第126話 反故の代償は?
「レヴォス様。準備はいかがでしょうか」
フォルテが、俺の背後で静かに語りかけてくる。
鏡の前に立つ俺は、微かに口角を上げた。
「ああ、出来ている。……行くとするか、破滅の宴にな」
今日は、ついにガゲルドとの対決の日だ。
俺たちは再びドレスアップし、仕立ての良いスーツに身を包んだ。
ルナリアたちも華やかなドレスを着ると思っていたのだが……
「……ほう」
目の前に並んだのは、全員が黒のスーツを着用した異様な集団だった。
発端はルーシィ。
ルーシィがドレスを着るのを嫌がったのだ。
そういえば、出会った時もボロボロのスーツを着ていたな。
そのルーシィの姿を見た途端、ルナリアたちが目を輝かせて言い出したのだ。
「私も、レヴォス様と同じ服がいいです!」
「わ、私も……お揃いがいいですっ!」
ルナリアが俺に許可しろと言わんばかりに、ぶんぶんと尻尾を振っているかの如く詰め寄ってくる。
それに応じるように、他の面々も揃ってスーツを選んだというわけだ。
「……まあ、いい。好きにしろ」
これから起きる騒動を考えれば、たしかにスーツの方が動きやすいかもしれないしな。
俺たちは約束の時刻通りに、カジノエリアへと足を踏み入れた。
フォルテが扉を開くと、そこには昨日とは一変した光景が広がっていた。
「……随分と大掛かりに準備したようだな」
一部の遊戯台は撤去され、中央にはテーブルが鎮座している。
それを取り囲むように、すり鉢状の客席が用意されていた。
席はすでに満員。熱を帯びた視線が、一斉に俺たちへと突き刺さる。
「わぁ~! お客さんがいっぱいいますね!」
「何が始まるんだぁ? お祭りか?」
ジクナたちが呑気に首を傾げる。
無理もない。こいつらには、これから何が始まるのかを一言も伝えていない。
テーブルの向こう側には、すでにガゲルドが座っていた。
俺の顔を見るなり、奴はニヤリと下卑た笑みを浮かべている。
隠しているつもりだろうが、欲望が顔に透けて見えているぞ。
自分の醜い感情すら制御できないとは、底が知れるというものだ。
「これはこれはレヴォス様。ようこそいらっしゃいました!」
「ああ。……俺との約束は、忘れていないだろうな?」
俺は椅子の背もたれに腰掛け、ガゲルドを冷たく見つめた。
ガゲルドは揉み手を繰り出しつつ、勢いよく頭を下げる。
「もちろんでございます! 忘れるはずがございません!」
ガゲルドとの約束はこうだ。
昨日、ガゲルドは高レート台『スワンプ』で俺に『当たり』を約束した。
だが、結果はハズレ。
当然だ。この世界で最も不運な女『アンラッキー・ルーシィ』がスロットを回していたのだから。
絶対当たらない女と、無理やり当てようとするイカサマ。
その矛盾の果てに『当たり』は消滅し、俺は大敗。
そして激怒したフリをした俺が、ガゲルドを威圧したのだ。
『俺と全財産を賭けて、負けろ』という無茶苦茶な要求。
しかし、ガゲルドはそれを了承した。
だが、この強欲な男が大人しく負けるつもりなど微塵もないことは、百も承知だ。
そして今から、その茶番が始まるのだ。
俺が座った対面で、ガゲルドは獲物を狙う蛇のような目で俺を見つめている。
フォルテやルナリアたちは、俺の背後の席に座り、固唾を呑んで状況を見守っていた。
「レヴォス様、それでは始めてもよろしいでしょうか?」
「ああ、さっさとやれ」
「承知いたしました! では、観客にも周知させて頂きますので!」
その瞬間、照明が落ちて辺りは闇に包まれた。
パチン! と指を鳴らすような音が響くと、七色の照明が目まぐるしく動き出す。
「さぁ皆さま! 本日はよくぞお集まりいただきました! 本日のゲストはなんと、あのムーングレイ公爵家が嫡男! レヴォス・ムーングレイ様でございます!」
ガゲルドの扇動的な声と共に、鋭い光が俺の姿を照らし出す。
眩しさに目を細めることもせず、俺はただ冷徹に観客を見渡した。
「そして今宵お届けするのは、超特大イベント! このカジノのオーナーである私ガゲルドと、レヴォス様による……全財産を賭けた、一発勝負のポーカーです!」
ガゲルドのアナウンスで、会場が爆発したようなどよめきに支配された。
「公爵家が全財産を!? 正気かよ!」
「イベントやるからって来てみれば、とんでもない事をやってるじゃないか!」
それはそうだ。
無理もない反応だ。公爵家とカジノ都市。
動く金と権力の規模が、常人の想像を絶している。
だが、そんな常識外れの催しゆえに、観客が異なる発言を言い始めた。
「どうせ、客寄せの嘘なんだろ? そんな大事を、こんな場所でやるはずがないんじゃないか?」
観客内に疑念の声が混じる。
だが、ガゲルドの口角が、勝ちを確信したように吊り上がった。
「ええ、ええ! そう思われるのも無理はありません! ですから、私たちが用意した契約書はこちらです!」
ガゲルドが掲げた一枚の紙。
そこには、禍々しい魔力が渦巻いていた。
「これは魔法の契約書! もし誓約を反故にすれば、強制的に代償が支払われることになるのです!」
奴は『魔法』と呼んでいるが、中身は呪具の類。
よくもまあ、これほどの違法品を堂々と用意したものだ。
「ガゲルド。随分と面白いものを用意したな」
「はい! 私なりの忠誠心でございます! それでは、お互いに賭ける物を記載いたしましょうか!」
忠誠心だと? よくも抜け抜けと嘘を言えるものだ。
俺から全てを奪い、どん底に叩き落とそうとしている男が。
まずガゲルドが契約書にペンを走らせ、次に俺が記載した。
賭けるのは、お互いの全財産、領地、そして身分。
そこには当然、配下たちの身分も含まれている。
だが、一部の欄だけが空白のまま残されていた。
『代償』の欄だ。
「ガゲルド。この代償の欄には、何を記載するつもりだ?」
「この欄に関しましては、契約を破った者に科せられる罰を記すもので……レヴォス様、ひとつ提案がございます」
「なんだ。言ってみろ」
俺が促すと、ガゲルドは芝居がかった仕草で観客へと向き直り、そして俺に向かって宣言した。
「契約を破った場合、『命』を代償にするのはいかがでしょうか!?」
ガゲルドの言葉に、会場は今日一番の悲鳴に近いどよめきが走った。




