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第134話 慌てる時間ではない



「強き人間よ! よくぞ我が一族の屈強なる戦士を討ち果たした! ならば古き習慣に従い、我ら鬼族との婚姻を許そう!」

 

 目の前には、白無垢に身を包んだ若い女の鬼が立っていた。

 鬼の娘は、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯いている。

 

 なるほど、そう来たか。

 だが俺はもう、こんな展開では慌てることはない。

 俺どころかグリンベルの者であっても、こんな事ぐらいでは慌てないだろう。


「なななななな何を言ってるんですかー!?」

「そ、そうです! いきなりレヴォス様と婚姻だなんて! 絶対に認めないですから!」


 ルナリアとクロエが、揃って叫び声を上げ慌てている。


 二人の言っている事は、もっとだ。

 なぜなら、俺は公爵家の嫡男であり簡単に婚姻など出来るはずもない。

 ルナリアたちも、俺の公爵家としての立場を案じているのだな。

 

 鬼の老婆が、激昂する二人を値踏みするように見据えた。


「ふうむ。しかし我らとて、引き下がるわけにはいかん。そなたらが、この男の婚姻を拒絶できるほどの者なのか?」

 

 鬼の老婆が挑発するように口角を歪め、二人を煽るように笑った。

 それを受けて、ルナリアがズイっと前に出る。


「ふふふ……私は、こちらのレヴォス様と婚約者なのです! そんな簡単に婚姻できると思ったら間違いですから!(本当はフェリス王女との婚姻を諦めてもらうための偽装だけど……)」

「ええええ!? ルナリアちゃん!? い、いつの間に!?」


 ルナリアの放った言葉に、なぜかクロエが絶叫した。

 

 お前らは二人で何をやってるんだ……?


 だが、すぐにクロエがコホンと咳払いをし冷静さを取り戻した。


「わ、私クロエは、レヴォス様と寝た身ですから? 一歩進んでますからね?(本当は膝枕で寝ただけだけど……)」

「えええ!? クロエ先生、ま、まさかそんな……!?」


 今度はルナリアが、ショックで顔面を蒼白にさせた。


 ……何を言ってるんだコイツらは。

 鬼族の婚姻を諦めさせる画策とはいえ、さすがに止めるか。

 鬼族が少し引き始めたからな。


「あ、あのぉ~……」


 そんな中、ルナリアとクロエに割って入ったのが、なんと『アンラッキー・ルーシィ』だ。

 おずおずとルナリアたちに近づいていく。


「その……私はレヴォスさんに、抱かれましたけど……(本当は火事で避難している時に、抱きかかえられただけだけど……」


「ななな!?」

「ひええええ!?」


 ルナリアとクロエが、奇声を上げて飛び退いた。


 なんだ……?

 これも鬼の婚姻を無くすための策でいいんだよな?


 だが、さらに一人、ずいと前に出てきた。


「レヴォス様。ここは私が対処いたしましょう」

 

 執事フォルテだ。

 頼もしげに俺の前に立ち、主君を守る盾となるべく背筋をピンと伸ばした。


「ほう。フォルテ、何か良い案があるのか?」

「はい。このような時は、これに限りますゆえ」


 フォルテは、腰の『ニドギリの剣』をちらりと見せた。

 鞘から抜き放った眩い細剣を構え、その輝きを誇示するように鋭い視線を鬼たちへ向けた。

 

 フォルテが、スーッと深く息を吸い込んだ。


「ここにいらっしゃるのはムーングレイ公爵家が嫡男のレヴォス様にございます! 勝手な婚姻を仰るのであれば、この私を倒して見せて貰いましょう! さあ、この剣の塵としてくれましょうぞ!」


 フォルテは、腹の底から響く怒号を張り上げた。

 

 ……フォルテ。

 お前が、その新しい剣を試したいだけでは?

 

 そもそも、俺が鬼を全部ひとりで倒してしまい、フォルテが活躍する場面を奪ってしまったからだろうか。

 しかし、フォルテは御者をしていたから。


 だが、鬼の老婆がその挑戦に応えた。


「なるほど……英雄色を好むといいますからな。しかし、それこそ我らの本懐。強き男には何人でも嫁ぐのは鬼族では常識。それにそちらの剣士殿……我ら鬼族と力比べをしてみますかな?」

 

 鬼の老婆は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 フォルテも、ニヤリと好戦的な笑みを返した。


「ふむ。良いでしょう。望むところです。主にふさわしいか、この私が試しましょう」


 いや、主にふさわしいかとは何だ……

 いつの間にか、俺が景品のような扱いになってしまっているが?


「くっくっく。いいじゃろう。では、力比べといえば、拳での殴り合いじゃな!」

「こ、拳で……?」


 老婆の言葉に、フォルテのトーンが一気にダウンした。

 剣を使えない事実に絶望し、魂が抜けたかのようにガックリと肩を落としている。


 フォルテは剣の達人だが、肉弾戦の専門家ではない。

 フォルテには気の毒だが、別な奴の方がいいだろう。

 殴り合いに強い奴が一人いるからな。


「おいおい! 殴り合いなら、この私だろぉ! おっさん! この私に任せな!」


 魔族のジクナが、豪快に笑いながら前に出た。

 ジクナは魔力を影や腕力に変換できる能力を持っている。


「……では、任せました」


 フォルテは、消え入りそうな声で呟いた。


 明らかにショボくれたフォルテ。

 出番を奪われた悲しみに打ちひしがれ、幽霊のような足取りでトボトボと後退した。

 

 ……フォルテには、どこかで剣を使える場を用意してやらねばならんな。


「ふむ。では小娘、鬼族の力比べ『蛮打武(バンダム)』を知っておるか? 鬼の英雄の名であり、鬼同士の力比べの儀式の名じゃ」

「ああぁ? 知らねぇよ。そんなの」


 老婆の説明を、ジクナは鼻で笑って聞き流した。

 ジクナは、細かいルールなど興味ないとばかりに、好戦的な笑みを崩さず鬼を挑発している。

 

「ほほう! やり方は簡単。お互いの拳同士をぶつける、ただそれだけじゃ」

 

 随分と野性味のある決闘方法。

 だが、これは罠だ。

 武力でぶつかった場合、鬼には勝てない。

 鬼族には特殊能力が備わっているからだ。


 鬼の能力は『相手の力を相殺し、自分の力を上乗せする』。

 ただし、拳や蹴りなどの肉弾戦のみでお互いの攻撃が両方当たった時限定に発動する。

 要は、鬼との殴り合いは鬼の方が圧倒的に有利。


「へっへーん。そのやり方でいいぜ! ほんじゃ、やったろうじゃんか!」


 ジクナは、自信満々に胸を叩いた。

 それを見て、老婆がニヤリと邪悪に笑う。

 

「ほう。素晴らしい。鬼族のかつての英雄『蛮打武(バンダム)』のような勇猛さじゃな。では、やるとするか!」


 老婆が叫ぶと、一人の巨漢の鬼が、前に出てきた。

 身長三メートル。俺が魔王領の入口でぶん殴ったやつだ。


 そして、鬼族の戦士と、ジクナが対峙した。

 二人の間には、爆発寸前の殺気が渦巻いている。

 

 そして、準備が出来た二人の間に立った老婆が試合の狼煙を上げた。

 

「では、二人とも構えよ! 蛮打武(バンダム)ファイト、れでぃーごーじゃ!」

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