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第138話 剣の山



「レヴォス様、滞りなく完了いたしました」


 執事フォルテが恭しく頭を下げる。

 

「ああ。随分と楽しそうだったな。少しはスッキリしたか?」


 無造作に転がるワイバーンの死骸、虐殺に近い掃討戦。

 ストレス発散には丁度良かったと言わんばかりの、満足げなフォルテの横顔を見据えた。

 

「は、はい……お恥ずかしながら、少々興が乗ってしまいました」


 フォルテは恐縮したように肩をすくめるが、その瞳にはまだ鋭い高揚感が残っている。

 ワイバーンの群れは、フォルテやルナリアたちの手によって、もはや見る影もなく駆逐されていた。

 残る目的はただ一つ、ジクナが剣を隠したという洞窟だけだ。


 辺りを見渡せば、鬼族が細々と暮らしていた形跡が痛々しく残っている。

 だが、村と呼ぶにはあまりに無用心で、あまりに貧相だった。

 木と藁、そして汚れた布を継ぎ接ぎしただけの、雨風を凌ぐのが精一杯な簡易施設。


 かつて食料が入っていたであろう木箱は、今や無惨な木屑の山と化している。

 ワイバーンどもが、食い散らかした結果だろう。

 

 俺は背後に控える鬼族たちへと視線を向けた。

 

「まだワイバーンが潜んでいるかもしれん。俺が見てくる。貴様らはここで待っていろ」


 俺の言葉に、鬼族たちはこくりと静かに頷く。


「フォルテ、クロエ。お前たちは護衛としてここに残れ。一匹たりとも、こいつらに近づかせるな」

「「 承知いたしました 」」


 二人の忠実な返事を聞き届け、俺は足を進める。

 目指すのは、この岩壁の先。

 ジクナが剣を隠した洞窟だ。


「ジクナ、ルナリア。付いてこい」

「はい! レヴォス様!」

「はいよ。……いやぁ、なんかここに来るのも久しぶりだなぁ」


 ルナリアが元気に返事をする傍らで、ジクナは呑気に両手を頭の後ろで組んで歩き出す。

 緊張感の欠片もない。

 

 足元に転がるワイバーンの亡骸を、まるで石ころか何かのように踏み越えていく。

 切り立った岩場を抜けると、口を大きく広げた不気味な穴が姿を現した。


「あー! あそこだ! なぁなぁレヴォス様! あそこの洞窟だ!」


 ジクナが弾かれたように走り出し、興奮のあまり俺の肩を激しく揺さぶる。

 腕に伝わる雑な振動。

 

「分かっている。いちいち叫ぶな」

 

 ジクナの鬱陶(うっとう)しい手を払い除け、洞窟の入り口へと近づく。

 中から漂ってくるのは、湿った土の匂い。

 ……ワイバーンどもが巣食っている様子はないな。

 

「安全なようだが、油断はするな。警戒して進め」


 二人は表情を引き締めてこくりと頷いた。

 一歩踏み込むと、洞窟特有の重苦しい空気が全身を包み込む。

 ピチョン、ピチョンと、どこかで水が滴る音が、静寂の中で不気味に反響していた。


「暗いですね……レヴォス様、何も見えませんけど……」


 ルナリアが不安に駆られたように、俺の裾をぎゅっと掴んでくる。

 俺やジクナにとっては昼間と変わらぬ視界だが、ルナリアはまだ慣れていないのだろう。

 

「仕方がないな。……火よ、灯れ」


 俺が魔力を指先に込めると、漆黒の空間に鮮やかな紅蓮の火が灯った。

 火球は俺の意思に従って浮遊し、周囲を淡い橙色に染め上げる。

 風に揺らめく炎の動きからして、どうやら奥には風の通り道があるようだ。


「ジクナ、この洞窟は一本道か?」

「ああ、そうだよ。つっても、結構浅いからなぁ。ほら、もうすぐ到着だ」


 ジクナが自信満々に指さした先には、不自然に開けた広い空間があった。

 そこへ足を踏み入れた瞬間、俺たちの目の前に現れたのは――


 無造作に、そして乱雑に積み上げられた、巨大な『剣の山』だった。


「うははー! どうだぁ! これが私の集めた最高傑作たちだ! すごいだろ! なぁ、これ全部持っていけるか!?」

 

 ジクナは狂喜乱舞し、子供のように両手を叩いてはしゃぎ回る。

 だが、その様子を見守る俺の目は、氷河よりも冷ややかだった。


 ルナリアが、恐る恐る山の一角から一本の剣を拾い上げる。


「レヴォス様、これ……すごく、錆びてます……」


 ルナリアが悲しそうに眉をひそめ、汚れた刀身を指さした。

 その指摘通り、山を成している剣の群れは、そのどれもが末期的なまでに錆び付いていた。


「おい、ジクナ。これは一体何の冗談だ?」

「冗談? 何がだよ! あ、これなんか特にお気に入りなんだよなぁ! ……あれ? でも、なんだか茶色いな?」


 ジクナが手に取ったのは、かつては豪華な装飾が施されていたであろう大剣――グレートソードだ。

 だが、今のそれは見る影もない。

 鉄の腐食は深刻で、刀身の隅々までがボロボロの茶褐色に変色している。


 洞窟内の湿気。絶えず滴る水滴。

 そんな過酷な環境に放置し続ければ、鉄がどうなるかなど、子供でも分かる理屈だ。


 それなのに、ジクナは錆びた塊を宝物のように抱え、キャッキャと騒ぎ続けている。

 ……こいつ、収集癖はあるが管理能力が完全に欠如しているな。

 呆れ果てて、溜め息をつく気力すら失せていく。


 もし、本物の剣狂いであるフォルテがこの惨状を見れば、その場で気絶するに違いない。

 あいつをここまで連れてこなかったのは、賢明な判断だったと自分を褒めてやりたい気分だ。


 俺は剣の山を鑑定したが、価値のある品は一つとして見当たらない。

 もはや武器としての機能すら失った、ただの粗大ゴミの集積場だ。

 

「ジクナ、よく聞け。持っていくのは三本までだ。それ以上は認めん」

「ええっ!? なんでだよレヴォス様ぁ!? こんなにいっぱいあるんだぜ!?」

「あのなぁ。これほど腐食が進んだ鉄屑は、もはや剣とは呼べん。戦場で折れれば死ぬのは貴様だ。それに馬車の容量にも限度がある。さっさと選べ」

「そ、そんなぁ……私の宝物が……」


 ジクナはがっくりと項垂れ、この世の終わりのような顔で剣を選び始める。

 ルナリアも、その様子に釣られるように、珍しい形の錆びた剣を物珍しそうに眺めていた。


 わざわざ何日もかけて来て、ようやく辿り着いた先がゴミの山だったとはな。

 思い返せば、ジクナが戦う時は常に『影の剣』を使っていた。

 実物の剣など、こいつにとってはただのコレクション――おもちゃに過ぎなかったわけだ。

 

 手入れを楽しみ、その性能を愛でるフォルテとは、根本から人種が違う。

 魔族特有の、刹那的で歪んだ収集欲というやつか。


 俺も、気休めに剣の山へと手を突っ込み、数本を検分してみる。

 だが、手に伝わるのはザラついた錆の不快な感触だけだ。

 どれもこれも市場に出せば二束三文、いや、鉄屑としての引き取りすら拒否されるだろう。

 

「どうだ、ジクナ。持っていく剣は決まったか?」

「う~ん……なんだか、どれでもいい気がしてきたぞ……よく見たら、全部同じ色だし……」


 ようやく現実に直面したのか、ジクナの声には生気が欠片もなかった。

 当然だ。全部『錆色』という一色に染まっているのだからな。


「レヴォス様、あの……」


 そんな中、ルナリアがおずおずと俺の顔を覗き込んできた。


「どうした。何か言いたいことがあるのか」

「私も……私も剣を選んでもいいでしょうか?」

「……ああ、好きにしろ。お前にも三本の枠をやる」

「あ、ありがとうございます!」

 

 許可を与えた瞬間、ルナリアの顔がパッと明るく輝いた。

 ルナリアはすぐさま剣の山に飛び込み、目をキラキラと輝かせながらガチャガチャと宝探しを始める。

 その必死な様子は、まるで砂場でお宝を探す幼子のようだ。


「錆びているとはいえ、中には切れ味が残っているものもある。手を切って泣き言を言うなよ、二人とも」

「はーい!」

「あいよー!」


 二人の無邪気な返事を聞きながら、俺は一歩下がってその光景を眺める。

 

 魔族が隠した秘宝。期待外れも甚だしい結果だったが、まあいい。

 この救いようのない鉄屑の山を前に、これほど嬉しそうな顔を見られたのなら、足を運んだ甲斐も少しはあったというものだ。

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