第128話 『オーバーラック・ルーシィ』
「それは……このカジノ都市を牛耳る黒幕の名前を教えろ。お前如きが、この街を築けるはずがないからな」
「なっ!?」
ガゲルドの余裕に満ちた顔が、初めて驚愕で激しく歪んだ。
だが、奴はすぐに表情を取り繕うと、冷笑を浮かべて言い放った。
「……ふふ、なるほど。そういうことでしたか。しかし、カードはすでに配られている。レヴォス様、あなたが何を賭けようと結果は変わりませんが、よろしいのですね?」
情報を引き出させまいとする、必死のブラフだ。
俺の決意を揺さぶろうという意図が見え透いている。
「ああ、問題ない。こちらはカードも確認しないし、交換も一切行わん。さっさと勝負を始めろ」
「なんと!? 良いっ! 実によろしいですよ、レヴォス様! その生き様、たぎりますねぇ! もはや後戻りはできませんからねッ! では、私のカードをオープンいたしましょう!」
ガゲルドは咆哮するように叫ぶと、一気に5枚のカードを叩きつけた。
10、J、Q、K、A。
そして全てのマークがスペード。
場内が割れんばかりの歓声とどよめきに包まれた。
「す、すごい! ロイヤルフラッシュだ!」
「しかもロイヤルストレートフラッシュじゃねえか!」
「こんな場面でか! でも俺たちも見てたし、イカサマなんてしてなかったよな!?」
ガゲルドは肩を揺らして「ふーっ!」っと激しく息を吐き、勝ち誇った目でこちらを睨みつけた。
「どうやら、私は随分と運に恵まれているようです! さあ、お嬢さんのカードも見せていただきましょうか!」
ニチャリと、勝利を確信した蛇のような笑みを浮かべるガゲルド。
対するルーシィ。
この日、俺は朝に二回ほどルーシィと賭けをしたのだ。
結果は当然、俺の勝ち。
それもそのはず『アンラッキー・ルーシィ』は必ず賭け事に負ける。
だが、今日の3回目の賭けは話が別だ。
この瞬間だけは世界の理すらも破壊し、絶対的な勝利を掴み取る『オーバーラック・ルーシィ』が降臨する。
ガゲルドのロイヤルストレートフラッシュを叩き潰せる役は、ただ一つ。
『ファイブカード』だけだ。
ロイヤルストレートフラッシュよりも、さらに確率が低い。
その確率、0.00045%。
そしてガゲルドは、こちらのカードにも細工をしているだろう。
だが、そんなものは関係ない。
今のルーシィは、運命という名の神すらもその足元に跪かせる存在なのだから。
……だが、ルーシィがいつまで経ってもカードに触れようとしない。
不審に思ってルーシィを見ると、ルーシィは青ざめた顔でガタガタと激しく歯を鳴らして震えていた。
「おい、ルーシィ。どうした? 早くカードをめくれ」
「え、だ、だって……皆さんの『命』が掛かっているのに……わ、私、そんなの怖くて出来ないです……!」
……ここに来て怯えるだと?
いつもの向こう見ずな勢いはどこへ消えたのか。
だが、この勝負を終わらせるにはルーシィ自身でカードをめくらせる必要があるのだ。
……ルーシィのギャンブラーとしての誇りを、無理やりにでも呼び覚ますしかないな。
俺はルーシィの肩にポンと手を置いた。
「ルーシィ、よく聞け」
「は、はい……」
俺はコホンと軽く咳払いをし、ルーシィの瞳をまっすぐに見つめた。
「俺の人生を、お前にオールインさせてくれ。これはブラフでもハッタリでもない。お前という手札を、手放したくないのだ。俺だけの……勝利の女神になってくれるか?」
「へぅっ!? そ、それって……!? あ、あの……!」
なぜか、ルーシィの顔が火がついたように一瞬で真っ赤に染まった。
やる気が出たのだろうか?
「……わ、分かりました! レヴォスさんのその覚悟、しかと受け取りました! こちらこそ……末永く、よろしくお願いします!」
ルーシィは俺の両手を力強く握りしめ、その瞳に闘志の炎を再燃させた。
どうやら、ギャンブラーとしての魂が再び火を吹いたようだ。
ルーシィが力強くガゲルドの方へと向き直る。
そして、ルーシィが運命の一枚目のカードを勢いよくめくった。
一枚目は――ハートのA。
ガゲルドの眉がピクリと不自然に跳ねた。
まるで『仕込んだはずのカードと違う』という表情だ。
すぐさまガゲルドの瞳が、目まぐるしく動き回った。
目が泳いでいるわけではない。周囲を確認しているのだ。
周囲の状況、観衆の反応、そして魔法感知クリスタルの様子を確認している。
俺たちは今までカードに触っていない。
そして、俺たちの周囲にある魔法感知クリスタルも全く反応していない。
ガゲルドが、あらゆるイカサマの可能性を探している。
だが、そんなものがあるはずが無い。
なぜならイカサマをしていないからだ。
続いてルーシィが迷うことなく、二枚目のカードをめくる。
クローバーのAだ。
ガタン! と、激しい音を立ててガゲルドの椅子が揺れた。
「どうした、ガゲルド。何かあったか?」
「……いえ、なんでもございません」
ガゲルドの明らかな動揺。
イカサマというのは、仕込み時点で終わる。
配り終えたカードに対し、後から細工は出来ないのだ。
今、ガゲルドに許されているのは、ただ絶望が積み上がるのを眺めることだけ。
さらにルーシィが三枚目のカードをめくる。
ダイヤのAが、その姿を現す。
場内の空気が一変し、観衆が爆発的な騒ぎを起こした。
「おいおい! スリーカードだぞ!?」
「まさか、ファイブカードがあり得るのか……!?」
「でも、残り二枚がジョーカーじゃなきゃ逆転は無理だよな?!」
ルーシィはもはや周囲の雑音など聞こえていない様子で、凛とした仕草で四枚目をめくった。
――ジョーカー。
「うおおおおおおおおお!」
地響きのような叫びが、カジノの広間に吹き荒れた。
「マジかよ! フォーカードだ!」
「すげえ……! とんでもない試合だ!」
「最後に、もう一枚のジョーカーが出たら逆転だよな!?」
対面のガゲルドを、ちらりと見た。
ガゲルドはただ冷静に、カードを見つめている。
だが。
全身が、まるで極寒の地に放り出されたかのようにガタガタと震えていた。
ギャンブラーとしてポーカーフェイスに徹しているが、恐怖が上回ってしまっているのだろう。
そしてルーシィの指が、最後の一枚へと静かにかけられた。




