囲の騎士たちを相手に必死に剣を振るっている。
なぜ騎士たちが公爵を……?!
一瞬、この極限状況において騎士団の反乱が起きたのかと思ったが、すぐに違和感に気づいた。
騎士たちはその両腕をだらりと不自然に垂らし、まるでゾンビのように不気味に蠢いていたのだ。
さきほど女神の触手によって殺されたはずの騎士たちが、生ける屍となって人間を無差別に襲っている。
見れば、他の二人の公爵も同様に牙を剥いた屍たちに貪られていた。
この国は……これで終わりだ。
帝国の終焉。だがそんな感傷に浸っている場合ではない。
俺は、次の狙いへと意識を切り替えた。
「アイリス! キリノ! こっちだ! 逃げるぞ!」
俺が声を張り上げると、前方にいた二人が振り返った。
アイリスには事前に作戦命令を伝達していたが、さすがにこの予想を超えた凄惨な現状には焦りを隠せないようだ。
キリノが、恐怖に引きつったまま地面を這うようなカサカサと素早い動きで駆け寄ってくる。
アイリスもそれに続いて、緊迫した表情のまま近寄ってきた。
「ひええええ! なんなんこれ!? どないなっとんねん!?」
「これは何なんだい!? レヴォスくん!?」
「分からん。だが、今は逃げる事に専念するぞ。あの化け物に対抗する手段が判明するまではな」
俺は一切の動揺を見せず、冷静なまま言い放った。
騎士たちが、ゾンビ化したかつての仲間たちと血みどろの戦いを繰り広げている。
その凄惨な殺し合いの隙間を縫うようにして、あの不気味な女神の視線が、真っ直ぐに俺たちを捉えていた。
「エル、立ち上がったのですね。あなたが倒すべき宿敵を覚醒させます。さあ、今こそあなたが宿敵を倒し、世界を平和にするのです!」
女の唇から、その言葉が放たれる。
その瞬間、俺の中で今まで推測の域を出なかった仮説が、おおよその確信へと変わった。
主人公であるエルレインの命の危機。
そんな事態が、この世界において許されるはずがないのだ。
この世界はどこまでも、エルレインとエルマの二人が主人公として活躍するために作られた世界なのだから。
エルレインの窮地を救うために、強制的に世界のシステムが働いたのだ。
やはり、原作ゲームと同様に世界をあるべき姿へと調律する超越的な存在があるという俺の疑いは、完全に正しかった。
エルレインを殺そうとすれば、システムによって逆に理不尽に殺される。
すべては主人公であるエルレインとエルマの為だけに存在する世界なのだ。
だが、そのシステムが介入してしまった結果、王も公爵もが死に絶え、帝国そのものが一瞬で滅び去ってしまった。
ここで一つの矛盾が生じる。
これほど早く帝国が滅びてしまったのなら、エルレインが今後英雄として倒すべき『敵』はいったいどこにいる?
——いや、そんなものは他に存在しない。
だからこその、先ほどの女神の言葉だ。
『あなたが倒すべき宿敵を覚醒させます』と。
ゲームにおける本来のラスボス候補であった俺、アイリス、キリノ、あるいはルナリア。
エルレインが英雄になるための障壁となるべき敵がシナリオから消え失せたことで、世界の強制的なシステムが、俺たちを新たなるラスボスへと仕立て上げようとしている。
「強制的にラスボス化させるつもりか……だが、まあいい」
この世界のシステムがもたらす、圧倒的な理不尽。
だがそんなものは、俺が転生したその瞬間から想定済みだ。




