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第141話 鬼の仕事



 グリンベルへ帰還してから、四日が過ぎた。

 

 執務室の椅子に深く背を預け、俺は溜まっていた報告書を一つずつ処理していく。

 領地の空気は相変わらず穏やかで、鼻をつくインクの香りが、戻ってきたことを実感する。

 

 鬼族の住居割り当ては、フォルテたちが手際よく済ませていた。

 空き家を改修し、あの巨体でも窮屈さを感じない家屋を作り上げ振り分けている。

 二階建ての二階部分を大取っ払い、天井の高い平屋に改造するという力技だが、効率を考えればそれが正解だろう。

 

 次は仕事の差配だ。

 フォルテが俺の元を訪れたのは、帰還の翌日のことだった。

 フォルテがいつものように整えられた姿勢で報告を始める。

 

「アンズ様に依頼し、鬼族の皆さまの適性を拝見いたしました。すでに各々、適した業務に精を出しておられます」

「ほう。具体的にどこへ割り振ったんだ?」

「まずは農作業です。彼らの怪力は畑を耕す際に驚異的な効率を発揮しております。次に荷の運搬。その力で荷台へ資材を積み込む姿は、まさに鬼族の面目躍動といったところでしょうか。また、ご本人様たちの希望もあり、街の警備にも数名を配置いたしました」

 

 フォルテが淡々と、澱みのない口調で状況を説明していく。


 想定を上回る成果だ。

 俺は、手に持っていたペンを置いた。


「充分すぎるほどだな。鬼族を受け入れた価値はあったということか」

「まさに。それに皆さま、非常に熱心でございます。ただ……やはり、まだグリンベルの暮らしに慣れていないことへの戸惑いが大きいようです」

 

 そうだろうな。無理もない。

 鬼族が今まで生きてきたのは、弱肉強食が絶対の魔王領だ。

 こんなのどかな平和も、多種多様な民族との共生も、鬼族にとっては異世界同然のはず。

 

 慣れろと言って、即座に順応できるほど生物の心は単純ではない。

 こればかりは時間が必要だ。

 新参者特有の『早く役立たなければならない』という焦りが、かえって鬼族の重荷になっている可能性もある。

 

「……グアルはどうしている」

「グアル様は自ら先頭に立って鬼族を率いておられ、現在は運搬業務に従事されています」

「そうか」

 

 その報告を聞き、俺は席を立った。

 直接、俺が状況を確認しておこう。

 

 グリンベルの領内を歩き回ると、作業に勤しむ鬼族たちの姿――その中心に、グアルを見つけた。

 加工された巨大な木材を、まるで小枝でも扱うかのように軽々と持ち上げている。


「あ、レヴォス様……!」

 

 俺の姿を認めるなり、グアルが弾かれたように声を上げた。

 周囲の鬼族たちも作業を止め、一斉にこちらへ敬意のこもった視線を向けてくる。

 

「順調そうだな。新しい住処と仕事に不満はないか?」

「はい! おかげさまで! その……本当に、俺たちを受け入れてくださって、ありがとうございます!」


 グアルの言葉通り、鬼族たちは問題なさそうに見える。

 鬼族の感謝の念が溢れ出たようなその表情を見て、連れてきて正解だったと思える。


「一つ聞きたい。今やっている業務以外で、お前たちが得意としていることはあるか?」


 唐突な問いに、鬼族たちが一瞬ポカンと口を開けた。

 鬼族は戸惑ったように互いの顔を見合わせ、言葉を探している。


 グアルが少し考え込むように視線を落とし、絞り出すように答えた。


「……しいて言えば太鼓、でしょうか。我らには伝統の太鼓があります。あとは、獲物を追う時の足跡の読み方。それから……道を作ること、ですかね。魔王領を移動し続けてきたので、獣道を切り開いて進むことには慣れています」


 もし俺の目が、輝く事ができるなら、今まさにピキーンと目が光っただろう。


 道を作ること。

 それは今、俺が望んでいたものだ。

 

 グリンベルは今、急速に発展し人口が増えている。

 それに伴い、街の外へ続く道の整備が追いついていない。

 以前から懸案事項として上げていた問題だった。

 

「フォルテ」

「はっ」

 

 呼ぶまでもなく、フォルテが背後に控えている。

 このあたりの気配りは、さすがだ。

 

「鬼族には、道の造成を任せる。まずはグリンベルからザオツリ国へと続く道、そして第二領地へ続く街道。その二本を最優先で整えろ」

「承知いたしました。資材の手配は直ちに。鬼族の皆さまだけでなく、領民たちも協力させましょう」


 グリンベルの領民たちの同時配置。

 街道で鬼族を発見した商人や移動中の者たちを驚かせないための処置だ。

 

「ああ。資材の判断は任せる」

「……はっ。仰せのままに」


 フォルテが深く頭を下げる。

 

 これは単なる労働ではない。

 領民が日常的に使う『道』を鬼族が作ることで、鬼族の存在がいかに有益であるかを、言葉ではなく結果で周知させる。

 それは鬼族がこの領地で胸を張って生きるための、確固たる基盤になるはずだ。

 

「レヴォス様。私たちに、新たなお仕事を任せていただけるのですか?」


 グアルが驚きに目を見開き、震える声で問いかけてきた。

 信頼を寄せられた喜びが隠しきれないのか、その大きな拳が力強く握りしめられている。

 

「お前たちが魔王領で生き抜くために磨いてきた力だ。期待しているぞ」

「……はい! 必ず、やり遂げます……!」

 

 新たな仕事に、鬼族たちが歓喜に湧き立った。

 認められ頼りにされる、というのは生活する上で大切な心理要素だ。

 その光景に、俺はあえて厳しい口調を付け加えた。

 

「失敗しても構わん。その時はやり直せばいいだけだ。ただし、怪我だけはするな。お前たちは今、『俺の領民』なのだからな」

 

 そう言い残し、俺は(きびす)を返す。

 背後から、グアルたちが深く頭を下げる気配が伝わってきた。

 

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