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第132話 こんにちは、魔王領!



「私、上がりました!」


 ルナリアの嬉々とした声が、馬車内の空間に響いた。

 

「ま、また負けた……!」

 

 対照的に、ルーシィの絶望に満ちた悲鳴が響き渡る。

 馬車の中ではルナリア、クロエ、ジクナ、そしてルーシィの四人が、トランプで遊んでいた。


 事の発端はルーシィの提案だった。

 「せっかくトランプで遊ぶんだから、賭けをしましょう!」などと、ギャンブル狂特有の思考で余計なことを言い出したのだ。

 

 だが、その結果は無残なものだった。

 何せ『アンラッキー・ルーシィ』なのだから。

 勝負をすれば、負けは必然的に約束されてしまっている。

 

「あっはっは! お前、本当に弱いなぁ! これで52連敗じゃないかぁ!?」

「うう……こんなはずじゃあ……も、もう賭けるもの、何も無くなっちゃいました……」


 ジクナに煽られ、頬をツンツンと突つかれているルーシィは、もはや哀れだった。


 ルーシィは既に賭けるものを失い、マントのようにシーツ一枚を羽織っている状態。

 要は、ジクナたちに身ぐるみを剝がされてしまったのだ。


 しかし52連敗するまで続けるほうもどうかしていると思うが……

 10連敗くらいで、少しおかしいとか思わないのだろうか。

 おそらく、ルーシィにとって『負け』は日常の一部として完全に同化してしまっているのかもしれない。


「おい、遊ぶのはそこまでだ。飯にするぞ」

「はーい!」


 ルナリアたちが元気よく応じる。

 

 ルナリアたちが遊んでいる間、俺は昼飯の支度に追われていた。

 カジノ都市で補給した食材は、馬車の収納を圧迫するほどに大量にある。

 早急に消費しなければ、腐らせるという愚行を犯すことになりかねない。


 食事の場は、馬車の屋上に設置されたテラス席だ。

 そこへ向かうには、垂直のハシゴを登らねばならない。

 

 なので、食事を運ぶのは、上で待機している者に下から渡すという手順をしなくてはならない。


「さあ、さっさと運ぶぞ」


 指示に従い、ルナリアとクロエが手際よく屋上へ移動し、俺たちが下から食事を渡す。

 

 今回のメニューはサンドイッチだ。

 卵サンド、ハムレタス、フルーツ、そしてアボカドを添えたスモークサーモンにチキン。

 

 移動中の食事としてのラインナップとしては充分と言えるだろう。

 これならば、御者席にいるフォルテも片手で手軽に食せるはずだ。


「よし、運んだな。上へ移動しろ」

「おう!」


 ジクナが軽快にハシゴを駆け上がっていく。


「ここを登るんですね……」


 ルーシィが不安げな声を漏らし、最後に俺が登ろうとした、その時だ。


 俺の視界に、到底看過できない光景が飛び込んできた。

 

「きゃあっ!?」

 

 ハシゴを登っていたルーシィを掴み、強引に引きずり降ろした。


「な、なんですか……!? レヴォスさん……?」

「あのな、ルーシィ。これから食事をする。だから、服を着ろ。そんなシーツ一枚でウロウロされたらかなわんからな」

「え、いやでも、私負けてしまったので、何も持ってなくて……」


 本気で困り果てた顔のルーシィ。

 それを聞いて、俺は深く、重い溜息を吐き出した。


「あんな賭け事、冗談に決まっているだろ。さっさと服を着てこい」

「えっ!? そ、そうだったんですか……? てっきり真剣勝負かと……」


 なんとかルーシィに服を着替えさせ、ようやく食事の時間に漕ぎ着けた。

 

 馬車の周囲は、道は荒れ深い森に包まれていた。

 もうすぐ魔王領へと入る。

 多くの魔族が割拠する、危険地帯の入り口だ。

 

「どう、ジクナちゃん。魔王領って、やっぱり懐かしいの?」


 ルナリアが卵サンドを頬張りながら、ジクナに尋ねる。

 

「ん~。魔王領っていうか、そういうのあんまり意識してないんだよなぁ。ただ、なんとなくこの辺りは記憶にある気がするなぁ」


 ジクナは辺りを見回し、どこか懐かしむように微笑んだ。

 その表情には、故郷に近い場所へ戻ってきたという穏やかな喜びが滲んでいる。


「ここから、だいたい二日で目的地に着くだろう。……何ごとも無ければ、だがな」


 進むのは魔王領だ。

 魔物も魔族も、特殊な力を持つ厄介な奴らの巣窟。


 といっても、俺が負けることは無い。

 ルナリアという強大な戦力もいる以上、守備は完璧と言える。

 

 だが、馬車や馬に被害が出れば、旅の効率が著しく低下する。

 それだけは避けねばならない。

 

 だが、障害はすぐに現れた。

 それが魔王領だ。


「レヴォス様! 前に何か居ますよ!?」

「ああ。随分とデカイな」


 俺たちの進行方向の200メートル先に、そいつは仁王立ちしていた。

 身長は三メートルほど。


 頭部には禍々しい二本の角。

 筋骨隆々の肉体を誇示するように腕を組み、下卑た笑みを浮かべている。


 あいつは『鬼』だ。

 いきなり面倒な奴が立ちはだかったものだな。

 

 ルナリアたちが咄嗟に武器を構えるが、俺はそれを手で制した。


「フォルテ! 馬車を止めるな! 俺が対処する!」


 叫ぶと同時に、俺は走行する馬車から飛び降りた。

 即座に地面を蹴り、敵に向かって一直線で突き進む。


 鬼が焦っている。

 まさか単騎で突っ込んでくる奴がいると思わなかったのだろう。

 そのためか、俺の速度に反応が遅れている。


 俺はその隙を見逃さない。

 さらに力強く踏み込み、その勢いを拳に乗せ鬼のミゾオチを目がけて一撃を貫いた。


 衝撃波が走り、鬼の巨体が軽々と吹き飛ぶ。

 バキバキと木々をなぎ倒しながら、鬼のは森の奥深奥へと消えていった。


「……こんなものか」


 パンパンと手を払い、追いついてきた馬車に再び飛び乗った。


「あの、レヴォス様。先ほどのは一体……?」


 クロエが信じられないものを見たという顔で聞いてくる。


「あれは鬼だ。鬼には特殊能力があってな、基本的に力では敵わん。ゆえに、さっさと倒したまでだ」

「敵わないって……すごい勢いでどこかに飛んでいってしまいましたけど……」


 呆然とするクロエたちの様子に、俺は肩をすくめる。

 そんな驚愕に時間を費やすよりも、今は優先すべきことがある。


「さっさと食事を再開するぞ。……ほら、さっさと食え」


 呆然と立ち尽くしているクロエたちの手に、無理やりサンドイッチを握らす。

 それでもなお、クロエたちは動けないでいる。


 まったく。

 魔王領では、こんなものは単なる挨拶に過ぎないというのに。

 

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