第133話 屈強なる鬼の戦士
魔族や魔獣が徘徊する危険地帯、魔王領。
一歩足を踏み入れれば、そこは弱肉強食が支配する暴力の世界だ。
俺たちは今、その入り口で魔族である鬼の集団から手厚い『歓迎』を受けていた。
さすがは魔王領。
案の定、森の奥から鬼がわらわらと湧き出してきた。
だが、返り討ちにする準備は、とうにできている。
「あ! レヴォス様! また居ましたよ!」
ルナリアが声を弾ませ、指をさす。
「そうか。よし、倒す!」
見つけ次第、片っ端からぶっ飛ばす。
この地には法律も秩序も、甘っちょろい倫理観も存在しない。
あるのは、力ある者が全てを支配するという絶対的な鉄の掟だけだ。
それからというもの、鬼は途切れることなく現れた。
俺たちの存在を察知し、獲物を見つけたと言わんばかりに襲いかかってくる。
妙なのは、奴らが集団戦を挑んでこないことだ。
一匹ずつ、単身で俺に立ち向かってくる。
まあ、無駄な手間が省けるし、各個撃破できるのは俺にとって楽なのでいいが。
「あ、また居ましたけど……今度は木の後ろに隠れてますね」
ルナリアが不思議そうに首を傾げた。
気づけば、鬼が襲いかかってくる気配が止んでいた。
周囲の木々の隙間に複数の視線を感じるが、どれも遠巻きにこちらを眺めるばかりだ。
「あの人たち、どうしちゃったんですかね?」
ルナリアは警戒を解かずに、俺に問いかけてくる。
「襲うのを諦めたようだな。ジクナ、あの鬼どもは何なんだ?」
「さあ? 私が居た頃は、あんな奴らはいなかったしなぁ」
ジクナは興味なさげに鼻を鳴らし、肩をすくめた。
居なかっただと?
つまり、あの鬼どもは後からこの地に流れ着き、住み着いたということになる。
ならば、この一帯を自分たちの縄張りにしているのだろう。
もしここが鬼の支配域なら、かえって好都合だ。
鬼が俺たちに手を出さないということは、他の凶悪な魔族もここには近寄らない。
面倒な戦いを避けられるなら、それに越したことはないな。
そして、その予測は的中した。
俺たちは大勢の鬼に包囲されながらも、他の魔獣に襲われることなく、順調に旅を進めることができた。
日が傾き、空が朱色に染まっていく。
馬車がゆっくりと停止し、本日の行程が終了した。
「よし。今日はここで野営だ。ここはすでに魔王領の中、周囲の警戒を怠るなよ」
「「 はい! 」」
元気な返事が重なり、野営の準備が始まる。
食事の準備を行ない、馬車のテラスで夕食を摂っている時だった。
「レヴォス様。あの魔族たちが、じわじわと集まってきているようですが……」
フォルテがステーキを切り分けながら、静かな緊張感を持って尋ねてきた。
「案ずるな。襲っても来れない雑魚どもだ」
俺はそう返し、ミディアムレアに焼かれた肉を口に運んだ。
咀嚼しながら、ちらりと暗がりに目を向ける。
周囲を囲む鬼の数は、昼間よりも確実に増えていた。
闇に光る眼を数える限り、ざっと七十二といったところか。
だが、その様子はどこか奇妙だった。
最初に戦ったような筋骨隆々の鬼の戦士ばかりではない。
腰の曲がった老人、幼い子供、そして女の鬼までもが姿を見せている。
一族総出での襲撃も疑ったが、どうにも戦う意志が感じられない。
それもそうか。
なぜなら、奴らの中で強そうな戦士たちは、俺があらかた倒したはずだしな。
夕飯を終え、馬車の室内でくつろいでいた時だ。
静寂を破るように、奇妙な『音』が響き始めた。
ドンゴ、ドンゴ、ドドンゴ、ドンゴ。
「……何の音ですかね? レヴォス様」
クロエが不安そうに、俺の顔を覗き込んできた。
「ふむ……太鼓だな」
「なんだぁ? 祭りでも始まるのかぁ?」
ジクナはソファに寝そべり、欠伸をしながら呑気な声を上げた。
「ひいぃ……こわいぃ……なんで、こんな場所に……」
ルーシィはガタガタと震え、椅子の隅で小さくなっている。
食事につられてついてきたものの、まさか魔王領に行くとは思わなかったのだろう。
俺が鬼と戦った後からビビリっぱなしだ。
ドンゴ、ドンゴ、ドドンゴ、ドンゴ。
一定のリズムを刻む太鼓の音が、着実にこちらへ近づいて来る。
ガチャリと馬車の扉が空き、執事フォルテが俺の側まで歩み寄って来た。
「レヴォス様。いかがしましょうか」
「そうだな……では、戦闘態勢でいくとするか」
「御意に」
フォルテがニイっと口角を吊り上げる。
その手には、手に入れたばかりの『ニドギリの剣』が握られていた。
新しい剣を試したくて仕方がなかったんだな、フォルテは……
「よし、全員外に出ろ。鬼どもを返り討ちにしてくれる」
俺の言葉に、全員が力強く頷いた。
馬車から降り立ち、それぞれが武器を構えて展開する。
クロエは魔力を込めた杖を。
ジクナは漆黒の影の剣を。
フォルテは鋭い輝きを放つニドギリの剣を。
ルナリアは聖剣クラウトソラスを。
俺は、オコタが打った刀の柄に手をかけた。
そして、ルーシィは猫のニャスパルを抱きしめている。
ドンゴ、ドンゴ、ドドンゴ、ドンゴ。
太鼓の音は、もう目の前まで迫っていた。
森の暗闇を割り、太鼓を手にした鬼たちが隊列を組んで姿を現す。
その数、優に百を超える軍勢。
数さえ集めれば、この俺に勝てるとでも踏んだのだろうか。
身の程を知らぬ愚か者には、痛い目を見せてやる必要があるな。
だが、俺はすぐに違和感を覚えた。
これほどの数が集まりながら、不思議と殺意がこれっぽっちも伝わってこないのだ。
鬼の列が左右に割れ、中央から一人の小柄な鬼が進み出てきた。
顔に深い皺を刻んだ、老婆の鬼。
身に纏う衣服には、他の鬼にはない豪華な装飾が施されている。
間違いなく、この鬼族を束ねる長老だろう。
その鬼族の老婆が俺たちの前に立つと、しわがれた声を響かせた。
「人間の小僧よ。お主が我らの戦士達を、次々と叩き伏せたというのは真か?」
「ふん。だとしたら、どうだというのだ」
俺は傲慢な態度を維持しつつ、そう返答した。
鬼の老婆は、俺の不遜な態度を見て、満足げにニヤリと笑う。
「くくく……ならば、致し方ない。……いでよ!」
老婆が枯れ枝のような両手を高く掲げた。
それを合図に、背後に控えていた鬼たちの間から一人の若い鬼が歩み出てくる。
その者は、白い服を着た若い鬼。
俺はその服が何を意味するのか知っていた。
鬼の老婆が高らかに叫んだ。
「強き人間よ! よくぞ我が一族の屈強なる戦士を討ち果たした! ならば古き習慣に従い、我ら鬼族との婚姻を許そう!」
白い服、それは紛れもなく婚礼の儀で纏う『白無垢』だった。
白無垢を着た若い女の鬼は、顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに俯いて佇んでいた。




