第184話 『静寂の王』
静寂に包まれた式典の会場へと、俺はゆっくりと足を踏み入れた。
そこはエルヴァンディア城の広大な中庭だ。
だが、四方を高い城壁に囲まれているため、外部からは内部の様子が一切窺えない閉鎖空間となっている。
すでに中庭には多数の貴族たちが整列し、張り詰めた空気を漂わせていた。
この手の式典は身分の低い者から順に入場し、上位の者を待つという規則があるためだ。
周囲を見渡せば、会場全体を『騎士団』が厳重に包囲し、『魔法省』の魔法使いたちが強固な結界を張り巡らせていた。
上空には『商業団』の防衛兵器が飛び、監視の目を光らせている。物々しい警戒態勢だ。
俺は無言のまま、指定された立ち位置へと歩みを進める。
視線を向けると、正面には王が座るための壇上がそびえ立っていた。
そのすぐ手前には、四公爵のための場所が用意されている。
もっとも王も公爵たちも、未だ姿を現してはいないが。
そして公爵たちの背後が、俺たち公爵家の嫡男や嫡女が控える定位置だ。
俺のすぐ後ろの列には、我がムーングレイ家が統括する『騎士団』が控えていた。
定位置へと歩み寄りながら軽く視線を流すと、背後に立つ二人の男の姿が目に留まる。
隊列の先頭に立つのは、学園の教師であり副団長を務めるボレル。
そしてもう一人、俺が直接目にするのは初めてとなる『騎士団長』ゼグディルの姿があった。
浅黒い肌に、艶やかな黒い長髪。
中年のボレルとは対照的に、ゼグディルはまだ若々しい青年だ。
にもかかわらず騎士団長の座に就いている理由はただ一つ。
単純に、圧倒的に強いからに他ならない。
原作ゲーム『エル戦』においても、ゼグディルは強力なボスキャラの一人であり、我が父グランディスの懐刀として暗躍していた。
その正体は人間ではなく、強大な竜へと変身する能力を秘めた竜人族である。
個の強さでいえば、帝国内では間違いなくトップだろう。
そんな規格外の力を持つゼグディルが護衛に就いているということは、帝国中の有力な騎士がここに集結していると見て間違いない。
王が直接出向く式典となれば、これほどの厳戒態勢が敷かれるのも当然の理だ。
定位置に到着した俺は、静かに片膝を突いて待機姿勢をとった。
ここに椅子などというものは用意されていない。
臣下たる者、王と対等に座るなど絶対に許されないからだ。
それから、この下座への最後の登場人物。
4人の公爵だ。
やがて、重々しい足音が後方から近づいてきた。
振り返らずとも分かる。
この場における下座の最後の登場人物、公爵たちだ。
俺のすぐ目の前に無言で立ち塞がり、大きな背中を見せたのは我が父グランディス・ムーングレイ。
左右へとわずかに視線を動かすと、リンクショット公爵とブレイバースト公爵の姿も確認できた。
だが、妙だ。
シークランス家の人間が、誰一人として見当たらない。
当主のベマスタも、養子に入ったはずのエルレインもいない。
さらにはシークランス家が統括している『宗教省』の教皇すら姿を見せていないのだ。
……どういうことだ? わずかに眉をひそめる。
今日はシークランス家に養子が迎えられたことを祝う式典のはず。
主役として、後から派手に登場するという悪趣味な演出でも企んでいるのだろうか。
大勢の人間が跪いているというのに、会場は不気味なほどの静寂に支配されている。
その静寂を破り、ついに壇上へと一人の男が姿を現した。
エルヴァンディア帝国を統べる頂点。
オードリック・エルヴァンディア王だ。
その瞬間、場にいる全員が一斉に頭を垂れた。
俺も深く首を曲げ、冷たい地面だけを直視する。
「……面を上げよ」
威厳に満ちたオードリック王の低い声が、静まり返った中庭に響き渡る。
その命令に従いゆっくりと顔を上げる。
高い壇上からこちらを見下ろしているのは、まさしく『静寂の王』と呼ばれる男そのものだった。
白く長い髪と見事な白い髭を蓄えた老齢の王。
その身を包んでいるのは式典用の礼服ではなく、まるで今から戦場に赴くかのような豪奢で重厚な鎧とマントだ。
ただならぬ気配を感じ取り、俺たちは王が次に紡ぐ言葉を息を潜めて待ち構えた。
「此度は、めでたい。我がエルヴァンディアの歴史において、多大な前進となるであろう」
王の口から出た予想外の言葉。
どういう意味だ? たかが公爵家が養子を迎えた程度で、帝国の歴史が動くなど大袈裟すぎる。
気探るため視線を左右に振ると、王の言葉の真意が分からず困惑しているのは俺だけではないようだった。
他の公爵たちも、目の前に立つ冷徹な父グランディスの背中からすらも、微かな動揺が伝わってくる。
王が、静かに片手を掲げた。
それを合図に、壇上の陰から音もなく『何か』が運ばれてくる。
俺も、会場の皆も、目を細め運ばれて来た物体を見定めた。
運ばれてきたのは、盆に乗せられたボールほどの大きさ。
——シークランス公爵家当主、ベマスタの首だった。
直後、背後に控える貴族たちから大きな動揺の波が伝わってくるのが分かる。
だが目の前に立つ公爵たちは微動だにせず、自らの動揺を抑え込み沈黙を貫いていた。
王が冷酷な響きを帯びた声で言い放つ。
「シークランス家の一族、及び『宗教省』に関わるものを既に捉えた。裏切りとは随分と面白い余興であったな」
裏切りだと……?
あのベマスタが王家に刃を向けたというのか。




