第127話 グッド!
「ほう。約束の遵守のために『命』を代償に差し出すか。それは面白い」
ガゲルドの提案。
それは呪具の契約書を用い、敗北した際に契約内容を反故にすると『命』を奪われるというものだった。
ガゲルドが顔を近づけ、周囲に聞こえないような小声で囁いてくる。
「……レヴォス様。これは見世物としての演出でございます。今度こそ賭けを反故にしないという私なりの誠意ですので、どうぞご安心を」
そう言って、ガゲルドはニチャリと醜く口を歪めて笑った。
俺を安心させ、油断したところを根こそぎ奪おうという魂胆だ。
ガゲルドの瞳の奥に渦巻く、どす黒い欲望が見える。
だが俺は、鼻で笑って満足げに頷いてみせた。
「うむ。お前の忠誠心、気に入ったぞ」
俺の言葉に、ガゲルドは満足げに眉を跳ねさせた。
俺を騙して全てを手に入れられる。
そんなワクワクとした期待が、奴の全身から隠しきれずに漏れ出している。
「では、この『代償』の欄に俺の名前を記載すればいいのだな?」
「|そのとおりでございます《Exactly》」
俺が署名し、ガゲルドも続いて自らの名前を記載した。
契約書を見つめるガゲルドの顔には、隠しきれない愉悦が張り付いている。
『命』で保証された、逃げ場のない真剣勝負。
だが、これは賭けではない。
こちらの一方的な蹂躙だがな。
「では、早速ですが……始めましょうか」
それまでの媚びへつらうような声とは一変し、ガゲルドが冷徹なトーンで告げた。
その目は、獲物を狙う冷酷なギャンブラーのそれだ。
感情を殺し、無機質な殺気すら漂わせている。
ガゲルドが、新品のトランプの箱を仰々しく取り出した。
「待て。ガゲルドよ」
俺は片手を上げ、奴の動きを制した。
「……いかがされましたか、レヴォス様」
ガゲルドの顔がわずかに強張る。
奴は「まさか、このガキ。今さら止めるとか言うんじゃないんだろうな?」という顔をしている。
そんな不審と焦りが、ピクリと動いた眉間に現れていた。
だが、俺に止める理由など微塵もない。
「一発勝負なのだろう? ならば、俺の代わりに違う者に相手をさせよう。……そこの、ルーシィだ」
「え……!? わ、私ですか……!?」
俺が指差すと、ルーシィは椅子から転げ落ちんばかりに驚愕した。
突然の抜擢に、混乱して目を白黒させている。
俺はゆっくりとルーシィに歩み寄り、耳打ちした。
「歴史に残る大勝負だ。お前に花を持たせてやる」
俺の言葉を聞いた瞬間、ルーシィの瞳にギラリとした光が宿った。
そして、ルーシィは力強く頷き、俺を真っ直ぐに見据えた。
「……ふふ、おうよ! やってやろうじゃねえか! 私に任せておけ!」
ルーシィはドカリと椅子に座り、不敵な笑みを浮かべた。
一瞬でギャンブラーとしてのスイッチが入ったようだ。
「おい、おっさん! 私が相手だ。ポーカーの一発勝負なんだろう? 後で泣き言を言うなよ!」
「おやおや、愉快なお嬢さんだ。あなたがレヴォス様の代打ちというわけですね。よろしく頼みますよ」
ガゲルドは動じることなく、慇懃無礼な態度で応じた。
ガゲルドはトランプの箱の封を切り、カードを取り出す。
鮮やかな手つきでカードをシャッフルし、表向きにして机に並べた。
カードはジョーカー入りの54枚。不備はない。
ガゲルドは一度カードから手を離し、わざとらしく両手を広げて見せた。
『イカサマなどしていないですよ』という、見え透いたパフォーマンスだ。
裏向きに戻したカードを、机の上で激しく混ぜ合わせる。
そしてカードを纏め上げ、手元でさらにシャッフルを繰り返した。
……だが、俺の目は誤魔化せない。
この時点で、すでに奴のイカサマは完了している。
意図的にカードの並びを操作し、自分の元に狙ったカードが来るよう誘導しているのだ。
周りを見ても、フォルテですら、その神業に近い手つきに騙されている。
ガゲルドの恐ろしく洗練された手つき、俺でなきゃ見逃してしまう。
交互にカードが配られ、ルーシィの手元には5枚の裏向きのカードが並んだ。
ルーシィがそのカードに手を伸ばそうとした、その時。
「ルーシィ、待て。カードには触るな」
「えっ、どうしたんだ……?」
俺の制止に、ルーシィだけでなく対面のガゲルドも訝しげな視線を向けてくる。
「……レヴォス様、いかがなさいましたか? 何か不都合でも?」
「不都合は無い。それよりも、さらに賭けるものを増やすのはどうだ?」
俺の提案に、場内が波打つようにざわめき始めた。
ガゲルドは目を細め、静かに口を開く。
「私としては歓迎いたしますが、これ以上の担保があるのでしょうか?」
「ああ。まず俺が賭けるのは、俺の『命』そのものだ。約束の順守のためでだけなく、俺自身そのものを賭けよう」
「……ほお。それは随分と酔狂な」
観客たちの野次馬根性が煽られ、騒がしさが一気に増していく。
ルナリアたちも、ようやく事の重大さに気づいたようだ。
焦りと不安が混じった、切迫した声が聞こえてくる。
「それで、私は何を賭ければよいのでしょうか? 全財産は賭けておりますが」
「俺が知りたい情報を一つ。それに合わせ、こちらの賭けるものをさらに増やそう。ここにいる俺の連れの命も、すべて賭ける」
「……なんと! しかし、お連れの方々は承知しているのでしょうか?」
ガゲルドが、品定めをするような目でフォルテたちを見やる。
フォルテが、一切の迷いもなく一歩前へ出た。
「レヴォス様が賭けろと仰るのであれば、信じて従うまで。我が『命』、惜しくはありません」
「私もです! レヴォス様を信じています!」
「当然、私もお供いたします」
「わ、私も……うぅ、口が勝手に動く!?」
フォルテ、ルナリア、クロエが力強く賛同し、ジクナは『血の契約』により強制的に同意させた。
だが、そこに予想外の抗議の声が上がった。
「ンミャア!」
猫のニャスパルだ。
正装として蝶ネクタイをつけたニャスパルが、不満げに鳴いている。
俺は足元にいたニャスパルを抱き上げ、優しく撫でた。
「……そうか、ニャスパル。お前の『命』も賭けろと言うのだな。分かった、お前の意志も受け取ろう」
「ミャーオ!」
ニャスパルは満足げに喉を鳴らし、俺の腕の中で落ち着いた。
「ということだ、ガゲルド。全員の『命』も賭けよう」
「素晴らしい! では、私は何を差し出せば満足されるのですか?」
ガゲルドが、勝ちを確信したような下卑た笑みを浮かべて問う。
「それは……このカジノ都市を牛耳る黒幕の名前を教えろ。お前如きが、この街を築けるはずがないからな」
「なっ!?」
ガゲルドの余裕に満ちた顔が、初めて驚愕で激しく歪んだ。




