第185話 異常事態
「シークランス家の一族、及び『宗教省』に関わるものを既に捉えた。裏切りとは随分と面白い余興であったな」
裏切りだと……?
あのベマスタが王家に刃を向けたというのか。
……あり得ない。
いくらシークランス家とはいえ、帝国軍を相手に反旗を翻せるほどの巨大な戦力を有しているとは到底思えない。
せいぜい、王族に取り入ろうと画策していた程度だろう。
それとも、今回の孤児院の件のトカゲの尻尾切りか?
不穏な思惑が次々と頭の中を駆け巡る。
だが、その疑問への答えは、すぐに別の形で示された。
「やめろ! 離せ!」
会場の脇から、静寂を切り裂くような怒声が響く。
全員の視線が一斉に声の方向へと吸い寄せられた。
そこにいたのは、エルレインだった。
重々しい呪具の鎖を全身に何重にも巻きつけられ、兵士たちにズルズルと引きずられてくる。
あの規格外の強さを持つエルレインの動きを完全に封じ込めるとなれば、並大抵の呪具ではないはずだ。
やはり、この式典は最初からおかしかったのだ。
今すぐ飛び出して、エルレインを助け出すべきか……?
しかし、ここで動けば帝国軍全てを敵に回すことになる上に、今は式典の最中であり武器すら帯刀していない。
さらには、救出したところでエルレインが素直に俺の指示に従う保証はどこにもない。
ここは……冷静に状況を見極める事が重要だろう。
「なんなんだよ、お前ら! 離せ!」
エルレインの必死の叫びが、虚しく響く。
やがて壇上の下、王の目の前まで引きずり出されたエルレインは、側近たちによって無理やり地面に跪かされた。
オードリック王が、ゆっくりとエルレインに歩み寄る。
王は冷徹な視線でエルレインを見下ろしながら、静かにその口を開いた。
「……今日こそ、『エル』の一族の血を絶つ時が来たのだ。忌まわしき一族め」
王は、エルレインの素性を知っていたというのか!?
驚きが胸を突くが、すぐに思考を切り替える。
もし以前から知っていたのなら、わざわざ公爵家に養子に入るまで泳がせる必要はない。
もっと早く対処していたはずだ。
いや……待てよ。
シークランス家が養子として迎え入れたことで発覚したのか?
公爵家の養子にするとなれば、身元調査を行う可能性は充分にあり得る。
だが、ベマスタが何も知らずに養子にしたことで、王の目には『シークランス家がエル一族を擁護した』と映ったのだろうか……?
原作ゲーム『エル戦』のシナリオにおいて、エルレインとオードリック王が直接対峙するイベントなど存在しなかった。
なぜなら、オードリック王はエルレインと戦う前に死ぬ運命だからだ。
だが、この世界では俺の介入によって歴史が変化し、オードリック王とエルレインが直接関与するというズレが生じてしまったのか。
いや、今はそんな考察をしている場合ではない。
この最悪の状況を打破しなければ……!
「なんなんだよ、アンタ!」
牙を剥いて叫ぶエルレインに対し、オードリック王はただ氷のように冷たく見下ろすだけだった。
やがて王は傍らの剣を持ち、ゆっくりと鞘から抜き放つ。
王の側近たちが、抵抗するエルレインの身体をさらに強く地面へと押さえつける。
その姿は、紛れもなく斬首を執行するための姿勢だ。
両腕を背後に拘束され、跪かされたまま無防備な首筋だけを出している状態。
……仕方ない。
主人公のエルレインを見殺しにするわけにはいかない。
しかし、エルレインを救出するために、この俺がエルヴァンディア帝国に反旗を翻すことになるとはな。
だが、この最悪のパターンも、すでに作戦の中には組み込まれている。
本当に最悪中の最悪のパターンだがな。
腹を括り、足元に力を込める。
いつでも飛び出せるよう重心を移した、その瞬間。
更なる、異常事態が訪れた。
オードリック王の身体から、腕が生えたのだ。飛び散る鮮血と共に。
……違う。腕が生えたのではない。
何者かの腕が、オードリック王の背後から分厚い鎧ごと胸を貫いたのだ。
「「「 オードリック様アアアーーー!? 」」」
凄惨な光景に、周囲のから絶叫が上がる。
同時に、護衛の騎士たちが一斉に剣を抜き放つ甲高い音が響き渡った。
だが、すでに致命傷を負ったオードリック王は、糸の切れた人形のように力なく地面へと崩れ落ちる。
オードリック王が倒れた、その背後。
鮮血に濡れた片腕をだらりと下げ、そこに静かに佇んでいたのは……
煌びやかな白のローブに身を包んだ、一人の女性だった。
誰だ……!?
厳重な結界をすり抜けて、王を暗殺した刺客。
だが、その顔には見覚えがある。
——ッ!?
脳裏に閃いた確信に、俺は思わず息を呑んだ。
あいつは、まさか。
……女神だ。
原作ゲームにおいて『主人公』エルマを導く存在であり、セーブポイントになっている石像の人物。
神聖なるはずの女神が、慈愛に満ちた柔らかな笑顔を浮かべてそこに佇んでいた。




