第139話 却下だ
「美味しいです!」
「美味いなー! このトカゲ、最高だぞ!」
「……意外とイケるな」
俺たちは鬼族の村の広場で、仕留めたワイバーンの肉を喰らっていた。
何せ、掃討戦で狩り倒した数は相当なものだ。
無駄にするには惜しい。
料理のバリエーションなどない。塩焼き、あるいは大鍋での煮込み。
100人近い鬼族の胃袋を満たすには、この手っ取り早い調理法が正解だった。
ワイバーンの肉は、鶏肉に近い。
それも、極限まで引き締まった最高級の地鶏だ。
しかも肉が巨大だ。
俺は、大振りの串焼きを豪快に噛みちぎった。
あの醜悪なワイバーンが、これほど繊細な味をしているとはな。
見た目と味のギャップに感心しつつ、俺は喉を鳴らして肉を飲み込んだ。
「強き御方よ。心より感謝いたします。これほど多くの同胞に、無償の施しをいただけるなんて」
背後から、神妙な声が聞こえた。
振り返れば、そこには鬼の娘が立っている。
「よい。これだけの量だ。食わなきゃ腐るだろう」
「ありがとうございます。……あの、レヴォス様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、好きにしろ。名前など、ただの記号にすぎん」
俺はそう言って、再びワイバーン串を口に運んだ。
肉汁が溢れ、舌の上で旨味が爆発する。
「あ、あの……私はグアルと申します。以後、お見知りおきを……」
グアルと名乗った娘は、顔をに真っ赤に染めた。
そして恥ずかしさに耐えかねるように、その場に深く伏した。
……やれやれ。
その態度は、あまりに分かりやすすぎる。
「あの老婆に、色仕掛けで俺を籠絡してこいとでも言われたか?」
「えっ!? ち、ちがいます……! そんな滅相もない……!」
グアルは心外だと言わんばかりに、激しく首を横に振った。
動揺のあまり、グアルの角が微かに震えている。
「どうせ、この村の無惨な光景を見て焦ったのだろう。財産はなく、食料も尽き、住居すら破壊された。自力での再建は不可能だと悟ったわけだ」
「……長老は、本当に悪くないのです! 身勝手なのは、この私なのです!」
「ほう、お前が、か?」
グアルは顔を上げ、俺の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
その目には、並々ならぬ決意が宿っている。
「レヴォス様の仰る通り、この村は死に体です。我らだけでは、冬を越せずに死に絶えるでしょう。だから……これは私の、私個人の身勝手な懇願なのです」
「お前が俺に嫁ぐことが、お前の願いだと? 随分と自分を高く見積もった、厚顔無恥な願いだな」
「……仰る通りです。ですから、私はレヴォス様の奴隷となります。その代わり、どうか老人や子どもたちだけでも……レヴォス様の庇護をいただけないでしょうか……?」
庇護、か。
要するに面倒を見る、ということだ。
グアルは悲壮な決意と共に、自らの自由という代償を差し出してきたのだ。
「なぜ俺が、縁もゆかりもない鬼の老人やガキを養わねばならん。それに、お前一人程度の価値で、一族の命が買えるとでも思っているのか?」
「うぅ……そ、それは……申し訳、ございません……」
俺の冷徹な正論に、グアルは悔しそうに唇を噛んだ。
グアルは自分の無力さに絶望し、地面を握りしめた拳を震わせている。
俺は無言で、最後のワイバーン肉を串から引き剥がした。
咀嚼し、重厚な旨味を堪能してから、ゴクリと飲み込む。
「おい、グアル。鬼族を全員集めろ。今すぐだ」
「え、あ、はい……! ただちに、集めてまいります!」
グアルは焦燥に駆られた様子で、土を蹴って走り去った。
それから数分と経たず、広場には全ての鬼族が整列した。
鬼族たちは次に何が起きるのか分からず、困惑の表情で顔を見合わせている。
その瞳には、強者である俺への恐怖と、未来への不安が混濁していた。
「鬼族の連中よ、よく聞け」
俺は鬼族の前に立ち、静かに、しかし威圧感を持って宣告した。
ざわついていた広場が、一瞬で墓場のような静寂に包まれる。
「先ほど、そこのグアルが俺に取引を持ちかけてきた。自分が奴隷になる代わりに、老人と子どもの面倒を見てくれ、とな」
その言葉を聞いた瞬間、鬼族の間に爆発的な動揺が走った。
沈黙は破られ、鬼族が一斉に罵声を上げる。
「おい、グアル! 何を勝手なことを言っているんだ!」
「本当にそんな事を言ったのか!?」
詰め寄る同胞たちを前に、グアルは項垂れることしかできない。
俺は苛立ちから、無造作に右足を地面へ叩きつけた。
ドン! という地響きのような衝撃音が響き、全員が反射的に口を噤む。
「も、申し訳ございませぬ。強きお方よ。これは族長である私の、教育の至らなさでございます。どうか、グアルの無礼に免じてご容赦を……あのような愚かな提案、平に、平にお詫び申し上げます……」
鬼族の老婆が、震える声で許しを請う。
「当然だ。そんな下らん提案は却下だ。なぜ俺が、お前らの身内を養う手間を背負わねばならんのだ」
「本当に……仰る通りでございます……」
老婆は絶望に顔を歪め、さらに深く頭を下げた。
「あ、あの……待ってください!」
沈黙を切り裂いたのは、一人の屈強な鬼だった。
俺に一撃で沈められ、後にジクナの蹴りを受けた大男だ。
「俺はこの通り、身体だけは頑丈です! 貴方様の足元にも及びませんが、奴隷としてならいくらでも馬車馬のように働けます! どうか、グアルではなく俺を奴隷にしてください!」
……はあ、まったく。
どいつもこいつも、論点がズレている。
何ひとつ、分かっちゃいない。
だが、面倒な奴は一人だけではなかった。
「あの、俺だって何でもします!」
「私もです! どうか、せめて子どもたちだけでも救ってください……!」
連鎖するように、鬼たちが次々と「自分を奴隷にしろ」と叫び始めた。
その必死な形相は、見ていて実に不愉快だ。
「お前ら、少し黙れ」
俺の冷たい一言で、広場は再びピシャリと静まり返った。
鬼たちは、射殺すような俺の視線に耐えかね、次々と目を逸らす。
「先ほども言ったが、なぜ俺が、お前らの子どもや老人の面倒を見なければならんのだ」
突き放すような物言いに、鬼たちは希望を断たれたように肩を落とした。
俺は、落胆しきった鬼族を見下ろしながら、言葉を継ぐ。
「ガキの面倒くらい、自分たちでやれ。……ただし、俺の領地に住まわせてやる。安全だけは保証してやろう」
鬼たちが、弾かれたように顔を上げた。
信じられない、といった驚愕が彼らの顔に張り付く。
「俺の領地、グリンベルには獣人も魔族も精霊も共存している。貴様らのような連中が暮らすには、そう悪い土地ではないはずだ。そこなら、満足な生活も送れるだろう。……ただし、対価としての労働は義務だがな」
鬼たちは互いの顔を見合わせ、言葉を失っている。
グアルが、わなわなと震える唇を開いた。
「レヴォス様、それは……私たちが、レヴォス様の土地で暮らすことを許してくださる、ということでしょうか……?」
「二度言わせるな。明日、すぐに出発する。使える荷車は全て出し、荷物を整理しておけ。俺の領地まではそれなりの距離があるからな」
「そ、それって……レヴォス様、本当に……!」
グアルは、堰を切ったように目から大粒の涙を溢れさせた。
彼女は感激のあまり声を上げ、胸をかきむしるようにして泣き崩れた。
「ついでに、このワイバーンの肉も今のうちに腹に詰め込んでおけ。道中の食料は節約することになるからな。……以上だ、解散しろ」
俺は有無を言わせぬ口調で告げると、彼らに背を向けた。
背後からは、歓喜の咆哮、安堵の嗚咽、感謝の祈りが入り混じった喧騒が聞こえてくる。
俺は一度も振り返ることなく、今夜の宿営地へと歩を進めた。
「フォルテ」
「はっ、ここに」
「そういうことだ。グリンベルに到着次第、アンズたちに指示を出せ。こいつらの適性を見て、仕事を割り振らせろ」
「承知いたしました。万事、抜かりなく」
フォルテは口角を吊り上げ、愉悦を含んだ仕草で恭しく頭を下げた。
鬼族が今のまま魔王領で生き延びるのは、至難の業だろう。
一族のために奴隷となることを志願したグアル。
そして、その彼女を護るために自ら名乗り出た者たち。
まったく、反吐が出るほどの甘さだ。
もし俺が冷酷な商人であれば、二束三文で全員を売り飛ばして終わりだ。
護りたいものがあるのなら、安易に他者に命を委ねるな。
自分の手で、最後まで護り抜くべきだ。
今回の俺の介入は、そのための足場を作ってやったに過ぎない。
それに親が奴隷になり、子どもと生き別れるなどという不合理は、俺が許さん。
……家族というのは、一つ屋根の下で暮らしているのが一番いいだろうからな。




